雅風のスパルタ教室

「ギィィイ゛ィヤァァアアァ゛ア゛っ!!!!」


輝かしい程の晴天の森の中、見事な迄の超音波の様な汚らしい高音が、辺りの木々を揺らす勢いで響き渡った。
その音の元ーーー我妻善逸は、手に刀を持ちながら、足場の悪い、凸凹とした木の根の生える道ともいえないそこをひたすらに走っていた。鍛え上げられた足で、土を抉る勢いで蹴り上げ、はち切れるのではないかという程に腕を振り、真っ青な顔面から色々な液体をぶちまけている。
そして、彼の背後では、忍者宜しく、木々の枝をバネのように使い、飛び、背後から迫る雅風の姿があった。未だに悲鳴を上げ続ける善逸に向け、雅風は右手を銃の形にして向ける。
その指先にはぱちぱちと音を立てる“透明な水”が“固形物”に固まり、まとわりついていた。


「えい」


そんな気の抜けた掛け声とは裏腹に、“水”はパンパンパン、と三発、弾丸の様に善逸に放たれた。風を切り近づいてくる音に、彼は持ち前の危機回避能力で右に左に避ける。
ドンッという鈍い音が三回、木々や土から響き、耳のいい彼に鮮明に鳴り響いた。そして、その音を聞いて、彼は察したのだろう。それが、木々を抉る勢いで飛ばされたものだと。そして、さらに追い打ちをかけるように数発、背後から放たれ、一発が善逸の頬を掠めた。髪の毛が数本切れた音に、


「アーーーーーーッ!!!!?(汚い高音)」


彼の絶叫が木霊した。


❀✿❀✿


現在、雅風は善逸に鍛錬をつけていた。それも全集中“常中”の呼吸を会得させる為に。そして、それは手足の痺れが治りつつある彼の為のリハビリでもあった。問題としては、伊之助や炭治郎にかしたものより少し“甘め”のメニューを考えなければいけないということで、考えた結果、雅風はそうだ、“あの”鬼ごっこをしよう。ふと、そう思ったのだ。ただ、それはただの子供がするような鬼ごっこではない。自分を“鬼”と例えての“鬼ごっこ”だったのだ。


ルールは簡単、善逸は、森の中を“鬼”の攻撃を全て避けながら逃げるだけ。ただ注意しないといけないのは、“鬼”は容赦ない攻撃を仕掛けること。捕まったら最後だと思え。というだけだった。


彼女からそれを聞いた時、なんだ、逃げるだけかなんて善逸は考えていたが、実際始まってみると、逃げるだけかなんてとんでもない!!なんでこんな事になったんだ!?と頭を抱えることだろう。
なにせ、彼女は、善逸を、ギリギリ捕まえそうで捕まえられる距離を常にキープし、“水鉄砲を連射”はたまた、そこら辺の“木の葉”を手裏剣のように投げたりなどして彼が1回も止まることがないように走らせ続けているのだから。
特に、動きが鈍り始めた時は脚が飛んでくる。それも、木の陰に隠れようとした瞬間に、木に波紋を流し衝撃だけを貫通させて、後ろにいる善逸だけを的確に狙うのだからタチが悪い。


善逸は泣いた。あの、治療の時の優しさはどこにいってしまったのだろうと。この人本当は双子なんじゃないのか?ああ嫌だ怖い辛い、今すぐに逃げ出したい、と……
そんな善逸の考えが何となくわかっていても、雅風は心を鬼にして、泣き叫ぶ彼に鍛錬をつける。なにせ、もし本当に“鬼”に、自分よりも強い鬼に遭遇してしまった際、本物の鬼は、いとも簡単にその命を取るということを知っているからだ。
命乞いをしようとも、鬼は簡単に殺す。なら、走って逃げた方が早い。


後ろ向きな考えかもしれないが、雅風は、もし、一介の隊士が十二鬼月と対峙してしまった場合は、勝利の確信がなければ直ぐに、逃げろ、見た瞬間に逃げろ、豪速球で逃げろ。と、そう思っている。鬼に背を向けるのは何事かと周りに言われるかもしれない。でも、勝利の確信がなく無謀に勝負を挑むのは、“自殺行為”でしかない。それならば、どのような容姿だったのか、どのような能力を保持していそうだったのか。その“情報”を持ち帰ることこそが、その時の“最善”であると雅風は考えていた。命あっての物種なのだから。


だから、雅風はまず、できることなら脚を育てることを優先している。脚が無事なら、立てるなら、走れるなら、どんな状況でも、最悪は逃げる手段となる。
まあ、今回は、善逸の体力を引き伸ばすと共に、彼の呼吸に合った鍛錬法ということもあったのだけれど。それを証拠に、雅風がいままでお試しで鍛錬をつけた隊士達の中ではかなりもっている。その事についつい嬉しくなって攻撃が過激にたまになっちゃうのは目を瞑って欲しい。


❀✿❀✿


「ほら、鬼は待ってくれない、さっさとお逃げ」
「そ、っそう言って!!!攻撃しないでっくださっ!!うぎゃぁぁぁっ!!!」
「返事、できるのは余裕な証拠、まだまだいける」
「!!?!」


雅風の無慈悲な言葉に、善逸は目がとび出そうなほどに衝撃を受ける。


ーーーまだまだいけるって何?!行けるわけないじゃん今の俺見て!?血反吐吐きそうなくらいに走ってたんだけど!?


決して言葉には出さずに、善逸は叫ぶ。更に酷くなるのがわかっていたから。そして、そう、気を取られていたのがいけなかったのだろうか。足元の大きな出っ張りに、善逸は足を取られた。


「ア゛ッ!?」


そんな声を出しながら、善逸は見事に前転をする勢いで転び、地面に体をうちつける。受身を取っていたため、さほどダメージはないが、それにしても痛いものは痛い。座り込んだ状態でうぐっと呻きつつ、ぶつけた患部を手でさする。そして、今まで走ってきたせいで溜まっていた疲れがどっと彼を襲った。ぜえはあと息を切らし、滝のような汗が流れた。
そして、その頭の横スレスレに………………なにか白いムチのようなものが見えた。ドゴッと音を立て、地面を軽く凹ませている原因のそれは、深いスリットの入った隊服のせいで剥き出しになった雅風の真っ白な脚だった。
ふれれば柔らかいだろう、すらりと伸びたしなやかなそれは、状況が状況でなければ、善逸にとっては生唾ものの代物だっただろう。すっと、脚をひいた彼女を、悲鳴もあげられないまま、顔を真っ白にして、がくがくと震えながら、善逸は見上げた。
見下ろす双眸は、恐ろしい程に、養豚場の豚を見るかのように冷ややかだった。


「誰が休んでいいといった?」


ひゅっと息を飲む。そして、善逸の中でそんな目で見られたことに対しての恐怖やショック、本当に鍛錬で死ぬかもしれないという想像がぐるぐると頭の中に周り、弾け、パーーンッ!!と、ショートした。
ひえっと間抜けな声を上げ、ガックリと気絶した善逸。それを見て、見ながらも、雅風は脚をその頭めがけて振り下ろす。が、踏み潰す勢いのそれは宙を射抜いただけだった。意識を失いながら、善逸は、それをスレスレでよけ、転がりながらも立ち上がる。


ーーーきた


眠りに落ちた善逸に、雅風は小さく笑う。後ろ側のベルトに刺していた小刀ほどの大きさの木刀を取り出し、構える。瞬間、彼は寝ながらそれを感じとり、自然な動きで抜刀の体制をとった。


「いい子だね、善逸くん」


雅風はそう、優しく囁く。
生命の危機を感じ、眠りに入った善逸に対して、彼女はその間にも鍛錬をつけていた。それは、て寝しまっている彼も磨きあげる為。
最初は雅風に刀を向けるのを嫌がったからだが、そうも言ってられないことに彼女と過ごすうちに分かったらしく、今では雅風が木刀を出すだけで構えの体制に入るようになった


ーーーーさあ、第2ラウンドだ。


風に飛ばされた木の葉が落ちると同時に、二人は地面を蹴り上げた。

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