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『秘密を教えてあげる』
そういった彼女は、獪岳の羽織を気絶したままの善逸にかけ、獪岳のことを、治療をしながら話すことにした。
まず話したのは、自分が他の隊士とは全く別の呼吸法を使っているということだ。
だから、常中の呼吸もできないし、なにより戦闘能力がほかの柱より格段に下である。
それを補うための太陽と同じ効果のあるこの波紋法であり、直接流すための体術だったのだ。
「だから、呼吸器を鍛えることしか私は、教えられないし、君たちの使うような、呼吸法を使えない
君が求めるような事を、私は教えることが出来ない」
「戦闘技術について学ぶことはあります」
「そう?……まあ、とりあえず、そのことは置いて……それで、本題だね」
雅風は獪岳の、自分が発勁を入れて最初に潰した手をとる。紫色に変色し、熱を持ったそこを小さな手で包み、波紋を流す。
痛みで顔を歪めた獪岳は、途端にそれがすっと引いていくのを感じ、いつもと同じように治されているんだな、と理解する。
「君も知っている通り、波紋法はこうして傷を癒すことも、今みたいに、痛みを和らげることが出来る
でも、それは流す波紋の量を間違えなければの話……」
途端に声のトーンが低くなり、きゅっと、彼の手を握る力がほんの少しだけ強くなる。
緊張をほぐすように、雅風はひとつ息を吐き、下げていた目線を上げて彼を真っ直ぐと見つめた。
「君が体験したように、この波紋は、癒しでもあるけれど、凶器としても、充分使えるの」
「それは一体……」
混乱する彼に簡単な話だよ、と、いつも自分が“今にも隊士が死ぬかもしれない現場”に必ず呼ばれる事や、そこでの仕事が治療であることを話す。
「その中で、間に合わないで、体の内臓を食べられたり、どこか欠損して、出血多量でどうしても、間に合わない子がいる
死ぬまで耐えさせることは出来ない。痛みを和らげることは出来ても、現実を見てしまえばパニックになり、暴れ出して、苦しんで、死んでしまう人も居た
だから……そうなる前に、今、君を治している、この波紋で命を摘み取ってきた」
痛みを和らげて安心したその時に、だんだんと波紋を強くして本人も気が付かないくらい、自然に死を迎えさせる。
何人も何人も送ってきた。
自分以外の隊士が瀕死の重傷を負って、未熟な自分は、“殺して”と言う彼等の声に答えるしかなかった。
友人であろう人、肉親であろう人達に、何で助けてくれないのか、なんで自分を助けたのに彼らは助けなかったのか、そう幾度となく責められた。悲痛な嘆きを、叫びを、涙を流すその人達に、ただ首を振ることしか出来なかったのだ。
数え切れないほどの命の灯火を自分の手で消し去って、その度に謝った。
『遅くなってごめんなさい』と……
「この事については、御館様だけが知っている……人を殺す事自体が、隊律違反……どんな理由であろうと、処罰を受けること……
御館様が、その事を他の柱たちにも何も言わず、黙認するのは、私の行為が必要だと思ったから……だから、私は、今でもその死人の出るであろう場所に、送られ続けてる……」
雅風が手を離せば、獪岳の手はまるで怪我なんてものはしていなかったとでも言うほどに綺麗に治っていた。
彼女の言葉を、そして行為を思い出し、けれど、それは求められてやった事では、そう獪岳は思い、雅風に向けて何か言おうとするが、彼女の表情を見て開きかけた口を閉じる。
全てを受けいれている、そんな顔をしているから。
「私は、殺してきた人達のことを、ずっと忘れない。その贖罪を背負い、そして、今鬼によって、失われそうになっている命を、救わなくてはなくてはならない。
それが、陽柱である私の使命
獪岳、君が過去、鬼殺隊に入る前、人を間接的にでも殺したことがあると、そういうのなら、私は甘い言葉はかけない
その罪を忘れろとも、逆に刻みつけろとも言わない。
それは、自分で決めることだから」
獪岳の他の傷に服越しに手当をしつつ、雅風は言葉を続ける。
獪岳は彼女のことを、やはりまだあまっちょろい“女児”だと、何処かそんなふうに思っていた。
けれどそれは違った。
彼女は隊士の中で“一番死に近い柱”であり、こんな見た目をしているが間違いなく、自分よりも歳上の、一人の大人の女性であり、何処までも“救いようのない人”なのだと、他人ばかりの事を考えるこの人は、自分のことにまで慈悲をかけようとするこの人は、ありえない程のお人好しの馬鹿な女なのだと理解する。
だから自分は彼女のことに拘ってしまったのだろうか。
きっと自分を救ってくれると無意識にそんなことをおもったから。
「君は、死に近い場所で償おうとしている、その覚悟を、私は肯定する
でも、もしそれでも、言うことがあるとするなら、自分の楽な方向には、決して、逃げるなという事だけ」
「……逃げるな、ですか」
彼女の言葉を、噛み締めるようにオウム返しする獪岳は、ぎゅっと、心臓を服の上から握り、胸の内にこびり付いた何かが落ちていく感覚に息を小さく吐息をこぼす。
雅風の出した解答への答えは、彼にとってはきついものだっただろう。楽なものでは決してないだろう。
けれど、彼にとっては忘れろと言われるより、彼女のように逃げるなと、そういってもらうほうが救いな気がした。
でなければ、今まで自分がした事が無駄になってしまうから。
丁度獪岳の治療が終わり、一息をついた雅風は、そんな獪岳をみて、ぺしりと軽く頭を叩いた。
は?と声を出す彼に、雅風はまだ話は終わってないよと、そして、いまだに眠りこけている善逸の肩に手を当て、脱臼した肩を治そうと力を込める。
「確かに、逃げるなと私はいった……でも、立ち止まっていいとも、言わせてもらう」
「それって、逃げることと同じじゃないんですか」
「逃げる事と、立ち止まることは別だよ」
むしろ立ち止まることは進む上で必要な事なのだと、そう彼女は言う。
「人間だもの……どうしても辛くなって、周りが見えなくなる時がある
だから、立ち止まっていい……それでまた逃げずに歩くの
その時は、周りに頼ってもいい……だって、人は、そういう生き物だから」
─────だから家族に頼りなさい。その資格は君にもあるんだから。
その家族が誰のことを指す言葉か、直ぐに獪岳には分かった。
先生と、そして今彼女に治療されている善逸の事だと。
けれど、認識が直ぐに変わる訳では無い。
今でも彼に対して嫉妬心はあるし、酷く子供地味た事だが、彼に先生のことを取られたと、そう思った時のことは忘れていない。
その事を察してか、肩の脱臼をもう治し終わったらしい彼女はくすりと笑いつつ、善逸の他の患部を治そうと身体にかけていた羽織を捲り、善逸の言葉を聞いた時の獪岳を思い出す。
「君がこの子を嫌いでも、この子が君を嫌いでも、大切に思われている、ということは、もう、わかっているんでしょ?」
「……あんだけ、ボロ雑巾にされて大声出してくれば、本音だってことぐらいわかりますよ」
眠りながら鼻を鳴らす善逸に目を向けて、涙で赤く腫れた瞼や、拭われてもまだ汚れたままの彼の顔を見て、顔を顰める。
「顔が怖いだのすぐ殴るだの言いやがって、その上、散々言った奴を家族だのと吐かしやがる」
悪たれ口の後に言うことではないだろ、そう若干呆れの混じった声音で、けれど、不思議と今は強い不快感は感じなかった。
そして……
「ほんと馬鹿だよな」
顔をくしゃくしゃにして、眉間に皺を寄せながら、情けない下手くそな笑みを、その時獪岳は浮かべたのだ。
背負う失った命は戻らず、ひたすらに重い物だろう。それを償うことを他の命を守ることで成すとしても、命の重さは決して比例することは無い。
求める事ばかりしていた。幼い頃から与えられる事がなかったから。だから求めていたが、いつの日か何を求めて、飢えていたのか分からなくなった。
だから自尊心が満たされることはなくて、穴が空いたままだった。
それを満たすことが出来たとしても一瞬で、いつも零れ落ちて拾うことすら出来なくなっていた。
獪岳は目の前で眠る弟弟子の鼻をむぎゅりと摘む。
さっさと起きろカスと、そう口悪く呟きながら、顔を顰めて呻く善逸に意地悪な笑みを浮かべたのだった。