7-2


〇〇〇

 遠くで鈍い、落石したような音が響き、雅風が煉獄の元へ行けば、既に戦闘は開始されていた。列車の近くには、負傷した炭治郎が腹を庇いながら地に伏している。
体中に藍色の線状の文様が浮かんだ鬼ーー猗窩座が空中から鋭い拳を一瞬に数発、虚空を打ち、それと同時に煉獄は刀をうねる炎のように振るう。瞬時に燃え盛る炎が放たれた衝撃波を打ち消した!
 ガガガガという、衝撃同士がぶつかり合う音が重く響き、刹那、間合いを詰めた煉獄は荒れ狂う炎の様に、激しい斬撃を猗窩座に叩き込む!!
 目にも止まらぬそれ等を、猗窩座は口元を釣り上げ楽しむ様に、真正面から己の拳で相殺する。


「この素晴らしい剣技も失われていくのだ杏寿郎悲しくはないのか!!!」
「誰もがそうだ人間なら!!!当然のことだ!!!」


 猗窩座の問いに、煉獄は間髪入れずに空気をビリビリと振動させる力強い声で答える。そして、自分の元へ動こうとした炭治郎を察知し、待機命令!!と声を荒らげた。
 一層強い、衝撃音が走った瞬間、二人の技がまたぶつかり合う。
 煉獄の震えたつ闘気が猛虎となり、敵を噛み砕かんと牙を向ける。その一撃を受けながらも、残像が見えるほどに素早い、弾丸の様な拳が煉獄に襲いかかる!
 猗窩座は全ての攻撃をわざと受けながらも、その拳で彼の人体を破壊していく。眼球に、肋骨に拳がはいり、そして、次に、腹に向けてそれが向けられ掠めた時、猗窩座に一つの影が落ちた。
 目だけで空を見れば、三枚の黒曜石の様な爪が月光を反射する。ぱちぱちと黄色い光を持ったそれが、猗窩座の脳天めがけて振り下ろされた。
 そして、その刃が非常に自分にとって危険なものである、と本能で察知した彼は、四肢を翻し、紙一重で躱すと、直ぐさま距離をとる。
 雅風は、空中で一回転すると、猫のように地面に着地し、虚空を切った刃を再び煉獄の隣で構える。


「ごめん、遅くなった」
「乗客の避難は」
「重傷者無し。負傷者は既に対応済み。乗客全て隠の指示にて、全員避難、また、保護をされている。」
「了解した」


 痛手の煉獄を見て、ぐっと爪がくい込むほどに拳を握る雅風は、強い敵意を目の前の鬼に向ける。
 手短に要件を話終えた、己と対峙する2人に、猗窩座は、雅風をみて、はた、と目を見開く。そして、ああ、驚いた。と、にんまりと目を矢じりに曲げながら低い笑い声を零した。
それを見て、二人は構えた刃をカチリと鳴らし、目の前の標的を鋭い眼で射抜く。


「ああ、なんて日だ。一日で二人の柱と戦えるだなんて!」


 心底嬉しそうに、そう言ってわらう猗窩座に、雅風は何時でも踏み出せるように、脚先に力を入れ、地面を抉る。
 その後ろで、いつの間にか合流し、炭治郎の傍らに佇む伊之助は、異様な緊張感に苛まれ、ゴクリと喉を鳴らした。
雅風は、その間にも、あと、どのくらいで日差しがここを照らすのか、と計算を急いでいた。そして、それは後三十分以上はあるだろう事は明白であった。

────────長すぎる。


 上弦の参を相手に、多くの守るものを背にしてその三十分以上戦い続けるのは、あまりにも長い。これを、本来、彼が一人でやっていたのだと思うとゾッとする話だ。雅風はそう思い、煉獄を横目で見て、さて、やはりあれを使うべきだろうか?と、思考を巡らした。


「……柱って、なんでわかった?」
「その闘気を見ればすぐにでもわかる!
 ん……?だが、お前もしかして女か?」
 「それが何」

 瞬間、猗窩座の先程の雰囲気とは一転し、片手で己の顔を覆うと、1歩、後退する。

 「女……女の柱……なんて事だ。男であればと思ったが女だと?
 惜しい、これほどの闘気を持ってして男でないとは!!
 それでは俺とは戦えないでは無いか!」

 予想外の言葉に、雅風は驚きつつ、ああ、これは使えるかもしれないと1歩、前に出る。

 「なんだ……女の子に拳をあげるのがそんなに嫌?
 紳士的なものなのか、さてはて、見下してのことなのか……」

 凍える様な視線、濁った色を混ぜ合わせ、細めた双眸で鉤爪越しに彼を見、失笑する雅風に、苛立ちで身体を震わせた猗窩座は、彼女を指さす。

 「女のひ弱さなど目に見える。細い腕、細い身体。折角の戦闘の技術さえ、女であるということで全てが台無しだ。無意味だ。
 ……けれど、お前は見た事のある顔……そうだ、あのお方の言っていた、殺すべき柱……ああ、なんということだ。1度歓喜したことが馬鹿馬鹿しい!!
 杏寿郎との闘いに水を刺された挙句に!!こんな!!こんなにも殺す価値もないような小娘ごときに手を出さねばならないとは!!」

 軽蔑、蔑視を含んだの瞳。そしてあのお方からの指示。
 陽の光を扱う柱を殺すこと、それは鬼舞辻無惨にとって、他のどの柱、どの隊士よりも重要な事だ。
 だが、目の前の鬼───────猗窩座にとっては、そんなことよりも、男の柱である煉獄杏寿郎と闘うことが楽しみで仕方のないこと。
 つまり、鬼舞辻無惨の命令よりも、男の柱を殺すことに意識が寄っていたのだ。

 「侮辱をするにも大概にしろ!!
 彼女が柱であるのは、その実力あってこそ!!
 人を救い!!助け!!慈しみ!!数多の鬼を倒してきたからこそ選ばれた!!
 それを否定し馬鹿馬鹿しいなどと言う君を俺はもっと嫌いになった!!」

 強い怒気の籠った声に、雅風は驚き、目を見開く。
 口の端から血を垂らしながら、何時もよりも大きな声を発した煉獄は、雅風と並び立ち、彼女のことを侮辱され、誰よりも燃える様な怒りを顕にした。
 そして、命令だから殺すという言葉に、特に気に食わないとばかりに刀を握る力を強める。

 「貴様の様に彼女を侮辱するような者に殺させはしない!!
 いや、その前に貴様のようなものに彼女が殺されるはずもない!!撃は強い!!
 卑劣なものに負けるはずなどあってなるものか!!」

 力強く、そして、凛とした物言いに、雅風は、はっ、と息を飲む。
 いつもどこを向いているのか分からない炎そのものの様な双眸は、鋭く猗窩座を睨みつけ、ぎゅうっと、胸打たれる。

───────ああ、本当に真っ直ぐで、敵わない……

 彼の人の良さ、自然と人を惹きつけ、弱くとも、どれだけ悲観的な想いに駆られようとも、鼓舞し、悲壮させる力。裏表のない力強い言葉。
 それに救われる人間が、立ち上がろうとする人間がこれからもどれだけいることだろうか。

 「本当に君は良い奴だ」

 うっすらと、掠れた声ではなたれたそれは、この場にいる誰にも聞こえることはない。
 雅風の心は元々決まっていた。それを後押しするように、煉獄は彼女の決意をより強固なものにした。

 「そんなことを言うな杏寿郎!!
 この女が居るからか?そんなつまらないことを宣うのは……
 すまないが少し待っていてくれ。この女のことを一瞬で済ませればいい。そしたらまた闘おう!!
 それか、お前が鬼になった後でもいい。鬼になろう。一緒に鬼になり、闘い続けようじゃないか。そうすればお前の傷も治り、常に万全な状態で研磨し合うことが出来る!」

 
どうだ?名案だろう?と、さあ、俺の手をとれとばかりに猗窩座は鼻歌を歌うが如く言い放つ。それに、堪えられないというばかりに、雅風はくすくすと笑い、煉獄の刀を持つ手に、己の手を重ね、驚く彼を気にせず、前に数歩出る。


「冗談。彼が四六時中、鬼舞辻無惨に寄生されるなんて道、選ぶわけない……馬鹿馬鹿しいのは君の方。
 ねぇ、それよりも常に陽の光に怯えて過ごすのってどんな気分?
 後、こんな女に下弦の鬼が数体倒されて、未だに殺せずにいるだなんて……鬼舞辻無惨は余程自分が可愛いんだね。
 下の鬼にばかり指示を出して、未だに私を殺せていない。
 弱いのはどっちって話じゃない?」


  わざと煽り、挑発し、そして鬼舞辻無惨の名を出した瞬間に、猗窩座の顔から表情が消える。肌を突き刺す怒気が、その場にいる全員のに襲いかかる。そんな中、雅風は、袖から猗窩座に見えないように1つの小さな瓶を取り出した。何かの液体に浸かる黒い丸い物体。煉獄は、彼女の取りだしたそれを掠め見て、なんだ?と疑問をうかべるが、口には出さず、ただ動向を見守った。


「そうそう、そんな事より、上弦の参、私は少し、確認したいことがあった」
「…………確認だと?」
「そう、あなた達が求めてやまない、あの“華”について」
「!!」


 反応を示した彼に、雅風は話しかける。それは、子供騙しな時間稼ぎ。けれど、命を繋ぐ為の“会話”。
 本来であれば、雅風は初撃で猗窩座の脳天から波紋を流し溶かすつもりだった。けれどそれが避けられた今、次は、猗窩座は自分に決して、“何か”がなければ“近づいてこない”という確信があった。例えそれが鬼舞辻無惨の命であってもだ。それは何故か……彼の生への執着、本能的な太陽への強い恐怖を1番に感じている個体だからだ。
 そして、雅風にとっての一番の問題は、猗窩座の底知れない力。切り裂いても頭を削ろうとも彼はすぐに再生をするし、何より、彼の血鬼術が恐ろしく強力な事を“知っている”。それが、周りに向けばどういう被害になるのかも。

 だから、雅風は決断した。猗窩座の思考を、興味を、敵意を、全て自分に向けさせることに。

 雅風は、自分の持っている瓶に波紋を流す。硝子を通し、淡く光り、振動するそれは”瑠璃色の液体”に浸かった“種”に変化をもたらす。急速に成長していくそれは、本来ならば血を吸ったような毒々しい赤色になるはずの。けれど、雅風が急速に生命エネルギーを送られ、成長し、生み出されたそれは、見事なまでに鮮やかな“青色の彼岸花”だった。




とっぷ