7-3


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 青い色の彼岸花、雅風にとってそれはきっと、あの世に咲いている花なのだろうな、という認識だった。雅風が覚えている知識の中で、鬼舞辻無惨に処方された青い彼岸花の入手ルートについて、少し思うことがあったのだ。
平安時代、魑魅魍魎がまだ蠢いていたとされる、その時代には、日本中のどこかに地獄へ繋がる“穴”があった。それは複数存在し、生者が死後の世界へ行ってしまう方法。それに、たまたま医者が落ちてしまい、その時に見つけた抜き取った彼岸花で薬を作ったのではないか、と。
 彼岸花は、地獄の花、曼珠沙華など別名があり、仏教であの世に咲く花とも言われている。なので、ありえない話ではないだろう。日本の彼岸花の遺伝子は、全て同一であるのだから、なにかの化学変化で自然にたまたま、青色が派生した、という事はきっと、無いのだろうから。
そして、鬼舞辻が処方されたそれを手に入れる事はできない。そう結論に至った。

けれど、それでは少し困ったことになる。何せ、煉獄杏寿郎を生かす時間稼ぎには、猗窩座が余所見すらできない出来事が発生し、それに対処してもらわなくてはならないのだから。

それには、青い彼岸花が1番に効果的なのだから。

 そして、ふとある時、雅風は、そうだ、逆に考えるんだ……ないと思うからないのだ…………ないのなら、“作ってしまえばいいのだ”!!!と振り切れた。
 それからの行動は早かった。日本地図を片手に鬼を狩りながら右往左往し、まずは真っ白な彼岸花を探し、地図にチェックをつけていく日々。
 そして、その種が入手できれば次に行ったのは、青い液体を作ることだ。より、彼岸花に害がなく、花の色を染める青を作るのか。紫キャベツや、画材屋で求めた水彩の絵の具での染色など……そして、1年と少しをかけて、完成した。よくある、理科の実験だ。花を色水につけ、吸い上げた色素が花に付着するという子供騙しの手だが、けれど、今この時代、花を染色するだなんて考える者が何人いる?遺伝子工学はどこまで進んでいる?


 雅風は、手に持った花を風に揺らし、猗窩座に向ける。片手で口元を覆い、もう片方の震える手で彼女を指さす猗窩座。その様子を見て、ああ、掛かってくれた、と雅風は釣られた魚を目の前に、にっこりと微笑んだ。


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「それをどこで手に入れた!!!!」


 背後にある森の木々すら揺らすような声音で、猗窩座は震えながら雅風を問いただす。それは、真っ青な鮮やかな花であった。煉獄は、この状況に困惑しつつ、鬼がこの花を求めていた、という事をなんとか噛み砕き理解する。
 蛍の明かりを想起させるように波紋の淡い光が残るそれを、雅風は己のベルトに突き刺し、惚けるように首を傾げた。


「さあ?それにしても、本当に君達はこんな物を探してたんだね」
「っ、っーーーっ!!」


 言葉をつまらせ、ぎりぎり歯ぎしりをしだした猗窩座に、雅風はまた1歩前に出た。震える彼を前に、さらに挑発するように捲し立てる。


「柱の死亡した場所、大量に隊員が亡くなってしまった場所、それを十二鬼月、特に、上弦であろう、鬼たちの出現場所、に照らし合わせたら……彼岸花が咲いている場所、咲きやすい場所が近くに点在してた。それで彼岸花を探してるんだってわかった」
「………………」
「そして、ただの彼岸花でないのだな、というのも分かった。なら、こんなのを探していたのかなって……
 ───────それにしても難儀ね。陽の光はとっても気持ちいいのに、それが貴方達には無理なんだから。
 私は貴方たちと違って、のびのびと日光浴も楽しめてるっていうのに……ね」


 彼女の言葉に、猗窩座は嘘の気配が見えないことに、歓喜し、震えていた。その花が、自分の捜し求めていたモノであると疑わなかったからだ。それが間違えだとも知らずに。
 雅風は一切嘘はついていない。ただ、こんな色の彼岸花を探していたんだね?と確認をしているだけなのだから。そして、その勘違いに拍車をかけるために、雅風は己が陽の光を浴びれる存在であることを言う。あたかも、この華のお陰だとでも言うかのように。
 勘違いだとも知らず、猗窩座は、ふははは!と高らかに笑いだした。

 そして、瞬きをひとつした瞬間、雅風の目の前から猗窩座が消え、かと思えば、鼻が触れそうなほどの距離、眼前に彼は迫っていた。雅風は、下から顎を殴り上げる動作で鉤爪を突き立てる。突き立てたそれは、猗窩座の腕を貫くが、それと同時に彼は雅風の腹部を強打した。


「がっ、!」
「撃!!!」


 衝撃に呼吸がとまり吐血し、波紋を流せなくなる。たったの一撃、けれどそれは雅風の内臓に、肺に、十分なダメージを与えたのだ。その出来事は一秒にも満たない間に起きた。
 いち早く反応した煉獄は、猗窩座に向かって刀を振るが、それを受けながらも先程とはうって変わり、煉獄には一度も目を向けず、彼は雅風を小脇に抱え、その場を飛び退く。


「残念だ、杏寿郎、非常に残念だが、この女を今すぐに連れていかなければならない!!」
「行かせるわけがないだろうっ!!!」


 あのお方もきっと喜んでくれる……そう、子供のような笑顔を煉獄に向け、大事な土産を持つように、雅風を抱える腕の力を強くする。そんな彼に、煉獄は、怒気を激しく含んだ声で、怒鳴りつける。そして、森には決して行かせまいと、雅風を抱える腕めがけて刀を振るう。
 先程と違い、攻撃を躱し森の方へと逃げようとする猗窩座を煉獄は、阻止し続けていた。幾ら煉獄が手負いだとしても、片腕が塞がり、更には酷く脆い女の、しかも子供のような体の雅風は猗窩座と比べれば鉄と豆腐ぐらいの硬度の違いがある。そんなものを抱えたまま血鬼術を使ってしまえば、ただでさえ、呼吸法も使えてない気絶をしているだろう彼女の四肢は衝撃で四散しかねない。
 死ぬ前に、血をかけて鬼にしてしまえばいいとも思ったが、話を聞き出すのには理性の無い鬼になってしまったら元も子もない。わかりやすいほどの縛り。
 そして、朝日までのタイムリミット。段々と猗窩座は耐え難い焦燥を感じ始めていた。


 だからだろう、彼は気がついていなかった。雅風が目覚めていた事に。
 煉獄の斬撃がやみ、一瞬できた隙。それに、雅風は手で輪っかを作り、腹部の激しい痛みを感じながら、一息にひとつの大きな大の大人が四人が入れるほどのシャボン玉……血の混じった泡牢を自分ごと猗窩座に展開させた。


「なっ!?」
「!!」


 驚きに固まる猗窩座は肌を焼きながらすぐさまその膜を叩くが、直接肌に、手に触れた途端、そこから肌が焼け、どろりと、まるで太陽の光に当たった時のように溶ける己の肌に驚愕し、青白い肌をさらに真っ白にして狼狽える。じゅうじゅうと音を立てて肌を再生させながら、口元を片手で覆った。


「むだ、あなたの拳じゃ、ここからは出れない、私が今ねった、波紋は、これは、そういうもの、だから」
「な、んだと!?貴様!!何をする気だ?!」
「…………日光に」
「、」
「日光に、眼鏡レンズを透かすと、どうなると思う?」
「は、」


 苦しげに声を出す、彼女の問いかけに、一瞬時が止まるのを感じた。眼鏡レンズで直接太陽を見れば、陽の光が一点に集中し、最悪の場合失明する。陽の光が目を焼くからだ。なら、このシャボン玉……泡牢という名の眼鏡レンズ中で、陽の光を浴びたのなら?
 丸いドームの中で反射し続ける目玉すら焼くような日光に当たり続けたら?
 しかも、血が混じることで黒ずんだ泡牢は、更に陽の光を吸収しやすくなっている。そんな中で一体、何がどうなってしまうのか、その場にいた、伊之助以外の全員が理解した。
 思わず、猗窩座は雅風を取り落とした。地面に落ちた雅風は、よろよろと彼を見上げ、柔らかく微笑んだ。


「わたしがしんでも、この泡ははじけたりしない
……さあ、いっしょに、じごくに、おちよう?」
「!ーーーーーっ!!!!!!」


ゾッとするような、狂気。真っ黒に染まった雅風の目を覗き、肌が栗立つ。
狂っている。この女、地獄に落ちようだって?ふざけるな巫山戯るな!!!逃げなければ、太陽から、今すぐに!ここを!!!


「オオオオオオオッ!!!!」


 猗窩座は我武者羅に拳を奮った。鋭い突きを放ち、刀のように鋭い爪を振り下ろす。触れた瞬間に己の手を焼き、また再生させるその光景を、見つつ、雅風はよろよろと、泡牢の隅により、にもたれかかった。
 そして、限りある酸素を吸い込み、拳を振り下ろしている彼にバレない程度に、補強するように波紋を送り続け
、少しだけ、腹部に手を当て、内臓を回復させれば呼吸が楽になる。遠くの山と山の間で、空があかるんできたのが見えた。


「撃、どういうつもりだ、なぜ、早く出てこない!!」


 刀を片手で握りしめ、焦りの表情を浮かべて煉獄は雅風に訴える。
 煉獄が言うことは、最もだ。本来なら、泡牢は出入りが可能。
 けれど、今回彼女はそうはしなかった。することが出来なかった。そんな生半可なものだと、直ぐに猗窩座は割って逃げ出してしまう。だから、非常に柔軟性をもった、普段の倍の厚みを持ったそれを作らなくてはならなかった。そうすることで自分さえも出られなくなったとしても。
 彼女に後悔はない。もともと猗窩座が自分を捕まえにきて、接触した瞬間この技を自分ごと使うつもりだったのだから。この泡牢が弾けてしまう時があるのなら、それは多方面から刃で同時に傷をつけられるか、猗窩座の技に耐えきれなくなるか、風船のように圧迫されて割れるかのだろう。
 もし、猗窩座が命かながら逃げ出したとしても、それはきっと日に焼かれたあと。体がほとんど焼け落ちてしまった猗窩座なら、手負いの煉獄の一撃でも仕留められる。仕留められなくても、いくら再生するとしても、相当の痛手を負ってくれるはずだし、青い彼岸花を逃したとなれば、最悪の場合、鬼舞辻の怒りによって、鬼舞辻自身に殺される可能性が高い。

 これが、雅風の考えた煉獄杏寿郎を生かす最善策だった。


「後始末、まかせたからね」
「………………っ」


 これで、痛み分けだ。そう、言ったように煉獄には聞こえた。ふう、と吐息を零し、雅風は、煉獄に、潰れてしまった目をここにくっつけて、と指さした。無言でおずおずとそれに従った彼に、膜越しに人差し指と中指を当て、潰れたそれを細胞を活性化させ、再生させる。蜘蛛化した患者を元に戻す際のコントロールの訓練がこんな時に役に立つだなんて夢にも思わなかっただろう。
 治療が終われば、先程まで萎んでしまっていた瞼が膨らんでいるのを見て、ああ、よかった、と、呟いた。暫くはまだ見えないだろうけど、きっと、これならしのぶがなんとかしてくれる。と、


「雅風さん!!!!」


 指を離したその時、遠くで炭治郎の声が悲痛な叫びとなって雅風の耳を貫いた。声をした方を向けば、炭治郎と伊之助が、こちらに走りよってくるところだった。
 泣きながら、絶望の色で、顔を染める彼等に、雅風は安心させるようににっこりと微笑み、そして、ばいばい、と手を振る。それを見た二人は、声が出なかった。はくはくと口を開閉し、待って!と迷子の子供が母親に叫ぶように、炭治郎が手を伸ばした瞬間、登り始めた朝日によって、泡牢内は光に包まれた。


「ギャァァァァァアッ!!!」


 鬼の断末魔があがる。地獄の釜に茹でられた亡者が上げるような、苦しみを凝縮したような叫びだった。ドロドロと溶けていく己の体に猗窩座は、絶望し、恐怖する。
 雅風は悲鳴すらあげられず、ただ一瞬にして高温になった泡牢の中で、陽の光が己を焼くのに、両手で自分の体を抱きしめながら、ぐっと耐えていた。隊服が燃える音がして、じくじくと肌が焼ける。呼吸をすれば、喉がきっとやけてしまうだろう。


「そんな!だめです!!雅風さんっ!!」
「おい!紋一郎!!早くこの泡破くぞ!!!おい!ぼよぼよ女!!!返事しろ!!!」


 炭治郎と伊之助が刀を抜き、泡に切りかかる。けれど、泡はその刃を弾き間抜けな音を立てるだけ。いやだ、そんなっ、と泣きながら、刀を振る2人に、煉獄は己の握る刀を見て、中で焼ける鬼と同僚を見て、ぐっと柄を握る手に力を入れた。
 このままならば、猗窩座は確実に死んでくれる。けど、それは雅風を焼き殺すことと同じ。二つを天秤にかけ、彼女の覚悟を思いつつも、煉獄は決断する。


「2人とも、どきなさい、俺がやろう」


 一方、本当に消えてしまうと思った間際、猗窩座は、持てる再生能力を生命力を最大限に発揮し、最後の力を振り絞り、地面に向けて技を繰り出す!渾身の一撃、それは、波紋の供給をやめてしまっていた泡牢の、一番弱い場所を突いた攻撃だった。
 そして、それと同時に、煉獄は鋭い突きが放たれた。地響きの様な雄叫びが2つ、空気を振動させる。
 柱である彼と、上弦の鬼の、全力の双方からかかった力に、弱い所を突かれた攻撃に、パンッと音を立て、とうとう耐えきれず、泡は弾け飛んだ。
 瞬間、煉獄は、許容量を超え吐血し、どさり、とその場に膝を着いた。内臓をじわじわと蝕んでいたダメージが、今になって、彼を襲ってきたのだ。


 そんな煉獄たちも見向きもせず、弾丸の様に飛び出し、体の大半を溶かした猗窩座がころがり込むように茂みに逃げる。再生の鈍くなった部位を憎々しげに睨みつつ忌々しいと歯軋りをした。
 早く、早く逃げなくては!と。彼の頭の中には、もう青い彼岸花を思うより、自分が生きること、それが頭の中を占めていた。背を向け、なんとか急速に生やした足で、走り出す。そして、瞬間、矢に射抜かれたような衝撃が走る。1本の黒い色をした日輪刀が彼を貫いたからだ。


「待て!!!逃げるな卑怯者!!!」


 猗窩座の背に炭治郎が声を張り上げる。心の底からの叫び、瞼が焼かれるのではと思うほどに熱い涙を零しながら、激しい怒気をぶつけた。


「鬼殺隊はいつでもお前らに有利な夜の闇の中で戦ってるんだ!!生身の人間がだ!!傷だって簡単には塞がらない!!失った手足が元に戻ることもない!!!逃げるな馬鹿野郎!!馬鹿野郎!!卑怯者!!!」


 そして、煉獄が、雅風が、誰一人死なせなかったと、乗客を守りきったのだと、2人の勝ちだと炭治郎の絶叫が、叫びが、悔しさが、悲しみが、辺りに響き渡る。
 この言葉に、猗窩座は巫山戯るな、と思ったことだろう。自分は負けてなどいない、太陽から逃げただけだと。

 叫び声がこだまする中、もう、そんな叫ぶんじゃない。と煉獄が炭治郎に声をかけた。ぐっと、息をつまらせながら、頬を涙で濡らし、炭治郎は、煉獄の傍で丸まっている背中を見て、息を飲んだ。

 炭治郎の鼻に着いたのは、焼けた人間のぐっと鼻にくるような臭いだった。小さく丸まっていた背中から腕にかけて広範囲で焼けて落ちてしまって、隊服から覗く肌は短時間だったというのに酷く爛れ、目を背けたくなる様な酷さだった。綺麗だった髪をまとめていた白い布も、見る影がなく、解かれたそれは波打ちながらも所々がちりちりと焦げていた。
 炭治郎は、彼女の元にしゃがみこみ、雅風さん、雅風さん!と呼びかける。そんな炭治郎の隣で、伊之助はその焼かれてしまった彼女を見て、ぼろぼろと涙を零していた。
その声が届いたのか、ぴくり、と一回肩が動いた。


「え、」


 彼女の体はゆらりと揺れて、こてり、と横に倒れる。ううっと痛みに呻きつつ、高温のせいで焼けた喉を動かしたせいか、げほげほと咳き込んだ。


「い゛だぃ゛」


 ゲホゲホとまた咳き込み、吐血する雅風に、炭治郎と伊之助は泣きながら、あわあわと慌てだした。そして、はっと息を飲んだ煉獄は、状況を瞬時に理解した。


「撃、……っ!猪頭少年!!直ぐに隠をここに呼んできてくれ!大量の水も必要だ!」
「お゛、お゛う゛!!」


 被り物から涙を零しながら、伊之助は雄叫びを上げて走り出した。伊之助を見送った煉獄は、自分の着ていた羽織を日光が当たらないように彼女にかけた。下手には動かせない。兎に角、傷を冷やすのが先だ。


「撃、眠るな、すぐに隠がくるからな」
「……だ、ら゛、が、う゛だって」
「うん!なんて言ってるのかわからんなっ!!!ゴフッ!」
「煉獄さんっ!?」


 ガラガラの焼けた喉のせいで、酷いダミ声で雅風は不満げに言葉を紡ぐが、煉獄はわからん!と一刀両断し、大声を上げたせいで吐血した。それに慌てて、炭治郎は煉獄さんも横になってください!お願いですから!と声を荒らげる。そんな光景をみた、横に倒れたおかげで見えるようになった彼女の顔は、はあ、と呆れつつも、どこか、やり切ってやったぞ、とでもいう表情を浮かべていた。
 遠くで誰かがを呼ぶ声が響く。段々と、ぼーっとする意識の中で、とうとう雅風は、意識をドボンと暗闇に落とした。




とっぷ