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時は列車での戦闘があった日の夜に遡る─────
陽の光から逃げ切った猗窩座は、鬼舞辻が人間の子供に成りすまし、養子として入り込んだ館へと今回の事の報告のために訪れていた。
書斎で少年の姿をとり、本を読んでいた彼は、猗窩座が来た瞬間、目を鬼の瞳に変え、ぴきりぴきりと血管を浮かせ、彼が口を開く前に、低く獣が唸るような声を発する。
「猗窩座、何故、何故青い彼岸花を見つけておきながら持ち帰ることが出来なかったのだ」
苛立たしげにそう言えば、すっと無言で膝をつける彼に指を指す。
同時にミシッと音を立て、体内の細胞が裂け、深紅の血を口や、ひび割れた肌、そして、涙の様に目の縁から流し始める。
「更には、たった二人の柱を、他にいた三人の隊員すらも始末することも叶わないとはな……」
「申し訳ありません。
最優先で始末するようにと言われていた柱が……あの場で、青い彼岸花を持っていると知ることが出来たにも関わらず、捉えてくる事はおろか焼き殺す結果になってしまいました」
そう猗窩座が言い終える瞬間、びりびりと癇癪を起こした子供のように開いていた本のページを、破き捨てると、苛立ちが最大限に達したのか、ハードカバーのそれを真っ二つにし、彼に向けて投げ捨てる。
鈍い音を立てて床に落ちた表紙は彼の零す血で染みを作り、赤に侵食されていく。
「あの時あのまま逃げることがなんで出来なかった?
花だけでも抜き去り逃げることもせず目の前で、陽の光で焼かれるとは一体どういうことだ……だが、待てよ?……」
鬼舞辻はふと何かを思い出すよう、顎に指先を当てると、あぁ、そうだ、と口元を緩める。
そして、彼女、雅風に倒された鬼の直前の記憶や……瀕死の隊員を治療していた瞬間を思い出し、最後に猗窩座が見た体の一部が焼け爛れた雅風を脳裏に浮かべ、もしかしたらという可能性が頭をよぎった。
それは通常の人間では普通不可能なこと、だが、あの女ならば出来てもおかしくないという確信が彼にはある。
彼女は“態と”焼かれ、死んでもおかしくない状態を見せたのではないか?
あの不可思議な能力ならば延命することは可能だ。
……だがそうなると可笑しい事がある。
─────何故彼女は青い彼岸花を持っていた?
いくら自分達が探しても見つからなかった青い彼岸花を、何故あんな小娘が持っているのか。
疑問は尽きないが、けれど、普通の隊士たちと全く違う能力。
そして……数年前から変わらない外見を見れば、もしかしたら、彼女は自分が処方されるはずだった薬を摂取したのではないか?
鬼舞辻はそう、雅風が思い浮かべた様にもしもの可能性を考え、紅梅色の瞳を縦に割く瞳孔を大きくして、獲物を見つけた肉食獣みたいに舌舐めずりをする。
「猗窩座、お前にチャンスをやろう……
あの女は生きて、どこかに隠れているはずだ。
必ず見つけ出し、今度こそ私の元へ連れてこい。その時は殺さなければ何をしてもいい……
だから次は失敗など無様な真似はするな
そうすればお前が一般の柱でも無い隊士に手傷を負わされた事にも目を瞑ろう」
これ以上失望させてくれるなよ……と、冷めた鋭い双眸が猗窩座に向けられ、彼が、返事をする前に視線は本がみっちりとつめられた棚に向かう。
それは用は済んだから去れという無言の命令だった。
音もなく、視線が外れたことにより崩壊していた身体が瞬時に治った猗窩座は、その場を瞬きをする間に去りる。
「黒死牟……いるな?」
「ここに」
入れ替わる様に、音もなく一人の剣士がそこに現れる。六つ目を伏せ、膝を着く彼に視線を向けず、つうっと英語で題が書かれた背表紙を指先でなぞる。
「女の素性を調べあげろ。
あれと同じく妙な光を使う数年前に始末した老耄……女と同じ方法でまだ生きている可能性がある。見つけ次第殺しその首をここに持ってこい。
女の師であろう事はわかっているからな……殺す前に尋問すればそこから何かしら出てくるだろう」
「御意」
短く、そう頷けば一瞬にして姿を消し、カーテンを羽衣の様にふわりと舞わせ残るは少年の姿をした鬼舞辻のみ……
くくく、と、喉を上機嫌にならし、彼は、瞳を人間のそれに戻す。
「忌々しい、陽の光を使う柱の女……逃げられると思うな……必ず捕らえ、正体を暴き、鬼に変え、その時はじっくりと甚振り実験台にしてやろう……」
長年探していた物を手に入れることが出来るかもしれない。鬼舞辻は新しい玩具を見つけた子供の様な笑みを浮かべ、新薬について書かれた本に手を伸ばした。