撃雅風という女
彼女は酷く傲慢なやつだと思う。
鬼殺隊に入ってまもなかった俺に、合同任務の知らせが届き、現地にて、鬼の討伐を行おうとしていた。その際、隊の編成は六人、そのうち一人が、一風変わった、刀でなく鍵爪を使う隊士、後に陽柱となる撃雅風だった。
山に潜む鬼達は、珍しく集団で行動していて、しかも血鬼術を使う。鬼達は巧妙な策を立てるヤツだったらしく、あっという間に分散させられ、俺は一人、腹に怪我を負わされ、森の中をさまよい歩いていた。何時どこから襲ってくるのかわからない状況で、せめて、鬼の首ひとつは刺し違えても奪ってやろうと思っていた、俺の両手、体は、死への恐怖でいつの間にか震えが止まらなくなっていた。
そんな時だった。
「みつ、けた」
「!、おまえ、」
茂みから音を立て、彼女は慌てた様子で、俺の傍により、直ぐに治療をする、といい、持っていたらしい包帯や薬を草の上に並べていた。
手際良く、俺が怪我をした部位を診察し始めた彼女は、遅くなって、ごめん、そう小さな声でこぼした。
「いや、んな事、鬼のせいなんだから謝んなよ」
「うん」
こくりと頷いた彼女は、怪我の具合を見終わったのか、次には治療をするといい、なぜだか怪我をした部分に手のひらをのせてきた。
なんだ?とおもっていれば、コオオオっという音が響き、彼女の手が光に包まれていた。陽射しに包まれているようだった。不思議と、だんだんと怪我をした場所の痛みがひいていく。
度々噂で聞いていた。不思議な呼吸法の女がいると。普通の俺らと使ってるのとは全く別の、めずらしい呼吸法。どの呼吸から派生したのかもわからない、特殊なそれのおかげで、集団任務の時には必ずといっていいほどに、彼女のは組み込まれているという話だ。
そんなことを思い出しているあいだに、怪我をしていた部分は、まるでそんなものがなかったかのように、綺麗さっぱり治っていた。
「すげぇ!んだこれ!」
「治療、終了、次のこのとこに向かう」
「つぎのって、他のやつの居場所わかるのか?!」
「ん、わかる、」
短く答えた彼女は、それじゃあ、行こう。どこからか取り出した升に、水を入れ、それを手に持ち、じーっと見つめ始めた。ぱちぱちと、水は音を立て、次第に不自然な波紋を描き始める。
「こっち」
俺の手を引き、足速に駆け始めた。その最中、鬼二体は既に倒して、残りが一体だということや、ばらけさたのは隊士を一人一人確実に殺すし、食べるためだと教えられた。その為に、俺達にそれぞれ血をつけたり怪我を負わせて追いやすくしたのだと。
「残りの一体は、俺らを飛ばしたやつなのか?」
「空間転移系、大変面倒、つぎは溶かす」
「他の奴らとは先に会わなかったのか?」
「あった三人。でも、粗方は治しても、もう、戦えない傷、が二人だから、保護して、戦える子は、もしもの時のため、に、置いて来た」
「…………保護って一体?」
「時間、無い、それは後、はやくいく」
それきり彼女は話さなくなり、前を見て走る。
俺はただ、既に三人が戦闘不能になっている事実や、二体の鬼が倒されてる事を知って、撃雅風は、何者なのだろうか、という疑念が頭に浮かんで仕方なかった。
そして、それから残りの一人はすぐに見つかった。大型の鬼に喰われているという、最悪の状態で。草の緑色は血液よって赤黒く染り、悲鳴も上げられないほどに痛めつけられた仲間の姿に、頭が目の前が真っ赤になった。
日輪刀の柄を握り、目の前の鬼に切りかかろうとすれば、雅風に手で制された。
「なっ、」
「無闇に、突っ込む、また、飛ばされる、私、行く、きみ、彼の保護」
「それなら、俺が突っ込むからお前がすぐに治せば」
「あなた、恐怖、してる鬼に」
「!」
「剣筋が鈍る、怪我人を、増やすつもり、ない」
そう言って、俺に見向きもせずに、一人だけ、茂みから出ていった。彼女の言うことは、図星だった。怒りで、そう、染まると共に、彼女が遅ければ自分もああなっていたという事に、恐怖が俺の中にあった。
まるで心を読んだみたいだ。いや、それとも俺がわかりやすいだけだったのだろうか。なんて、俺は情けないやつなんだろう。自分より小さな女に守られるなんて、助けられるなんて、なんて恥ずかしいやつなんだろうか。
悔しさに噛み締めていた口から血の味がした。歯で中を切ってしまったらしい。鉄臭い生唾を飲み込んで、彼女の邪魔にならないように、外まわりに喰われていた隊士の保護に向かった。
そして、血の匂いが濃くなり、その隊士の近くに着いた時、
「ぎゃぁぁああ!!!」
鬼の悲鳴が森の中に響いた。じゅううと、肉がやけるような音がし、なんだと思い、見てみれば、大型の鬼の体が日に当たったかのように焼け焦げ、溶けていた。目をやられたのか、顔を片手で覆いもう片方を乱暴に振るい宙をかく。
それを無駄な抵抗だとばかりに、雅風は、地を蹴り兎のように飛ぶと、身体を捻り、袖から伸ばしているらしい黒刃の鈎爪で、瞬きの間に腕を輪切りにした。ぼとぼとと落ちる肉塊は、瞬時に朽ち、また鬼は唸るような叫び声を木霊させる。
すごい、と純粋にそう思った。巨漢と、幼い子供ほどの体型差を感じさせない戦いっぷり。それに目を奪われそうになり、はっとする。
血溜まりの主である隊士を助けなくては!
そして、その隊士を見て、思わず口元を覆った。喰われたのだろう抉れた足、腹も、腕も、溢れ出る血液で真っ赤に染まっている。絶望に染った虚ろな目に、かすかに聞こえる呼吸音が奇跡と言っていいほどに、彼は、殆ど死んでいるも同然だった。こんなものどうすれば、と思うと同時に、少しでも、止血をしなければと、手当用に携帯している布を取り出し、巻き付けた。
決着は案外早く着いた。ずしん、と重たい音が響き、地面が揺れ、鬼が倒されたんだと理解する。
鈎爪をしまったらしい雅風が、ぱたぱたと音を立ててかけてきて、俺の隣にしゃがみこむ。目を見開いた彼女は、血だらけの彼を見て、言葉失っているようだった。
「内臓が、くわれてて、足と腕もやられて出血がひでぇ……いまかすかに息があるのが奇跡みたいだ」
「お腹、少し見るよ」
「ああ、」
喰われていた腸の具合を見て、険しい表情をした彼女は、ふるふると頭をふった。それは暗に、もう助けられないという事を示していた。
「喰われた臓器を再生させることは出来ない、繋ぎ止めるにしても、きっと彼の苦しみを先延ばしにするだけ……」
彼女はそう言うと、血だらけの彼を、まるで、母がするかのように、優しく抱きしめた。ぱちぱちとした、俺を癒したのと同じ光が、彼のことを包み込んで行く。
「あ、れ、いた、み、」
「?!」
その、掠れたような、虫の羽音ほどに小さな声に、俺は驚愕した。虚ろだった目は、少し、生気が戻ったかのように頼りない光がもどるが、瞳は酷く濁ったままだった。
彼は、よろよろと、震える腕を上げようとしていた。その手は、己を抱きしめている彼女に回そうとしているのだと、直ぐにわかった。補助をするように、俺は、その手を彼女の背に回させ、服を掴むのを確認すると、手を離す。
「だ、れ?」
「同じ隊の、雅風だよ、よく、一人で頑張ったね、」
彼はもう目が見えていないのだろう、視点の合わない目は、ゆらゆらと頼りなく、揺れている。
「いた、くて、おれ、」
「もう、君を傷付けるものは、ないよ、大丈夫、鬼は倒したから」
「ほん、とに?」
「本当。だから、もう、君は眠っていいの……たくさん、頑張って、疲れたよね、苦しかったよね、遅くなって、ごめんね」
「ねむって、いい、のか、」
「うん、いいの、君が眠るまで、私はこうして、君を抱きしめているよ、だから、安心して、眠っていいの、」
「そう、か、そう、なの、か、」
母が子供に寝物語を聞かせるように、ゆっくりとした口調で、彼女は彼を安心させる為に語りかけた。次第に、包む光は強さを少しだけ増して、抱き締められた彼は、幼子の様なあどけない笑みを浮かべ、涙を流した。
ーーーお天道様みたいだ
それを最後に、彼は、眠るように、陽だまり色に抱かれてこの世を去った。俺がみつけた時の絶望顔に染った顔とは反対の、安心したような様子のそれは、彼女が痛みを消して、話をした結果だろう。
雅風は彼を労わるようにゆっくりと地面に寝かせると、開いたままの目をそっと伏せさせた。
そして、両手を合わせ、目を瞑る。
「ごめんなさい、ごめんなさい、」
もっと早ければ助けられた、ごめんなさい。
そう、彼女はただ、もう眠りについてしまった彼に零す。
鬼殺隊での任務、特に、集団での任務は凶悪な鬼達との戦闘を意味する。それ程までに相手が脅威だからだ。複数の異能持ちの鬼と対峙すれば、死人や怪我人も沢山出る、それが隊の中での常識。強くなければ生き残れない。力不足のやつから、運のない奴らから死んでいく。それが、当たり前なのだ。
だから、今回の件も、死んだ彼は言い方は悪いが運がなかった。彼女には何の責任もない、そう、謝ることは無い、と、俺は思う。が、目の前の彼女はそうでは無いんだろう。
なにせ、助けられるかもしれない力があるのだから。
「貴方の、来世に、輪廻の果報が、あらんことを、」
そう言って、立ち上がり、振り返る彼女の隊服は、当たり前だが、ぐっしょりと彼の血で染まっていた。月が空から俺たちを見下ろし、鎹鴉の隠の到着を知らせる声が響く。それは、今回の任務の集結を意味していた。
後から藤の家に今回の任務で一緒になった、服が汚れただけで、傷がないので他の任務に向かってしまった雅風以外の、生き残った面々に話を聞けば、彼女は山の中を駆け回り、怪我をしていた自分達を助けに来たのだという。
そして、遅くなってごめんと、俺と同じく、助けられた時に言われたのたという。怪我をした隊士二人を無事なものに頼んで、返事聞かずに森の中へ戻っていったのだとも。
彼女はこの先もきっと、背負わなくてもいい贖罪を小さな背中に背負って行くのだろう。自分が遅かったと、力不足だったと、そう悔いて、人を助けるのだろう…………それはなんとも傲慢な事なのだろうか。
そんなのは投げ捨てていいモノなんだ。背負わなくてもいいものなんだ。人間死ぬ時は死ぬ。助けられない者もいる。星の数ほどにいる。悔いてもいい、けれど、背負うのはダメだ。いつかその重圧は、彼女のことを押しつぶす。そのことに気が付いてくれることを、気づかせてくれる奴がいる事を俺は切に願う。
きっと、俺では無理だから。