10-5
撃雅風は柱である。
非力な少女の姿をしているが、列記とした……会議での集まりは非常に悪いが、他の柱たちにも認められた実力者であることは変わりがない。
そして、もうひとつ言うのであれば、その実力者達に認められ、一目置かれる特技がある……それは体術だ。
基本的に彼女は肉弾戦の中でも足技を得意とする。
それが磨かれた理由は、昔からお師匠との修行が体術メインだった事と、もう一つ……彼女──────雅風にとって、日輪刀は他の隊士達と違い、“補助道具”でしかないからだ。
日輪刀を持つのは鬼に対する殺傷能力を底上げする為でしかなく、本来であればそんな物なくても鬼の滅殺など簡単に出来る。
自分の体が小さくとも、身体が倍大きい者の“殺し方”や“急所”は覚えているし、わかっているのだ。
だから、鍛えられた剣士だろうが、何だろうが、それを一人で地面に膝をつけさせる事など造作もない事。
初めの合図と同時に獪岳は呼吸法を使い、雅風に斬りかかった。
雷を轟かせ、弐ノ型稲玉を丸腰の彼女に放ったのだ。けれど、それは不発に終わる。
放たれた瞬間、死角に入り姿を消したように見せた雅風が目にも止まらぬ速さで下から発勁を繰り出し、獪岳の刀を持っている手を強打。
波紋を流し体を痺れさせた瞬間に利き足を軸に回し蹴りを食らわせる。ガードするために獪岳は肘を曲げ、後ろに跳ねるが間に合わず横腹に掠る。
そして最後に、少し浮いた自分より大きい身体である彼の、丁度鳩尾の所を今まで以上に強くねった波紋を体にまとわせ、勢いよく蹴りあげた。
「ぐぁあっ!!!!」
空高く、獪岳は舞う。
急所である鳩尾を突かれた事により激痛で喉を潰した様な声を上げ、呼吸が上手く出来なくなる。
体制を立て直さねばと頭で分かっていても、波紋により麻痺させられた身体は思う様に動かない。
焦りつつ、空中で体を捻るが、直後、上空から地面にドンッ!!と鈍い音を立てて叩きつけられ、目を白黒させるまもなく首に雅風の手が回る。
ばちばちという弾ける音を耳にし、汗を垂らしながら、獪岳は、奥歯をかんだ。
「獪岳、君、少し油断した……かな?
だめだよ……もしも、私が鬼なら君のことを蹴りあげる前に殺してるし、更にいえば、今この瞬間、首をへし折ることも出来る
回数で言えば、五回は“簡単”に殺せてたんじゃ、ないかな」
「ーーーっ!!!」
ゾッとする様な冷やかな声だった。獪岳は、その光景を見ていた善逸はさっと血の気をひかせ、嫌な汗を垂らす。
雷の呼吸の使い手である獪岳より、早く動いた負傷した雅風の言ったことは本当だ。刀を握る腕ではなく、直接懐に簡単に入ることが出来た。腹を強打した時にも、何をするにも、獪岳の油断を見抜き、手心を加えた結果がこれだ。
光のない濁った双眸を獪岳にみせた雅風は、ぎりっと、一度、首を掴む力を込めると、パッと離して彼の上から退いた。
驚き、鳩尾の痛みに耐えながら、獪岳は彼女から距離をとる。
「何をしているの?これは、善逸くんが待ったをかけるまで終わらないよ」
「!!」
「なっ!?そんなの聞いてないんですけどぉ!?」
目が飛び出しそうな程に驚きつつ、善逸は雅風に向かって顔色悪く叫ぶ。
彼に、言い忘れてたねごめんねと、なんとも心のこもってない謝罪を述べれば、どういう事なの!?と、また叫び声があがった。
そんな中、獪岳は脂汗を額に浮かべながら、「おいカス!!!!!」と、大声をあげる。
「何があってもまったなんてかけるんじゃねぇぞ!!!かけたら一生許さねぇからな!!!」
このチャンスを逃してたまるものか。
“特別な柱の継子”になって、直ぐに鳴柱になって先生に二人揃ってだなんて間違っていた事を、俺“だけ”を認めなかった事を後悔させてやるんだ、と、そう思いながら、痺れる、一部が赤紫色に変色した手で刀を握る。
聞こえてくる指の骨が軋む音や、痛みの走る音に、「でも!」と、そう拳を握り、声をあげる善逸に、獪岳は「うるせえ!!」と、怒号を放つ。
「お前の声を聞くと虫唾が走るッ!!!いいから口を閉じてりゃァいいんだよ!!!」
わかったかカス!!と、大声で最後に怒鳴り、鈍痛で顔を歪めながら、柄を握る力を強めた。
暗い色に双眸を曇らせて、カチカチとなる刃先を目の前の、普段の雅風から考えられない、氷のように冷たい瞳をした彼女に向ける。
そして、大きく踏み込み、鋭い斬撃を放つ。
自分に向かってくるそれらを眺めながら、雅風は軽いステップを踏み、舞うように緩やかな、けれど無駄のない動きで斬撃の雨を避けた。
間髪入れずにまた、獪岳は仕掛けるが、刀の峰に乗られて回避されてしまったり、急所を数カ所突かれてしまう。
満身創痍になりながら、彼はなんとか一撃を入れようと本気の攻撃を仕掛けるが、まるで空気を相手にしているようで触れることが出来ない。
相手は手負いだと言うのに、この差はなんなのか、なんでかすりもしないのか。
焦りが獪岳の心をじくじくと蝕み、同時に、比例するように金属を引っ掻いたみたいな音が大きく善逸の耳を劈く。
ボロボロになっていく兄弟子の音に唇をかみ、拳を握り、何回目かになるか分からない重たい音を放つ蹴り技にひぃ!と喉から悲鳴をあげ、半ば一方的になり始めた試合に肩を跳ねさせた。
「動き、鈍い」
「うっーーーッ!!!!」
入れられた一撃は重く、獪岳の脇腹を強打する。
勢い良くずざざ!!と音を立てて善逸すぐ目の前に転がり、刀を取り落とす。内臓にダメージを負ったのか、嘔吐く獪岳は、せり上がってきた胃の内容物を吐き出した。
酸っぱい胃酸の臭いが鼻をツンと突く。
「君、焦りで周りが全然見えてない、話にならない」
「〜〜っ!!」
ゆっくりとした歩調で歩いてくる別人みたいに冷たい雅風と、目の前の地面に跡をつけながら手を握りしめて、ボロボロになった兄弟子。
本当ならばまったをかけたい。
だって、こんなにもボロボロで、聞いたことがないくらい、痛い音を出してるんだ。
でも今それをかけてしまったら一生自分は彼に恨まれてしまう。その確信があった。
どうすればいいのか、善逸は震えながら、目から涙を溢れさせそうになりつつも考える。
けれど、そんなこと考える時間も今の彼女は与えてくれない。
確かな殺意を持った音だった。
獪岳に向けられた針山で刺されるような、そんな敵意に、善逸は無意識に体を動かし、己の兄弟子を抱え、その場を飛び退いた。
刹那、ドゴン!と重い岩が落石したような地響きがし、地面は砂埃を立てながら小さなクレーターと共にヒビが入る。
それは雅風の蹴りであり、丁度獪岳の頭があった位置に振り下ろされていた。
「……善逸くん、なんで、獪岳を抱えて、逃げたの」
地面を凹ませた足で一歩、獪岳を抱えた彼に近づく。
ひいいい!と泣き声を上げた彼は、真っ青な顔でぶんぶんと頭を振る。
「が、雅風さん!これ以上は獪岳死んじゃう!!死んじゃうから!!」
「うん、だって殺すつもりでやってる」
「そんな、」
「善逸くん、彼を離しなさい、でないと、君にも容赦しないよ」
────まだまったはかけられていないのだから
感情は波紋の波に飲まれてしまい、わからないが、けれど、それが本気だということは嫌でもわかる。
彼女はまったをかけるまで、獪岳を殺すつもりなのだと、そう、彼女の殺意が、冷たい眼差しが、全てを物語っていた。
今の彼女はまさしく鬼なのだ。
「でも、」
「それはまったをかけるということでいいの?そうすれば、彼の事を一生、継子に取ることはないけれど」
「っーー!?、げほっ、おい、っ、勝手な事、してんなっ!カス!!」
今まで痛みで呼吸を上手くできなかった獪岳は、彼女の言葉に内臓を痛めながら声を上げる。
それは焦りから出る声だった。
「でも、獪岳ボロボロじゃんか!刀だってまともに持ててない!!」
「、る、せぇ!!黙ってろッ!!」
「うぐっ!?」
負傷した身体で、獪岳は抱えられたままの状態で暴れ、拳を善逸の顔面に当てる。
彼が負傷しているおかげで、そこまで痛くはなかったが、突然の動きに驚き獪岳の身体を取り落とした。
そして、一人で立ち上がろうとする姿にいてもたってもいられず、近づこうとするが獣が天敵をみて威嚇するように、獪岳は善逸に歯を剥き出しにして呼吸を荒くしする。
プライドの高い彼が、見下していた善逸に助けられそうになっていることが余程頭にきているようだ。
「獪岳!!ほんとに死んじゃうってこれ!!なんでそこまでするのさ!!」
「ーーーーッ!!!んなの、てめぇが居るからだろ!!」
「なんだよそれ?!どういう事だよ?!!」
「目障りなんだよ!!泣き虫のお前が目の前をちょろちょろと……お前がいるから俺は認められない!!」
「はぁ?!そんな、」
真っ青な顔で困惑する善逸を睨むのは、憎しみが込められたどんよりと濁った眼。
ボロボロになり、焦り、命の危機に半ばひんしている今、獪岳の善逸にむける本音がボロボロと零れていく。
「先生に教えて貰っていたくせに逃げたばかりいたお前が何でこの人といた!!また俺から奪うのか!!」
よくやったと自分だけを誉めていた先生を、自分だけに向けられていた言葉を、自分のことを見ていた眼差しを、全部、全部……ッ!!
それは幼い子供の様な独占力。渇望するのは他人が、大人が自分を満たす事。
だから、何時も泣き喚き、逃げてばかりで、それで構われる彼が獪岳は大嫌いだった。
だから努力した!!自分が一番だと思って欲しかったから!!
こんなやつより自分を見て欲しかったから!!
けど、鳴柱には遅れてきた善逸と二人で後継者とされプライドが傷ついたし、何より許せなかったのは、自分が使えない壱ノ型を彼が使える事だった。
「奪うって、そんなつもり」
勿論、善逸にそんなつもりなはない。ただ自分の本能のままに動き、逃げ、泣いてしまっていただけだ。
だが、獪岳にとってはその無意識の本能からくる行動自体が目障りに映り仕方がなかった。
顔面蒼白にしながら、彼の名前を呼び、手を伸ばす善逸、けれど、その手はぱんっ!と風船が破裂した様な音と共に叩き落とされる。
「お前みたいなカスは存在自体が不愉快なんだよ!!消えろ!!俺に顔を見せてんじゃねぇよ!!!」
「でも、兄貴は」
「俺はお前の兄貴でもなんでもッ、がぁッア!?」
「言いすぎ」
「雅風さん!?」
喧しいと言うように、善逸に怒声を浴びせ続ける獪岳にほぼ不意打ちで平手を打ち込んだ。
スパーーーンッ!!と綺麗に入ったそれは波紋をまとっており、ビリビリと痺れるような感覚が獪岳を襲い、身体が麻痺したように動けなくなり、バランスを崩した彼は、バタンとその場に倒れ込む。
「えええええ?!今のってありなんですか!?」
「まったかけられてない、ので、別に待つ必要ない」
「鬼かよ!!!いや知ってたけど!!!知ってたけど!!!」
今のは流石に酷くない!?と、先程まで自分を罵倒していた相手を庇いつつ、獪岳!?え、!?何どうしたの!?ピクリともしないんだけど?!もしや本当に殺されて???と、言いつつ叫ぶ善逸。
それをわあ、と眺めながら、雅風は殺してはない、体を麻痺させただけだと善逸を嗜めた。
先程とは違い、多少たりとも殺気を押えた彼女は、体をしびれさせる獪岳と、目を赤くはらす善逸の前にしゃがむと、小さな唇を動かす。
「ねえ、善逸くん、君はこんな酷いことを沢山言ったりする彼に機会を与えてほしいと、そう言うの?」
「それは……」
確かに、こんな自分を目障りだと堂々と言い放つ人物に、そんな情をかけるものなのか、そう問われても仕方ないだろう。
試すみたいなその問掛けに、目線を一度、身体を麻痺させながらも睨みつけてくる獪岳に向けた善逸は、唇を一度噛むと、ハッキリと声を発する。
「獪岳はさ、凄いんだよ、俺いつも怖くて泣いて逃げてばっかでさ、でも獪岳は違うんだ。
だから、お願いだよ雅風さん、今回だけって言わないでまた機会を作って欲しい。」
彼の努力を無駄にしないで欲しい。
真剣な眼差しで、善逸は山藍摺色を見つめる。それは長い時間にも感じられた。
先に目を逸らしたのは雅風で、彼女はそう、と呟き、一歩、彼らに近づいた。
ビクリと肩を跳ねさせた善逸は、けれど、獪岳の前から退かずにいる。
そんな彼にクスリと笑いをこぼした彼女は、すっと両手を善逸に伸ばし、両耳を塞いぐ。
「いいよ、でも少しだけ、獪岳と内緒話をするから、善逸くんは聞かないでね」
善逸の鼓膜に響くのは雅風の中で揺れ動く心音も何もかもをかき消す波紋の波。漣のような、荒れ狂う海のような、そんな激しい音がして、困惑しながら彼女の小さな手に自分の手を慌てて当てるが、力を強めれた事と、彼女の真剣に獪岳を見る目に、動きをとめた。
「話せなくても、声は聞こえるから、君の反論は、何も、聞かないよ。
ねえ、獪岳……君は、“本当は”何が欲しいの?
なんで、どうして君に一番近い彼を“見よう”としないの」
静かな声で、雅風は零す。 それに獪岳は、酷く苛立ちながら、怒鳴りたい気持ちでいっぱいになっていた。
さっき自分が言ったことを聞いておいて、よくもまあそんなことを聞いてくるものだ。
「獪岳、人は求めるだけじゃダメなんだよ。欲しがってばかりじゃ、本当に君が望んだものは手に入らないよ」
いい加減君もその事を覚えなさい。
その言葉を最後に、雅風は聞こえないようにと塞いでいた善逸の耳から手をのける。
「君の言い分はわかった。機会はあげるよ」
「!、本当ですか!!」
自分の事のように喜ぶ善逸は、よかった、そう口にだそうとした。が、それは途中で止まることになる。
「ただし、それは私から逃げられたらね」
「え゛」
「ルールは簡単、いつもと同じで私が鬼、善逸くんはひたすら逃げるだけ。反撃ももちろんしていい。ただ、一部違うのは……その時には獪岳を必ず背負って逃げること。
そして、獪岳同様手加減はせずに追撃する。それに、[[rb:一刻 > 二時間]]を逃げ切ること。
善逸くんが行動不能になった時には、機会をあげるのはなしにする」
「何さそれ!?そんなの俺すぐに動けなくなるに決まってるじゃん!!嫌だよ俺ぼかすか叩かれるの!!せめて逆になったりしないんですか!!?」
「それはダメ、これじゃないと私は受けない」
「ここに来る前のお話は……」
「事情が変わったから、鬼やるとしても別の時…」
それで?やるの?やらないの?
雅風は再び彼に訊く。
そして、間髪入れずに、善逸はやりますよ!!と涙混じりの大声を上げたのだった。