酒好き嘘つき

俺はずっと、雅風は酒が弱いんじゃないかと思っていた。


◆◇◆◇◆◇


雅風とは恋仲となってしばらく経つ。
恋仲になるまでは、アイツが逃げ回ったり、はぐらかしたりなどするから大変骨が折れた。なんとか首を縦に振らせることが出来たのだが、柱である雅風と、今では義手というハンデがついたおかげで甲になった俺とでは任務の量が違う。
そのため、入れ違いで任務に向かうことがあったりなど、恋仲になってから二人で過ごすという事をしたのは、二人で住んでいる家より、外でなんとか時間を合わせてあった時の方が多いだろう。
雅風は恋人となってから少しだけ距離は縮まったものの、甘えるなんて事はなく、変わらない態度で俺の横にいる。手を繋いだりなどはするのだが、抱擁や接吻をするとなると人目が気になるのか、誰も通らない場所であろうとそれはいやと断られた。まあ、家では平気な様なのでいいのだが……
けれど、それは主に俺からする事ばかりで、雅風からは受けたことがなかった。半ば無理やり首を縦にふらせたようなものでもあるので、時が解決する事を祈っていた。が、それはある転機によって覆ることになる。




それはある日、珍しく俺と雅風の任務が重ならず、二人でゆっくりと過ごせる事となり、満月という事で月見酒をしたいと雅風が言い出した。思えば、そのが彼女と飲むのは初めてだったのだ。俺は、それに頷き、適当な摘みや酒を用意し、縁側に座って徳利に入れたそれを猪口に注ぎ合う。そして、徳利を一本程飲み終わった頃、それはおきた。


「さびと、」


そう、少しだけ熱を孕んだ様な掠れた声で、雅風は俺の名を呼んだ。酔いが回ったのだろうか、と思い、大丈夫か?と声をかければ、顔を伏せた彼女はことりと猪口を置くと、間に置いていた盆をゆっくりと滑らせるように退け、小さな桜色の口をきゅっと結んだ。何なのだろうか?そう思い、彼女に声をかけるが、


「雅風、どうし、っ!?」


最後まで言葉を言う前に、あの、雅風が、自ら俺に撓垂れ掛かってきたのだ。一瞬、一体、何が起きたのか分からなかった。何かの幻覚かとも思ったが、擦り寄ってくる布越しの少し熱い体温は本物である。思わず、肩を揺らした俺は、次に、彼女の表情を見て、びしりと固まった。いまだに、少女の様な幼さが残ってはいるというのに、、淡く色付いた白い頬、潤んだ瞳は、花街にいる女性の様な男心を擽る色香を漂わせた。喉がなりそうになるのをなんとか抑えていれば、彼女はゆっくりと、衣擦れの音を立てながらその小さな身体で俺の膝の上に乗り上げてきた。


「お、おい、」
「ん、」


膝の上にすっぽりと収まった彼女は上機嫌に笑い、目を瞑りながら胸元に、すりすりと、子猫のように擦り寄ってくるのだからたまったものではない。突然起きた事柄に、俺の頭は鈍器で殴られたような衝撃を数度繰り返され、手に持っていた猪口をごとりと落とした。
そして、さびと、さびとと繰り返し呼ばれる中、これは夢か?と思い始める頭をひたすらに回し、なんとか、この状況を飲み込んだ。


ーーー甘えられている。


そう、これは、甘えられているのだ。あの、俺に一度でさえ、恋仲になってから自ら抱擁をしてこなかった雅風が、膝の上に乗り上げ、しかも猫のようにすり寄ってきている。
理解した瞬間、情けない程に熱のあがった顔が緩むのを感じ、己の掌でそれを隠した。それも仕方ないことだろう、何せ、愛した女性のそんな姿を見れば、誰だって情けない顔になってしまうだろう。
こんな機会は滅多にない。段々と身体の熱があがり、汗ばむものを感じながら、膝の上に乗っている彼女を空いていた片腕で抱きしめた。それに答えるように、胸元にすがりついてくる仕草は、なんて愛おしい事なのだろうか。ぎゅんっと、心臓が掴まれる。
唸りそうになるのを抑えていれば、ねぇ、と雅風が声を上げた。


「な、なんだ?」
「なんで、顔、隠してるの、みれない、て、じゃま、」
「んぐっ、すまないが、今は見せられるような顔ではないんだ。少しだけ置いてもらってもいいか?」


思わず早口になりつつも伝えれば、いや、と短くいわれ、何故だときけば、少しだけ口篭りながら、


「だって、く、くち、すい、が、、できない、から、」


もじもじと、恥ずかしがりながら、大変意地らしい様子で言ってくるものだから、思わず自分の顔が一周まわって真顔になったのが分かった。
控え前食わぬは男の恥、ではあるが、今の酒に酔った状態の彼女を食べてしまうのは如何なものだろうか。
擦り切れそうな理性と戦いつつ、俺はひたすらに雅風の滅多にない甘えを受け入れた。


翌日、雅風に昨日のことを覚えているか?と聞いたら、何かあったの?と小首を傾げていた。そこで俺は、雅風は酒が弱く、酔えば甘えん坊になり、記憶が飛ぶ体質なのだと思ったのだ。
それから、俺は二人きりの時は雅風が好きだと言っていた酒を用意し、彼女から甘えられるように仕向けた。


けれど、それが違うと気がついたのは、胡蝶に話を聞いた時のことだった。
任務帰り、偶々一番近かった蝶屋敷に治療の為に訪れれば、彼女は、雅風とはどうですか?と笑顔をうかべつつ聞いてきた。胡蝶と雅風が友人関係であり、よく話す間柄だと知っている俺は、興味本位で、雅風は酔えば何時もああなのかと聞いたのだ。すると、胡蝶は途端、こてりと小首を傾げてきた。そして、


「何を言ってるんですか?彼女、蟒蛇ですよ」
「……は?」
「錆兎さん、雅風は酒瓶2本は飲まないと完全に一致泥酔はしないですし、なにより、記憶が無いなんてこと有り得ないと思いますよ?」


そう、言ってきたのだ。その事実には?と、思わず口を開けてしまった。それと同時に、どういう事だ、と彼女を問い詰めた。胡蝶が言うには、本来雅風は、俺に見せた姿とは丸っきり違い、かなりの酒豪なのだそうだ。徳利一本では顔色一つ変えないだろうと。では、俺が見た姿はなんだというのか。頭を抱えた俺に、胡蝶は、とん、と肩に手を置いてきて、


「なら、確かめてみればいいのでは?」


そういい、なにやら悪い笑みを浮かべ、少し待っていてくださいとその場を去っていった。そして、戻ってきた時には一つの酒瓶を抱えていた。それを俺にどうぞと言いながら渡して来た。


「これは?」
「アルコール度数が清酒の倍はあるお酒です。でもこれ、飲み口がいいらしくて、そんなことも感じさせない位にいい代物らしいんです。もし本当に徳利一本で酔うというのなら、半分もいかない程度で酔うはずですよ」
「成程、飲み切ってしまえば演技だった、というわけか、でもいいのか?もらってしまっても」
「私は特には飲みませんからね、どちらにしろ彼女に譲ろう思ってましたし」
「そうか、ならば、有難く頂こう。感謝する。」


楽しげに微笑んだ彼女に、今度、また別になにか礼の品を持ってこようと考えつつ、俺はそれを試す事にした。



その試す機会は案外早く訪れた。
二人きりの夜に習慣化した酒盛りは、本日は居間で行われることとなった。胡蝶の用意した酒を徳利に入れ、雅風に貰いもののいい酒だと話せば、嬉しそうに目を輝かせた。一口、二口、ゆっくりと味わう様に飲んでいく姿を盗み見つつ、俺は気づかれない程度に、雅風よりも少し遅いめに猪口の中身を空にする。

そして……雅風は徳利の中身がほとんど無くなってきたと言うのに、何時もの様な行動は起きなかった。胡蝶の言う通り、雅風は酔ったふりをしていたのだ。
俺は緩みそうになる口元を引き締めた。
とうとう、何時もの様に猪口を置いた雅風は、ゆっくりと近づいてきて、ぽすり、と柔い体で撓垂れ掛かる。それを受け止め、逃げられないように強めに抱き締めてやれば、ぴくりと肩が揺れた。


「さびと、どうか、した?」


恐る恐るという風に、雅風は尋ねてきた。もう、俺は限界だった。喉からくつくつと低い笑い声が耐えきれず、もれる。戸惑う彼女は、え、え?と声を上げ、仕切りにこちらの様子を伺っているようだった。そんな彼女の耳元で、俺は囁くように呟いた。


「雅風、お前、実は酔ってないのだろう?」


そう言った瞬間、ぐっと強く胸元を押される。体が離れようとする寸前、伸ばされた相手の両手首を掴み、その場に引き倒した。
バタン!という音が室内に響く。脚技が出る前に、太ももの辺りを押さえつけるように乗ってしまえば、単純な力では、雅風はこの拘束から抜け出せないだろう。
耳を、顔を林檎の様に真っ赤にして、俺に顔を見せまいとしているのか、俺の顔が見れないのか、ツンとそっぽを向いている。


「……は、はなして、」


羞恥のせいなのだろう、震える声で、雅風はそうぽつりと小さく呟く様にこぼす。だが、残念だったな。


「嫌だ。お前からちゃんと話を聞きたい。なんで酔ってる演技なんてしたんだ」
「う、」


肩をビクつかせた彼女は少し間をあけ、うううと呻き、こちらにゆっくりと顔を向ける。言う、言うから、この手の拘束だけ解いて、と、ふるふると体を震わせながら、今にも泣きそうな声で言い出した。逃げ出そうなんて気はもう起きないだろう。俺が素直に手を離せば、うろうろと目線を漂わせ、短く深呼吸をし、口元をかくしながら、もじもじと、体を縮こませる。
いつもの可憐な少女のような姿とは違い、俺を意識して、女の顔をしているという事に、大変、唆られる。生唾が口の中に段々と溜まっていくのを感じながら、髪の檻に閉じ込めた彼女が口を開くのを待った。
そして、覚悟を決めたのか、足を擦り合わせ、目を伏せながら、少しだけ最初は裏返った様な声で、か細い呟きをこぼす。


「だ、だって、素で、甘え、るのは、はずかし、かった、から、お酒に……よった、ふりなら……できる、かなって、でも、はずかし、くって、う、っ、……ぁぁ、もぅ、むり、やだぁ……」
「酔ってなかったというのに赤かった原因はそれか」
「、うっ、」
「そうか、そうか、」


最後にはほとんど消え入った音でそう言うと、煙が出そうな程に、赤い顔を更に赤くし、もう勘弁してくれとばかりに、顔を掌でおおった。その愛らしい姿に口が緩む。雅風本人も甘えようと努力をしてくれていた。甘えたいと思ってくれていた。ただそれだけだったのだ。そして、それは自分をちゃんと好いてくれているという事と同義。嬉しさに、その意地らしさに愛おしさが込み上げ、堪らなくなる。


「雅風、」
「や、」
「顔を見せてくれ」
「やだ、だめ、みせ、られない」
「お願いだ、今すぐに顔が見たい」
「、」


懇願するようにいえば、うっ、と声を上げ、そして、よろよろと掌を退けられた。そして、羞恥に染まった白い肌や、情けなく歪んだその潤んだ瞳が、涙を零すのを見て、ゴクリと喉がなり、腹の底から激しい情欲のような感情が湧き上がる。
もう限界だった。
愛おしさやら何やらが湧き水の様に溢れ、衝動的に、小さな唇に噛み付くように口を合わせる。驚きで目をこぼしそうな程に見開いた雅風の後頭部に手回し、数度、角度を変え、舌を割り入れ歯列をなぞる。そのうちに、もう片方の手を背中にまわし、つつ、と背筋をなぞれば、くぐもった声を出して口が開いた。


「や、!む、んんっ、」


熱い口内の、歯の裏の辺りを撫ぜるように舌を動かせば、ぴくぴくと身体を震わせ、背筋を反らせる。畳を擦る音が聞こえた。逃げる彼女の小さくて柔い舌をから娶り、じゅっと、音を立てて吸えば、官能的な声を上げ、俺の寝間着の胸元を、縋り付くように小さな手が握り締めた。腹の底がどんどん熱くなり欲が溜まり、、夢中になって、貪りつくように、口を吸う。
銀糸を引きながら、口を離した頃には、雅風はぐったりとした様子で肩で息をしていた。そして、ぽす、ぽす、と力の入ってない手で胸元を叩き、ばか、ばか、と涙目で睨みつけてきた。
なんでそう、煽るような事ばかりをするんだ。
彼女につられ、だんだんと上がった体温が、顔を染めていく。布越しに背中に触れた手に響く、どくどくと激しい鼓動に、口吸いを、いや、それ以上を今すぐにでもしたい、とそう思ってしまった。
いままでも、酒に酔っているからと理性が切れぬよう我慢に我慢を重ね、彼女からくるそれを、受け止めるだけだった。が、今はもうまるっきり状況は違う。
彼女上から退き、その力の入ってない体を抱き上げ、寝室へと急いで向かう。戸惑いう雅風に言い聞かせるように、俺は劣情にまみれているだろう声で言葉を連ねる。


「控え前食わぬは男の恥」
「っ、え、」
「散々、俺は待たされた、だから、もう、食べてしまってもいいだろう?」
「っ!?だ、だめ!まって!?」
「いいや、またない、散々煽られたんだ。今までの分を返済させてやる」


乱暴に襖を開け放ち、整えられた布団上へ雅風を下ろす。顔を青くしたり、赤くしたりと忙しいそいつは、きゅっと、目を瞑り、ゆっくりと目を開けた。こちらを上目遣いに見上げながら、乱れた寝巻きごと、自分の胸元を心臓を抑えるように手を当てると、


「やさ、しく、してくだ、さぃ……」


恥じらいの表情を浮かべ、そう、ぽそりと言われ、ブチりと、俺のギリギリいままで保っていた理性が切れる音がした。



翌日、俺は案の定、羞恥で染った雅風に馬鹿だの変態だの罵倒を受けることになる。
そして後日、蝶屋敷に高級菓子の包みを持って行った。

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