9-2.5



 俺は、彼女の長い髪が好きだった。

 鬼殺隊に入れば、女人の大半は女であることより隊士であることに趣きを置かねばならい。その為、お洒落など二の次で男と大差なく鬼を切り続けるために女を捨てる様なものもいる。
 けれど、その中で、どの隊員でも大切にしているものがあった。
 それは己の髪だ。
 髪は女の命という程あり、何があっても髪の毛だけは美しく保ち、手入れを欠かさない。

 そしてそれは彼女、雅風も例外でなかったのだ。

 最初、この鬼殺隊に入った時には髪を切ろうと思っていたらしい。
 だが、雅風の師範代が髪飾りを与え、そして─────錆兎に、「切るのはもったいないんじゃないか?折角綺麗なのだから」、と言われた事があり、胡蝶にも髪を伸ばすことをすすめられ、それで切るのをやめたのだと、折角なら伸ばしてみようかな、と思ったのだと話していたことがあった。
 そんな彼女が……ここまで伸びたんだと嬉しそうにしていた、女の命である髪を、藤の家で昔姉にしたように三つ編みに結んだ夜空の様な美しい髪を、ばっさりと、まるで男児のように切り落としている。

 “気にしないで”

 俺に、そして同じ様に驚いているらしい煉獄に向けて、音を出さず口の動きだけで呟いた彼女は、この会議で思いもよらない、“生き餌作戦”についての提案をした。
 確かに、彼女の話すそれは合理的だ。餌を目の前に上弦の鬼を釣るというのは今までにない試みではあるが、話を聞く限りは効果はあるだろう。
 けれど、それと同時に怒りが胸の中で渦巻いた。

 どうして、何も言ってくれなかったんだ、と。

 彼女はいつもひとりで何もかもを済ませようとする。それは鬼を滅殺する時もそうだが、上弦の鬼や鬼舞辻について探りを入れる時にも当てはまる。
 混乱させるから、ではなく自分以外に矛先を向けさせないためにやっているとしか思えない。いや、矛先を向けないようにわざとしているんだ。雅風はそういう友人だから。

 瀕死の彼女を見た時に、俺は今は亡き姉を思い出した。俺を逃がす為に、命を繋ぐために鬼に食われてしまった姉の事を。
 だから、不安になる。
 いつか、彼女が同じようにまた、誰かをかばって、今度こそ死んでしまうのではないかと。


 不死川ともめた後、早々に話を聞く前に雅風は去ってしまった。
 苛立ちが収まりきらないらしい不死川は何やら叫んでいるが、俺はそれよりも、胡蝶に聞かなければならないことがある。蝶屋敷で雅風は療養しているから彼女なら何かしら理由を知っているはずだ。
 足を踏み出した時、煉獄視線が合う。思うことは一緒のようで、俺より先に煉獄が胡蝶に声をかけた。

「胡蝶!撃……いや、雅風のあの髪は一体どういう事なんだ!?俺が見舞いに行ったときはあんなに短くなかったぞ!」
「俺も聞きたい、胡蝶、雅風は……」

 そう、彼女に詰めよれば、宇髄や甘露寺も声を上げ始める。
 視線を集める胡蝶は、皆さん急になんですか……まあ、驚くのも無理ありませんが、と、溜息をつき、そして目を細めながらぽつりと言葉をこぼす。

「彼女は、焼けたからみっともないとあの長い髪を切ったんですよ」

 思考が停止した。
 みっともないってなんだ、そんなはずないだろう。
 見舞いに行った時、少し焼けた所は確かにあったが、あの長く美しかった髪を切るほどの事だったのか?
 そう混乱していれば、「身体に傷を残した上に、さらに髪まで……」と、いつもは喧しい位の声しか出さない煉獄が、幾分か音を落とし、ぴしりとかたまり、「よもや、雅風はああいったがやはり……」と、呟いていた。

「俺はあいつがどう言う格好しようが口を挟むつもりはねぇが……女が派手に髪を切るのは頂けねぇな……」

 俺の嫁が雅風の髪弄るの好きだから泣かれちまうかもしれねぇなぁ……とんでもねぇことしやがって、と、宇髄はそう零す。

 そんな中、今のことを聞いて誰よりもショックを受けている者がいた。それは、甘露寺だ。
 鼻をすするような音がし、振り返れば大粒の涙を零して彼女は泣いており、ひっぐひっぐとひゃっくりしだす。
 その横で、伊黒が袖に入れていた手拭いを渡せば、礼を言いながら布を濡らした。

「が、がふうちゃんっ!!あんな、あんなに、かみのけ、たいせつに、っひっく、ううっ、そんな゛、みっともなくなんてないのにぃぃ!!」
「甘露寺……」
「蜜璃さん、そんなに泣いてしまっては目が溶けてしまいますよ……彼女はたしかに残念がってはいましたが、髪が短いことについては気にしていないようなので……」
「でもっ、!!女の子の命なのよ?!!気にしてないわけないじゃない!!」
「ぐっ」

 甘露寺のその言葉に煉獄が心臓の所を抑え、呻き声を出し、そして、胡蝶が甘露寺を落ち着かせるように肩にぽんと手を置いた。

「蜜璃さん、落ち着いて下さい、確かに髪を切ることは私たち女人にとっては耐え難い事ですが、彼女の一般常識はズレています……それに、もし蜜璃さんが彼女の嫁の貰い手について気にしているのであれば、きっと責任を取って娶ってくださる方がいますから」

 ね、煉獄さん、と胡蝶はこれに呼びかけるが……少し待って欲しい。
 色恋に俺は特に興味はないが、ある時、脚の速さをかわれ、地方の方に鬼狩りに行っている真菰が言っていた……『錆兎、絶対雅風さんのこと好きだよね……自覚ないみたいだけど』という言葉……
 感情に鋭い彼女が言うのであればそれは事実なのだろう。
ならば、今ここで煉獄だけが責任を取れる相手だと思われる訳にはいかない。

「待て胡蝶、それならこちらも(錆兎が)責任を取る資格はある」

❀✿❀✿

 時に言葉足らずというのは、核爆弾並みの破壊力を持つものである。
 冨岡の発言にびしりと室内にいた全員の動きが一度固まり、ある人物にはお前、まさか……という顔をされ、また、或人物には、冨岡さん……実は雅風ちゃんの事が!!と思われるが、本人は全く別の意味で言っており、しかも自覚がないもので周りを混乱させるのには十分な威力を持っていた。

「……あの、冨岡さん……意味、わかってらっしゃいますか?」
「あぁ」
「だが、髪のことも、傷のことも俺の責任だ……だから、俺が責任を取ろう」
「髪のことや傷のことを言い訳にする輩に雅風を渡すことは出来ん」
「むうっ!?」
「おい、意外と冨岡のヤツいいやがるぞ」
「珍しく今日は饒舌の様ですね」

 お前は親父かなにかかと言いたくなるような言い草だが、言ってることは最もである。

「髪や傷なんてものを気にせず(錆兎なら間違いなく)ちゃんとアイツのことを考える事ができるし、何より雅風は恋愛婚なるものがいいと言っていた……お前のような理由で娶ることを考えるなど笑止千万!」
「確かに、不謹慎ではあった事は謝ろう!!だが!これから時間をかけて彼女のことを考え、共に時間を過ごせばそういう感情もめばえてくるのではないだろうか!」
「そんな薄い感情に(錆兎が)負けるわけないだろう」
「恋という感情を育むのに、時間の長さは比例はしないだろう!!以下にどう強い想いをその時抱くかが大切ではないか!」

 本人のいない場所で大変な言い合いが始まっている。この場にいたら雅風は思うことだろう……いや、そもそも結婚する気とかないから、なんでそういう話になるんだと……そして、錆兎はもしこの光景を見たのなら頭を抱えつつ、だが、自分のことを一生懸命補助しようとする親友にありがとう、だが落ち着けと声をかけることだろう……

 話の収拾が付かず、雅風のどこが魅力的か多く言えた方でいいんじゃねぇかと宇髄が面白がって野次を飛ばしたり、赤裸々に語られる思い出話などで煉獄が不利に陥った瞬間、甘露寺からもしほんとに娶ったらどんなふうに大切にするのかときき、冨岡の口下手が災いしたり……
 話の先が見えなくなったその時、もう、彼女を落とした方でいいんじゃないかという声が上がり、問題は可決されることになる。

 雅風はしらない、なぜだか髪について気にするなという手紙を送ったにもかかわらず、煉獄によく絡まれるようになることを……そして、冨岡に錆兎について語られることを……このとき現場にいない、一人蝶屋敷に戻った雅風は知らないのだ……




とっぷ