3-2
その日、私は予想外の出来事に、どうすればいいのかと悩んだ末、筆を取った。
普段、私は合わないが、頻繁に蝶屋敷に来るらしい不死川実弥……次に柱に選ばれるはずの彼のことをカナエさんはよく知っているらしく、美しい読みやすい字で、彼のことが綴られていた。
理由としては、戦闘時に自傷行為が激しい不死川に一撃重たいのを決めて欲しいかららしい。
なぜ私……と思ったが、不死川が自傷行為のない戦いが出来ないか、という相談も含まれているそうで、そんなことを言われたら断ることが出来ないじゃないかと思いつつ、激しさを増す戦闘と治癒の仕事を終わらせつつ、私は蝶屋敷に向かうことにした。
いい月夜で、廊下を歩いていれば、向こう側から白い髪が見える。そして顔の傷跡から、直ぐに不死川だということが分かり、声をかけようとしたその時だった。
「あ"あ"?んだこのチビ…柱の釦なんぞつけて、巫山戯てんのかァ?」
私を見た時の第一声。それを聞いた瞬間の、私の心の声はこれだった。
──────歳上に向かってその態度とは恐れ入る。よろしい、ならばクリークだ。
油断しきった不死川の弁慶の泣き所へ私の踵が衝突するのに1秒も掛からず、さらに私よりも小さくなった彼の頭に波紋を巡らせた掌をのせる。意外と猫っ毛らしく柔らかい彼の髪の感触を感じつつ、グッと力を入れる。
「初めまして、不死川実弥。私は陽柱……苗字は苦手だから、雅風でいい……」
「っ〜〜〜〜!!っテメェがあの陽柱だと!?」
「外見で、見る、良くない。悪人面。」
「テメェも大概だろおがァ!!!」
ぐわっと目を血走らせて言う彼に、いや、悪人面は悪人面だろう。ありえないくらいにやばい顔してる自覚あるのだろうか。鏡って洗面台の所だったっけなあったのは……そんなふうに考えつつ、空気を吸い込み、彼に波紋を流し込む。
体内、また、表面の傷を確かめるためのそれに、ビクッと彼が目を見開いて驚き固まってるのが分かる。隊服越しでも包帯をしているのを見たのでカナエさんの治療後なのは明白だ。
折角の包帯を無駄にするのは惜しいけれど、カナエさんがあそこまでいうのなら内臓系に何か傷がないのかとか、そんな心配があるのだろう。
「何しやがっ!〜〜!!っ」
そう手を振り払おうとする彼にもう1発脛に一撃入れ、悶絶するうちにさっさと体内を調べる。
波紋で感じたところ、大きく切りすぎた箇所で少し出血している部位が数箇所あるのを見つけた。常中の呼吸を使えるものなら、集中して止血し、数日で治るだろう傷だが、数が多すぎる。
「貴方、内臓とか、大切にしないと、だめ。止血はできるだろうけど、傷の上に、また傷……治す気がないと、そう言ってるのと同じ。」
「テメェに指図されることじゃ、ねぇ!」
「私は、隊員の治療、等もカナエさんと同じく、請け負ってる。ので、あなたの態度は私たちに喧嘩売ってるのと同じ。」
「怪我治すやつが両脛蹴るんじゃねぇよ!!」
「…………」
「なんか言えやァ゛!!!」
だって、私より背を低くさせるにはこうするのが一番だと思って……
というのは方弁で、初対面でチビと言われたのにピキっときたのと傷の匂いが酷いのにさらに内臓系もやばいってもはや蝶屋敷に喧嘩売りに来てるのかと思ってしまうじゃないですか。
「こうしないと、話……聞いてくれないかなって……おもって……つい……」
「……」
なんだコイツみたいな目で見られ、気まずくなり、早々両脛を治し、不死川を立ち上がらせ、ぎゅっと手を握った。
ぎょっとした顔をして、不死川は後ろに1歩後退ろうとする。それをいいことに、彼の後ろ側にカナエさんの診察室があるのでぐいっと引っ張る。
「とりあえず、内臓の傷、全て今すぐ治す。カナエさんの診察室、そこに行く。」
「ア?」
「その後貴方の戦い方に物申したい」
「んでそんなこと口出しされなきゃならねぇんだよ!」
「……あなたは、鬼殺隊……私たちの仲間……仲間が自分で怪我を増やす。それをよく思う人間、いると思うの?」
「んな事誰にも関係ねぇだろ!!と、離しやがれこのチビ!!」
いまさっききっと、カナエさんにも同じようなことを言われたのだろう。苛立ちを込めた表情を見せる彼は、足取り重く、再びカナエさんの居る部屋に向かうことになるのであった。
部屋の中に入れば、消毒液の匂いがつんっと鼻につき同時に藤の花の香りがした。私と不死川を見て驚いた様子のカナエさんは、目を見開いたと、いらっしゃいとにっこりと微笑んだ。
「カナエさん、彼、治すので、ベッド」
「ええ、空いているので大丈夫よ。不死川君、雅風ちゃんの言うように寝っ転がってね。」
「なんで俺がんな事しなくちゃ行けねぇんだよ!!そもそもさっき治療受けたばっかだってのに」
「元々一度不死川君のこともっと早く雅風ちゃんに診てもらう予定だったのよ?
でも、なかなか予定後合わなかったから、結構先送りになっちゃって」
「私は、鍛え抜かれた隊士であれば、内臓の様子もわかる……ので、そういった損傷を治す役目も負っている」
「そういうわけで、ほら、早くうつ伏せになって、ね?」
にっこりと天使の微笑みを浮かべるカナエさん。それにそっぽを向きつつなんとも言えない顔を彼はしてて……
えーー、もしかしてそういうーー?
いや、よく怪我が多くて通ってるって手紙に書いてあったし、カナエさん可愛くて人気高いからありえるにはありえるけども……
なんか申し訳なくなって手をぱっと離し、さっさとベッドに仰向けに寝っ転がってもらう。
それから、先程発見した傷の場所に手を置き、深く呼吸をし、癒しの波紋を送る。
「なんか、変な感じがすんな」
「それは、体内の温度が一部変化したから……けど、そこは、治してるところ、なので、問題ない。それと、ついでに深い傷を浅くまで治す。自然治癒力が落ちないよう、私がするのはそこまで」
「噂に聞く癒しの呼吸、か」
「全てを治せるわけじゃない。治せるのは、失われていないものだけ。」
「……テメェは助けなかったやつもいたんじゃねぇのか」
唐突の言葉に、なんで、そんなことを、と思い不死川を見れば、憎しみの籠っためで見られる。
「まだ息のあった隊員がいて、血を噴く仲間よりもまだ傷の浅い奴を治したりなぁ?
それに、陽柱様は傷が治せるってんで大層大事にされてる見てぇだしな。
他の柱と違って各地に瀕死の重体の隊士を治しに行ってるって話だがァ
それでよく、鬼狩りも出来たもんだ」
「……そうね、そんな時もあった。
大事にされてるかされないか、そんなの私にとってはどうでもいい。全ては御館様の意向。貴方が私に不満があるならそれでいい。私に不満を持つものは多い。ので、考えを否定はしない」
彼が言っているのは、大量の出血をしている者と、傷が浅くとも呼吸が浅いもの。選択を迫られ、私が傷が浅い方を選んだ時の話だ。止血剤を使い、前者を助けようものなら、確実に助けられる可能性の高いものが死んでしまうと考えたからだ。
両者一緒に治療するという点もあったが、大量出血者は隊士のなりたて……つまり、1度の高い波紋にはついていけない身体だったのだ。無理に常人相手に高圧の波紋を流せば、怪我を治すどころか、内部から体を溶かして殺してしまう。取捨選択。聞こえは悪いが、私がやってしまった行いはそれだった。
「陽柱、よく言ったもんだな。テメェはただの偽善者じゃねぇかヨ」
「不死川君、いくらなんでも、そんな言い方あんまりでは無いですか」
「言い訳はしない。カナエさん。一先ず彼の治療は完了した。」
「雅風ちゃん……」
「痛い所、不快感のある所は?」
「……残念だがなさそうだな。治すものは治しちまうってのは本当らしい 」
ベッドから起き上がる彼は、自分の体を確かめるように腕を動かし、傷を包帯越しに触れる。
その様子に、よしよしと頷き、カナエさんの方を見れば、悲しそうな顔をして、私を見ていた。気にするなと手を振っても、心優しい彼女は気にしてしまうだろうが、仕方ない。
この空気をひとまず変えようと思い、ぱんぱんと手を叩く。
「とりあえず、治療完了。なので、次の話に入る」
「次の話だぁ?」
「ごめんね、不死川君。これは、私から雅風ちゃんに頼んだことなの。」
「お前が?」
「不死川実弥が繰り返し自傷行為を伴いながら戦闘をしている件について。貴方はなぜ、そんなことをするの?」
パッと見ただけでも荒い傷跡がいくつも目に付くかれに、はぁ?という顔をされた。
「陽柱ってのは隊士の中でも稀血の奴らなんかをよぉく知ってると思ってたんだがな」
「……隊士の扱いは皆同じ。等しく扱ってる。稀血も、何も関係ない」
「へえへえ、そうかよ」
ケッとそっぽを向く彼に変わり、カナエさんが試験管の中にある液体、血液を見せる。
「雅風ちゃん、この不死川君は稀血の中でも特別なものに部類される血なの。一度匂いを嗅げば、鬼が酔っ払ってしまう程の……」
成程、だから合理的に鬼に血の匂いを嗅ぐわせ、泥酔している状態にして切っていたと。なるほどなぁと思うと同時にいやいやいや、と、思考が止まる。
「……え、まって、鬼って酔うの?」
「クソな酔っ払いみたいに地に這い蹲るな」
「それって、血液を何ml使用した時?」
「は?」
「君の血液がとても凄い鬼に効果てきめんというのは分かったけれど、それでもそこまで派手に刀傷を負いつつやるものでは無い。人間の血液がどのくらい減ったら死んでしまうのかとか、気絶するのかとか、そういうのはちゃんと考えているの?」
「そんなもん、今までの感覚で分からァ」
「感覚の話じゃない量の話。きみ、もしも鬼が自分の垂れてる血舐められたらどうなると思ってるの。猫にマタタビもいいけどそれで強化されたら元も子もない」
「その前に切りゃあいいはなしだろおがァ!!」
「君は馬鹿なの?
稀血に頼りきるような戦闘を多くしていれば、いつか出血多量で死ぬよ。
簡単に傷を作って鬼を倒していくのは痛みを我慢して刀を振るようなもの。刀や型が鈍ってもおかしくない。
それに1番はカナエさんたち蝶屋敷の人がどれだけ心配してるのか分かってるの?!」
「ンなの、テメェに関係ねぇだろ!!」
「関係あるから言ってる。柱としてあなたの行為は黙認できない!!」
不死川に、ぐっと顔を近づけ、ガシッと両頬を掴み、じっと目を睨みつける。なんだろう、この感覚。ここまで頭にきたのはいつ以来だろうか。
「大体、刀傷ってなに。本当になんなの。いくら手に刀があって丁度いいからそれで切るって馬鹿なの。刀打ってくれた人達に謝って。あの人たちは私たちが鬼を倒すために、人を守るために、持ち主を守るために打ってくれてるのよ?
なのに、なんでそんなことに使ってるの1ヶ月昏倒させられたいの?」
「雅風ちゃん、昏倒はダメだからね?」
「分かってる、けど、1回やらないとダメな気がして」
「テメェは本当に柱か?」
「不死川はよほど眠りたいみたいですね」
「雅風ちゃんだめー!!」
「何しやがるっ!て!動けねぇなんだこれ!?」
胸ぐら掴んで体の動きを止める信号を出す波紋を送りつつ、拳を握ればカナエさんに後からむぎゅっとされ、握っていた拳の手首を掴まれる。
「カナエさん、離して。このバカは殴らないとダメだと思う」
「誰が馬鹿だクソチビがァ!!」
「君だよ君」
「真顔で言うな!!っとに、アイツみたいなこと言いやがってっ!!」
「アイツ?」
「彼の兄弟子さんよ。彼が不死川君の怪我を心配していつもつれてきてくれてるの」
「余計なこと言ってんじゃねぇえ!!」
ぜえはぁ、と息をする不死川は憤怒の表情で私を見てくる。それになるほどなぁと思いつつ、波紋を手のひらに集めるのを止めた事によってカナエさんから開放された手で思いっきり不死川の横っ面を引っぱたいた。
パアーーーンッ!!!!
と、とてもいい音がして、それと同時に、は?と、ほおける不死川のと、えっと驚き、固まるカナエさん。
私はと言うと、引っぱたいた手が少し赤くなったので、ひらひらと手を動かしつつあのさぁ、と不死川に冷めた目をして、声を低くし、話しかけた。
「自分を心配してくれる人がやっぱりいるくせに、なにやってんの。本当に君、馬鹿じゃないの。
なんでそんな心配かけてんの。もっと別の方法考えるとか、しなよ。自分の血液を先に採取してストックしとくとか、そうすれば戦闘時に自分で怪我をわざわざ負うこともないでしょ。貴方のこと大切に思ってくれてる人がいる。それを忘れちゃダメでしょ。鬼狩りだとしてもあなたは結局人なんだ。
人間である以上、あなたを大切に思う人がいる以上、余計生き抜く覚悟をして鬼を殺さないとだめだろ」
「んで、そんな事言われなきゃならねぇんだ!!
全ての鬼を殺し尽くす!!それが俺にとっての1番だ!!お節介焼きなんて知るかってんだァア!!」
波紋の拘束が解け、ダンっと大きくベッドを殴りつける彼に、怒りで青筋が浮かぶのを感じつつ、胸ぐら掴んでやる。そして同じく怒気を含んだ双眸がこちらを至近距離で睨んでいるのにも関係なく、声を張り上げる。
「だとしても、目の前で、あるいは気がついたら大切な人が怪我してる姿を思い浮かべろ!!
その時の気持ちを考えたことあるのかこの馬鹿!!阿呆!!大間抜け!!悪人面!!」
「最後の関係ねぇだろがァ!!!」
「うるさいバカ!!ばか!!あほ!!」
怒りすぎでだんだん語彙力も何も無くなってきた私は、今までこんなにきっと大声を出したことは無いだろう。肩で息をしながら、睨みつければ、後からコツンと頭を軽く叩かれた。
「雅風ちゃん、もうそのくらいでいいんじゃないかしら。それに、不死川君も……雅風ちゃんの言うように、私も、そしてあなたのことを大切に思う兄弟子のことを考えて欲しいの。
だから、貴方が怪我を自分でする前に、どうにか出来ないかって、雅風ちゃんに相談したのよ。
二柱から言われたのだから、きちんと考えてくれるよね?」
優しく、そして穏やかに声をかけるカナエに落ち着きを取り戻したのか、不死川は、こちらに一瞬目を向けると、直ぐにそっぽを向いてしまった。それが了解の意なのかどうか、カナエさんには分かったらしく、手早くからの小瓶を2本と、注射器を出し始める。
「今度から雅風ちゃんが言ったように事前に採血をして、それできちんと臭いが閉じ込められるこの小瓶に血液を入れて使うこと。鬼に負わされた傷なら仕方ないけど、自分から傷を作ろうだなんて、そんな考えもうやめてね。お願いだからね、不死川くん」
「……約束は出来ねぇが、善処はする。それで文句あるか」
「大丈夫よ。不死川君は優しい人だもの。お願いをちゃんと聞いてくれるって、信じてるわ」
至近距離からのカナエさんの慈愛の満ちた微笑みを向けられ、反応仕様にも出来なくなったらしい思春期の男らしい反応を見せる不死川に、私は何を見せられているのだろうか。と思いつつ、これ以上ここにいては何か邪魔になるだろうとすっと音を立てないように出口の戸の前に移動する。
「それじゃあ、私の要件、カナエさん要望、それも終わったので、あとは君に任せる」
「ええ、ありがとう雅風ちゃん。また今度、お茶でも一緒にしたいわね」
「お茶なら彼とすればいい。私は他の柱より忙しい」
「そう……ね、でも、きっといつか、できたら嬉しいわ」
何か言いたげな不死川と、残念そうに肩を落とすカナエさんを最後に見て、私は蝶屋敷を出て、すぐさまサブレに言われた現場へ急行した。
不死川実弥……これから先風柱になるだろう彼がまだなっていないということは、これからなるということだろうけど、カナエさんからでた兄弟子という言葉。それは私が知っている知識の中に存在しない。
もしかすると、と、鬼殺隊ではよくある出来事。仲間が死ぬ、それが近々起こるのではなか。嫌な予感を感じつつ、次に不死川に会う時、それが最悪の現場でないことを願うばかりだった。
けれどそんな願いなんて簡単に踏みにじるのが現実なんだって、そんなの私は、私たちはとっくの昔に知っていたじゃないか。