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 錆兎は失念していた。過去に、数回任務が一緒になった際もそうだが、彼女の、あの、“治るから平気”という考えから来る“特攻癖”があったことを。
 雅風の波紋法と言っている呼吸法は、鬼殺隊の生命線の一つだ。
 腕や足は例えちぎれてしまっても原型が保っていさえすれば実際、直せてしまうし、痛みを緩和しつつ、内臓が傷つき普通は助からない者さえも助けてしまう。彼女が鬼殺隊に入隊してから過去と今を比べれば、死亡者数は明らかに減っているだろう。
 そのせいで一部では支持が厚く、天からまいおりた神の使いなのではとも言われているが……閑話休題。


 そんな呼吸法を自分自身にさえも使えるせいだろう。彼女は“怪我をする事に躊躇がない”のだ。痛いには痛いのだ。けれど、それは自分に波紋を使う事で我慢できる程度のものに抑え、戦闘を続けてしまうし、自分はこの位では死なないから平気だと、だから先に死にそうなものを治療していく始末。柱なら他を助けるのは当たり前であるけれど、それにしても異常だ。
 いつの日か、錆兎は、雅風にお前は生き急いでるのか?と聞いたことがあったが、彼女は、え?と、何も、何一つわかっていない顔をし、どうしてそうなるの?と逆に疑問を返される。その事から、これらの行動が全て無意識から来ているのだと考えが至り、彼は頭を抱える羽目になった。
 そして、今回の自爆特攻。自分を囮に、餌にしての鬼諸共の自爆。見舞いに来る数日前に、錆兎は、しのぶからどのような傷の状態だったかを聞かされていた。


“治しながら焼かれていた”


 その一言に、錆兎は背筋に冷水を流される思いだった。
 先程の“自分で治せるから平気”という言葉。その時、嫌でも彼は理解した、理解してしまった。雅風は自分の命を軽く見ている。下手をすると、彼女自身の命の勘定に、自分を含めていない!!どうしてこうなるまで放っておいてしまったんだ!


「ふーーーーっ、」


 激しく苛立つ感情を鎮めるように、錆兎は深く息を吐き出す。彼女がその行為をどうすれば改めてくれるのか思考する。今はとりあえず、彼女が叱られるの嫌だから脱走するなんて子供じみたことを考えないように、良心に漬け込む方法をとることにした。
 そして、錆兎は自分の可愛い弟弟子がいるであろう、中庭に向けて足を運ぶ。文で分かったが、雅風は炭治郎達のことを痛く気にかけて気に入っている。彼等から説教でもなんでもうけた方が少しは懲りてくれるだろう。
 その後は任務に出かけてしまっているしのぶや、彼女の見舞いによく来ていたという義勇と煉獄に炭治郎の鴉も使って一報をいれようと、彼は思案するのだった。


❀✿❀✿


「雅風の目が覚めた」


 そう、突然鍛錬中に逢いに来た錆兎に告げられた時、炭治郎は、一瞬何を言われたのか分からなくなり、え、と驚きに目を見開いた。
 そして、次の瞬間、近くにいる、その事を聞いた善逸や伊之助と共に今、自分自身が出る全速力で脱兎のごとく彼女の病室へ向かった。
 大きな足音を立てて、アオイが遠くで、走らないでください!と怒る声にごめんなさ!!雅風さんが目を覚ました!!と叫ぶ。その言葉に後ろで何かひっくり返す音を聞きながら、目的の病室につき、邪魔で仕方ない扉を力任せに開け放つ。


「「雅風さん!!!!!!」」
「ぼよぼよおんな!!!」
「、」


 一斉に大声で放ったそれは病室に響き渡る。病室内では、真っ白なベッドの上で、そんな炭治郎たちをきょとりとした顔で見つめる雅風がいた。
 その姿を目に留め、三人は、よろよろと、ふわふわとおぼつかない足取りで彼女に近づく。日差しの差し込む病室で、癖のある長い髪を揺らしつつ、近づいてくる炭治郎達に目を瞬かせた雅風は、一瞬戸惑いつつも、次には“あの時”と同じように……


「おはよう、さんにんとも」


 そう、まだ少しだけがらがらとした声でたどたどしくいいつつも、にっこりと三人を“安心させるように微笑んだ”。
それを見た時、手を伸ばした瞬間に、泡牢の中で、日に焼かれてしまった彼女がフラッシュバックし、ぶわりと炭治郎の目から噴水の如く涙が溢れ出した。


「う、うううーーーーっ!!」
「え、た、たんじろ、っ、?!」
「うええんっ!!が、がふうさぁぁぁぁん!!!」
「ぜ、ぜんいつくんっ?!」


 そして、ベッドに縋り付き、子供のように泣きじゃくる炭治郎に戸惑っていれば、その横でオロロロォン!と善逸が叫びながら、炭治郎と同じようにシーツ涙で濡らし始めた。え?え?っとおもい、一歩後ろにいる伊之助に視線を移せば、バイブレーション宜しく、ぶるぶると震えながら、被り物のせいでわかりにくいが、泣き出す一歩手前になっていた。
 とりあえず落ち着かせねば、そう思い、雅風はよしよし、大丈夫だから、とえぐえぐと泣きじゃくる二人の頭をよしよしと撫でる。が、それは逆効果に終わった。雅風の温かさのある手に撫でられ、あの土気色の死にそうな姿が嘘のように、ちゃんと目の前に起きて、生きてくれている、夢なんかじゃないだ、と、そうさらに実感し、火がついた赤ん坊の様に、目がとけてしまうんじゃないか、と思うほどに涙を零す。


「が、がふさ、」
「い、いぎで、いぎでるうううあああ!」
「うん、いきてるよ」
「し、しんじゃうって、どうしようって、おれっ、」
「だいじょうぶ、わたしはしなないから」


 ひゃっくりを零しながらいう二人のその言葉を聞いて、ああ、うん、錆兎の言う通り、心配してくれてたんだなーと思いつつも、雅風は彼等の目元を服の裾でちょいちょいと拭う。 そして、これはもう気が済むまで泣かせた方がいいだろうな、と考えつつ、二人の後ろに佇む伊之助に目を向けた。


「いのすけ、おいで、」


 手招きをすれば、伊之助はおずおずと雅風に近づいた。ぶるぶると未だに震える彼の頭を、被り物越しに彼女は優しく撫でる。瞬間、ぶわりと伊之助の中で何かが弾けた。


「お、俺はお前がそんなことで死ぬ程やわじゃねって知ってたんだからな!!!起きるのがおせぇんだよねぼすけ女!!!」


 頭に置かれた手を頭を後ろに引くことで払いつつ、ギャンギャンと、そう吠えながら、伊之助は大きく腕を振り、雅風を指さした。
 その様子を見ながら、 彼女は、指さしてきた彼のその手を両手で優しく包み、うん、そうだね、ごめんね、と慈しむ様な微笑みを浮かべ、がまんしなくても、いいんだよ、と伊之助の手を片手で包んだまま、もう片方の手で、また、頭を撫でつける。
 そして、その事で、伊之助自身が自覚していなかった不安感と、手の温かさによる安楽感、ほわほわとした気持ちの許容範囲を越え、


「ゔ、ゔぅううゔっ、!!!」


 包んできた手を握り返したまま、伊之助は低い唸り声を出し、母親を見つけた幼子の様に泣き出した。
 泣かせてしまっている三人の涙をびしょびしょになってしまった裾で拭いていると、病室の外からかけてくる音が雅風の耳に入る。飛び込んできた涙目のなほ達に、新しいタオルが欲しいなと思いつつ、おいで、と両手を広げる。そして、泣き声の大合唱が始まるのだった。


 炭治郎達が泣き終える頃には、雅風の服は彼らの涙やら何やらでぐっしょりと濡れ、中の包帯にまで染み混んでいる。あとから飛び込んできたなほ達は、ぐすぐすと鼻を鳴らしつつ、包帯をとってきますといい、アオイはというと、カナヲに背中をさすられながら、タオルとお湯を取りに行く、とその場を後にした。

 一方、やっと泣き止んだ子供達にほうっと一息ついた雅風は、いつの間にやら帰ってきた、ドア付近で佇む錆兎を見つける。彼の目は、それ見た事か、と雄弁に物語っていた。それに、あーーー、と、気まずげに頬をかきつつ、おろおろと視線を彷徨わせる。そして、雅風は、小さくごめんなさいと口を動かしたのだった。




とっぷ