雛鳥どの鳥


「嫌ですぅぅぅぅ!!雅風ちゃんはここにいるんですぅぅぅ!!」

 そう泣き叫ぶ須磨にぬいぐるみのようにギュウギュウに抱きしめられ発育の暴力に晒されながら、雅風は遠い目をしていた。

 カナエが亡くなって直ぐに雅風は音柱である宇髄にもっと強く、もっと速くなるために柱でありながら師弟関係を持つこととなった。
 今更、師匠呼びやさん付けで呼ばれるのも気持ち悪いからと、いつも通りの呼び方、接し方で済ますことにした。
 その修行の際に雅風は宇髄の嫁三人と関わりを持つこととなったのだ。
 初めの時はこんなに小さい子が本当に柱なのかと疑われたが、宇髄と刃を混じえる姿を間近にして、本当に鬼殺隊の柱なのだと再認識をし、柱として、そして自分たちの夫の弟子として接することに決めた。
 とはいっても、相手は柱でしかも驚きの夫との一歳差。そちらの方が年齢詐欺だろうと言いたい気持ちが強かったが、彼女の呼吸のあり方を知ってしまえば納得せざるを得ない。
 そんな接するのも何も面倒くさそうな彼女と最初に仲良くなったのは宇髄の嫁の中で一番歳下の須磨だった。

 本当にたまたまだ。修行をする二人を見て、お昼を用意していた時チクリと針を刺されるような感触がし、直ぐにささくれた木の棘が刺さったのだと理解した。
 おっちょこちょいな所は多々あるけれどまさかこんなちょっとした怪我をするだなんて。
「ひええん!!棘が刺さりましたぁ!」
 油断しまくっていたとはいえ情けないったらない。
 涙腺がゆるゆるさせ、刺さった人差し指を宇髄に向ければこれはちょっとデカイなと、手を取られて見られる。
 その優しさにぽっとしていれば、あの、と声をかけられる。
 鈴蘭のようなその小さな声の持ち主、雅風は袖から救急セットを丁度取りだした所で、少しいいですか?と須磨の指先に刺さっていた棘をなるべく痛くないように優しく取り除いた。
 そして、消毒をした後、直ぐに癒しの波紋で傷口を直して見せたのだ。
 これには須磨も驚き涙が引っ込み、宇髄は流石の手際の良さだなと頭を撫で、その撫でてきた手から逃げるように雅風は彼女の後ろに逃げ込んだ。
「私の頭、撫でるのやめてお嫁さんの撫でて……彼女たちは綺麗、なので、無駄な傷があるの、良くないかな、と、思っただけ」
 すぐに治せたし……と、小さくこぼされる声に、縮こまる姿に、なんとも言えない庇護欲を掻き立てられ、須磨はさっと後ろに向くとありがとう雅風ちゃん〜!!と、抱きしめる。
 これが、一番最初の抱擁だった。
 それからちょくちょくと、雅風は宇髄の嫁のお手伝いやらをするようになった。
 修行の合間に買い出しの荷物持ちや料理の準備、お風呂掃除。傍から見れば、年端もいない少女がお母さんのお手伝いをしているようで、今まで眠っていた母性が爆発してしまったのか、雛鶴においては外に行く時に「お母さんって呼んでくれないかしら?」と冗談にしては本気の目で見ていた程だ。
 お風呂は混浴と知った時、雅風の顔は真っ赤に染まり、自分はひとりで入りますからと、宇髄との混浴を頑固拒否。初々しく感じる姿にそれじゃあアタシが一緒に入ってあげようかと言われ、まきをとは背中を流しあった仲である。
 そんな中で、基本的一番一緒だったのは須磨だった。
 料理の時もお風呂の時も寝る時さえも一緒に寝ましょ〜!と布団を持ってくるしまつ。
 最初はなんだと戸惑っていた雅風だが、数日もすれば女友達は鬼殺隊では希少だものね、と納得をすることにして、彼女と過ごすことにしていた。
「雅風ちゃんの髪、くせっ毛かと思ったら雛鶴さんと同じサラサラなんですね〜!」
「須磨の髪、ふわふわで気持ちいいね」
「そうですかぁ?」
「うん」
「でも髪の色は私寄りですよね!」
「多分そう?かな?」
「ちょっと須磨!!なに雅風ちゃん独り占めしてるのよ!!」
「いいじゃないですか!!仲良しなんですぅ!!」
「まきをもはいる?」
「じゃあせっかくなので……わっ、ほんとにサラサラ……でもふわっとしてて……もしかして髪質1番似てるのアタシじゃ……」
「髪の色も似てないのに何言ってるんですか!」
「そこは関係ないでしょ!!」
「まあまあ二人とも……雅風ちゃんが困ってるわ」
 二人を沈めるように仲裁に入った雛鶴は自然な流れで髪を解きお人形のように大人しくしていた雅風を抱き寄せる。
 「うん、雅風ちゃんは髪質も色も私に似てるで決定ね」
「「なんでそうなるんですか!?」」
「私は誰に、似てても別に……」
「「「よくない!!」」」
「ここはやっぱり母親役が誰だかきっちり決めるべきです!!」
「私ただの宇髄の弟子……」
「弟子は関係なしに天元様と親子デートできる機会を逃せるはずがない!」
「お母様って気軽に呼んでいいんですからね雅風ちゃん!」
 詰め寄られる雅風は遠い目をしながら、もうすきに争ってくださいと思考を放棄し、気配を消して宇髄との手合わせをするために彼に声をかけに行く。
 それに気がついた三人が手合わせ中の雅風の元に押しかけ、俺と雅風が親子?お父様って呼んでみるか?と、悪ノリしだした彼によってローテーションで親子デートに付き合わされ、お母様呼びを差せられる未来があった。その時、あの時止めておけば……!と、頭を抱える雅風の姿があるが、もはや後の祭りである。
 そんなふうに過ごして行くうちに、最短で雅風は宇髄に太鼓判を押される程に強く、速くなった。それは忍び直伝のものであるから尚のこと実力が底上げされたことを物語っている。
 直接教えることは何もない。偶に稽古をするぐらいでいいだろうということになり、お世話になりましたと荷物を持って頭を下げる雅風。

 そして冒頭に至る。

「須磨!!離れなさいって!!雅風ちゃん困ってるでしょう!」
「だってぇ!!お母様はひとり立ちするの認めないんですからぁ!!」
「私は元々独り立ちしてる」
「ここでは親子だったので独り立ちの前です!!前なんですぅ!!」

 うーひっくと、涙を流し出した須磨に、雅風は目が腫れちゃうよと、袖から取りだした綺麗な手ぬぐいでちょんちょんと涙を拭う。
 その優しい仕草に更に涙が溢れ、収集がつかず、どうしたものかと困り果てた雅風は、助けを求めるように宇髄に視線を向ける。が、何かを考え込む彼はそうだなぁと、目を瞑り深々と頷く。
「確かに娘の心配をするのは仕方ない。混浴も赤面するぐらい初な奴だからなァ」
嫌な予感がし、冷や汗を垂らす雅風はゴクリと唾を飲み込む。
「よし!この屋敷で三人から逃げ切って外に出て行けたら修行は終わったことにする!!逃げきれなかったらその時は暫くまた家で修行だ!!」
 愛娘をちゃんと送り出すにはこれぐらいしないとなぁと意地の悪い笑みを浮かべる宇髄を見て雅風口元をヒクつかせ冷や汗を流す。
 それを聞いた二人は喜び、静観していた雛鶴は獲物を狙う目をしていた。
 そして、雅風が宇髄家から逃げ切るのはその数時間後のことであった。

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