10-3
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───────始まりは唐突だ。
雅風さんはあの列車の一件で起きてから、生死をさまよったにも関わらず積極的に体力を戻そうと身体を動かしていた。
普通の人ならそんな直ぐに、そこまで動かすことが出来ないから、やっぱりあの可愛らしい少女の様な彼女でも、柱であるということで人外じみた回復力を持っているのだろう。
俺の体が蜘蛛になりかけた時の治療で使ってもらった呼吸を度々使っているというのもあるんだろうけど、もう少し折角なら休めばいいのにと思ってしまう。
それに、休むのなら俺とも逢い引きしてくれるかもしれないし!!
昨日炭治郎が雅風さんと一緒にお茶をしたといってまた別で俺のとも一緒に甘味を食べたいと言ってくれてたらしいし可能性はあるよね!!(厳密には雅風は伊之助のことも言ってたが善逸の記憶にはない)
それに昨日は禰豆子ちゃんのあんな可愛いどこかのお姫様みたいな綺麗な髪型にしてくれて、しかも雅風さんも髪は短くなっても可愛いのは変わらなくて(髪が短くなってしまったのはとても残念だけれど)俺が摘み取った花を少し恥ずかしそうに刺してくれてて二人に永遠に挟まれて名前を呼ばれたり膝枕してもらったりしたいくらいにたまらなかった。
というか、いつか頼んだら何だかんだと面倒見のいい雅風さんなら膝枕とかでも少し恥ずかしがりながらやってくれたりしない???
禰豆子ちゃんは炭治郎が足痺れるだろ!と俺のことを叱ってさせてくれないが、歳下に甘いらしいあの人ならやってくれるかも!?
思わず顔を緩ませながらいつか!!いつかやって欲しい!!と戸棚から出したお饅頭を握りつぶしそうになりつつ、アオイちゃんにバレないうちにこっそりと厨から廊下に出ようとふりかえれば、「善逸くん?」と、先程丁度考えていた彼女が廊下に続く扉の前にいた……
まだ怪我人のために病人服を着た雅風さんがいつも眠たげな目を少しだけ見開いた後に、ぱちぱちと瞬きをして、次にはへにゃり、と可愛らしい笑みを浮かべてこちらに歩みよってくる。
「善逸くん丁度、よかった、あえた」
ちょっとおおおお!?それは一体!?どういう!?
まさか!?俺の思っていたことが現実に!?
そう頃の中で叫びつつも「なんですか!?どうしたんですか!?」と、顔を緩ませて言えば、白魚のように真っ白で柔らかい手に、自分の手が包まれる。
あーー!!!柔らかい!!!!!そしていい匂い!!!!
「あの、ね、お願い、があって、」
「逢い引きですか?!!!!何処までも一緒に行きますよォ!!!」
「あいびき?えっと……ちがう、ごめん……」
お茶じゃないんですか雅風さん!!!
落ち込む俺にまた、ごめん、としょんもりとしながら呟きつつ、鍛錬の相手をして欲しいんだけど……と、言葉を続ける。
ん?それって……
「いやいやいや何考えてるんですか!?まだしのぶさんに打ち合いの許可とか貰ってないですよね?!!」
「大丈夫……打ち合いじゃなくて、鬼ごっこだから」
これなら問題ないでしょうと親指を立てる彼女を見て、過去に経験した鬼ごっこでの扱きを思い出し、さっと血の気が引いていく。
「鬼ごっこってあれかなりきついやつですよね!?俺が死にかけたやつぅぅう゛!!!(汚い高音)
そんな事せずに怪我もう少し治してからにしません??!
ほら、俺とお茶飲みながらたまにはのんびりしましょうよ!!なんなら炭治郎達呼んで双六でもいいじゃないですか!」
「ええ……やだ、鍛錬する……鬼ごっこ……」
「何がそこまで雅風さんを掻き立てるんですか!?」
きゅっと手をさらに強く握られて鬼ごっこしよ?と言ってくる姿は大変可愛らしいが地獄からの囁きにしか聞こえない。
というか、この人の呼吸法は独特すぎて、いつも水が漣に揺れる様な音がして、耳では感情が読み取れないし、表情豊かではにかみ笑顔とか可愛いんだけど、修行とか鍛錬になると途端に無表情に近くなるから怖いんだよ!!
今何を思ってめちゃめちゃ俺のことをこんなに誘ってくるの??いや!!誘われてこんな風に手を握られることは大歓迎だけど!?
「ううん、じゃあ、私鬼じゃなくて、善逸くん、鬼になってやる、のは?」
「えっ」
「攻撃での呼吸法は使わない、ただの鬼ごっこ……なら、いいでしょ?
泡牢も使わないし」
「絶っっ対にそれだけは使わないで下さい!!!!!!!!!」
何気なく言われたけどそれ炭治郎に言われて心に残るくらい傷になってますからね!?
食いつき気味に言えば、えっ、あ、はい、と少し引き気味にだが頷かれる。
そんな顔されても俺も嫌なものは嫌ですからね!!泣くよ!?次されたら泣くから!!!
というか雅風さんそんな激しい運動して平気なの!?体を動かすにも限度とかない!?と、そんなことを思ってうがぁ!!と天を仰げば、くいっと手を引かれる。
次はなんですか!?
「あと、これ終わったら、一緒に甘味、食べに行こうね」
「よぉし!!雅風さん!!さっさと山行きましょう!!鬼ごっこ楽しみだなーー!!!!!!」
こてり、と小首を傾げ、お団子がいいかなぁという彼女に、手に持っていた潰れかけの饅頭を懐にしまいつつ、ニコニコと笑いながら俺は握られている手を引く。
逢い引き!!!お茶!!!甘味!!!この誘惑にはすぐに手のひらを返すほどに、男は耐えられないものなんだ……
ん??良く考えれば鬼ごっこということは捕まえるときお触りしても大丈夫ということでは?
普段できないその……抱擁も合法的にできるのでは!?
ヒャッホーーー!!!!普通の鬼ごっこ!!さいっっっこおおおおおお!!そう思い、顔を緩め、でぃふふと笑い声を零し、俺は玄関の方に足を向ける。
その瞬間、俺はとても浮き足立っていた。だからだろう…玄関に行くまで、獪岳の音に気が付かなかったのは。
それは今まで聞いたことのない音だった。
玄関口で会った獪岳は、いつもの様な険しい顔でなくて、無表情で酷い金属を引っ掻いたような音を出していたのだ。
冷や汗をかいたその時、遅れて、雅風さんが獪岳?と、兄貴の名前を呼ぶと、すっと、俺から目を離して彼女にギラギラとした眼光を向けた。
「獪岳、久しぶり」
背の影から出て、雅風さんは獪岳の方に歩みよる。
その時に俺は彼女の手を握ったままで(こんな女の子と手を握る機会ないのにぎりぎり離さないとかないっ!!!)、離さないでいたためか、ぎしっとさらに軋む音が俺の耳を突き刺すように響いてくる。
やばい、これは、やばい。今まで兄貴の音を聞いてきて、ここまで不機嫌な音は聞いたことがないッ!!
さっと血の気が引き、足を思わず止めれば、繋いでいた為にがくっと、雅風さんの足が止まる。
善逸くん?と彼女が振り返ろうとした時、それを止めるように「お久しぶりです雅風さん」と、低い声がした。
「久しぶり、元気、だった?」
「はい……まぁ、…雅風さんは……怪我はもういいんですか」
「うん、平気問題ない」
「いやまだ起きてそこまでたってないし完治も何もしてないですよね!?」
「善逸くん……しっ!」
「しっじゃないですから!!」
あんた自分がどんだけ他の人達に怒られたか覚えてる!?
後ぼそっと治すしって聞こえた気がしますが!?反省して!?わーぎゃーとそう叫べば、善逸君うるさいと脇腹の当たりを突かれる。理不尽!!!ひどい!
手加減してくれてるから全然痛くないからまだいいけどひどい!!
そんなふうに騒いでれば、ぎりっと、拳を握る音がして、はっと、したその時、「あんたもこいつなのかよ」と、低く唸るような声が聞こえた。
それは雅風さんの耳にも入ったらしく、音の元である獪岳に視線を改めて向ければ、俯き、ふるりと身体を震わせていた。
な、なに?
「ッ、アンタ、俺や他の奴が継子にしろって言ってもしないくせにそいつはするのかよ!」
兄貴の言葉に、思わず固り、え、と、声が出た。
継子って突然何?!俺が!?いやいやこの人の普通の鍛錬だけで死にそうなのにそんなのになるわけないじゃん!!!
それに、なんで、そんな酷い音を出してるの?!
混乱する動けない俺を置いて、雅風さんが、そんな彼に声をかける。その時、微かに雅風さんから波立つ音を訊いたのだ。