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私が次に不死川に会ったのは、彼と、彼の兄弟子が下弦の壱を殺したという報告が入り、非常に危険な状態であると知らされた時だ。1人は腹に穴などの重傷、もう1人も出血が多量であると鎹鴉から聞き、すぐさま隠に止血と同時に輸血、鎮痛剤の投与をするようにと指示を送る。
自分のもてる全速力を出し、駆けるが、間に合うかどうか分からない。腹に穴ということは、最悪痛みでのショック死も考えられる。
そして、到着した時には、血まみれの不死川が、同年代ぐらいの男を抱き抱えている姿が見えた。
見たところ、抱き抱えられている彼─────粂野匡近が最も重症だとみて間違いないだろう。
「遅くなって、ごめんなさい
直ぐに治療をする。」
「てめぇ、は……」
瞬く不死川を無視して、粂野の傍により、傷を見る。青を通り越して血色のない白くなった肌。体温は低く、早急に温めなければいけない。
穴を空けられたというのは本当らしく、内臓がずたずただ。何より最悪なことは、彼の背骨を貫通しているということだった。
「おい、早くコイツを、匡近を治せよ!!できるんだろ!!?」
必死な、切望する声に、私は何も返せない。返すことが、出来ない。
「私に声をかけないで。君は彼に声をかけ続けて。後藤。輸血を続けて」
「了解しました」
「匡近、おい匡近!!」
脈動が弱い。鳩尾に空いた穴からの出血が酷く多すぎたから、このままでは出血性ショック死にもなりかねない。
不死川と意識を何とか保っているらしい粂野が、話しているらしいのをうっすらと集中する中で確認し、まず内臓を無理矢理くっつける。癒しの波紋で痛みを感じさせないようにしているが、それを気にしていたら間に合わない。何とか、どうにかしなくては。
そう思い、額から汗を垂らしつつ、、私は自分の出来る一番の治療を行った。
結果として、臓器の一部の縮小、また、背骨の治療に当たって、下半身の神経を完全に切除するという形になった。
背骨というのは大切な器官であり、それを損傷するというは下半身不随を引き起こす。他に、感染症等、他の病にかかる可能性などもあり、私は隊士としての彼を殺す事で、彼自身を生かす。それが私の施した最前の治療だった。
「後藤、彼を蝶屋敷へ」
「はい!」
私の指示に、手早く担架に乗せ、隠たちが蝶屋敷へと彼を連れていくのを見送ると、強く、とても強く不死川に両肩を掴まれる。
頬をつたい、涙が血染めの畳に落ちる、彼は私を強く揺さぶり、一筋の希望を見たような、そんな目をした。
「匡近は、匡近は助かったんだよなァ?!」
「……不死川、君もはやく蝶屋敷へ。君の傷も浅くは無い」
「そんなことどうでもいい!あいつは、あいつは……!」
「……そうね、彼自身は助かった」
「!!」
助かった。その言葉に喉から歓喜や、友が助かったという事実に、獣が叫び歓喜した様な泣き声を、上げかけ、そこで、緊張が解けたのか、私の方へ気を失い、倒れ込む。
そんな彼を受け止め、隠に彼も蝶屋敷へと指示を出し、これから不死川たちの前に待ち受ける絶望を、私に向けられるだろう怨みを、思いつつ、ああ、本当に最低だ。そう、私はぽつりと呟いた。
〇〇〇
下弦の壱との戦いで負傷した不死川と粂野は、蝶屋敷で2人療養をする事になった。
これで二人で柱になるかもしれない。そんな会話をする2人に、カナエから粂野へかけられた言葉は、不死川にとって予想だにしないものだった。
「匡近は、柱になれねぇって、どういう事だよ!!」
「カナエさん、そんな、うそ、ですよね?俺は陽柱様に治療をちゃんと受けて、それで生きてるんですよ?
刀だって、握れるし……それに、それに!!」
震える声で言う粂野に、カナエは酷く悲しそうな顔をして、ひとつの紙を出した。陽柱のである雅風の印が押されたそれは、彼を隊士からの脱隊、すなわち、剣士として粂野を扱うことは出来ない。また、粂野が望むのであれば隠、または彼への藤屋敷を用意するというような内容のものであった。
「アイツ……んで、こんなものっ!!」
怒声を上げる不死川をみて、カナエは粂野に近づくと、彼の脚に触れた。それに粂野は、驚くも、脚が微動だにせず、下半身も動くかせることが出来なかった。
「粂野君、あなたが1番わかってるはずよ。両脚……下半身の感覚が全くないのは……」
「はぁ!?」
「ーーっ、」
真っ青な顔をする粂野に、同じく顔色を悪くしていく不死川。両方を見て、カナエは声音を落として、掠れた声で雅風のことを思い、語る。
「雅風ちゃんは、言っていたの。粂野君自身を助けることは、隊士としてのあなたを殺すことと同義で、それを承知で治したと。
あなたの手は動くし、鳩尾に空いていた穴もふさがったし、内臓の怪我も修復した。
でも、どうしても鬼によって受けた背骨の負傷は完全に治すことが出来なかったって……」
その時、不死川は雅風の言った言葉を思い出した。“彼自身は助かった”それは、つまり、命だけは助けたという意味だったんだと言うことを。
「待ってください!!陽柱様なら、きっと、もう少ししたら治せたりしないですか?!だって、腹に空いた穴も、内臓も、どんな怪我でも治してくれるんですよね?!
なら、背骨だって、時間が経てば、きっと、きっと!!っ、」
「雅風ちゃん……陽柱である彼女が直せるのはあくまでも傷であり、無くなってしまった臓器や、骨を再生することは出来ないの。神経を繋げるにも、あなたの背骨は欠落した部分がある。だから、命を助けることしかあの子にはできなかったよ」
「そんな、ことって、……っ!俺は鬼狩りとして刀を握ってきた!!ずっとそうするつもりで、なのに、こんなのってないだろ!?下弦の壱を俺達は倒して、あの子たちを救って、なのに、なのに、こんな……」
大粒の涙を流す粂野に、カナエは何も言わず、それを見ていた。見ていることしか今の彼女には出来なかったからだ。ずっと彼は刀を握って鬼を狩ってきた。狩って、狩って、人を助けて、鬼を殺して、いつか、不死川とどちらが先に柱になるかと、そんな他愛のない会話もして打ち解けて、だと言うのに、自分はもう刀を振るえない。戦うために必要な脚が動かない。
今まで積み上げてきたモノを一気に崩されたようで、ただただ、悔しさに、無力になってしまった自分に、涙を流し続けることしか出来ない。
今まで見た事のない粂野のその様子に、爪のせいで血が出るほどに握り締めた手を、さらに強く握りしめ、怒りやら、言葉にできない感情を含めた声で、不死川は叫んだ。
「……アイツは……陽柱のやつはどこにいやがんだよ!!こんなのあんまりだろおガァ!!」
「彼女は今、任務の遂行中よ。陽柱として、今回もその任務を行ったにすぎません。
それに、彼女がいなければ粂野君は死んでいた」
「っ、」
「雅風ちゃんは、隊士である粂野匡近君を殺すことを覚悟して、あなたを生かした。それだけは覚えていて欲しいの。
剣士として、その生命を絶たれたことをすぐに許せることでもないと思うけど、命が奪われなかったこと、その事に目を向けて。私達も今までのように粂野君の事を助けるから、だから…」
「……すいません、カナエさん……実弥と2人きりにしてもらっても、いいですか」
「……ええ、何かあったら呼んでちょうだい」
雅風からの手紙を粂野に手渡したカナエは、病室を出て足早に、わざと足音を立ててその場を去る。
それが遠のいていくのを聞いて、粂野は、手紙を握りしめ、あーーー、と、声を絞り出す。
「匡近……」
「ごめんな、実弥……あんなこと言って、剣士としての俺はここまでみたいだ。」
無理やり作った泣き笑いを浮かべる粂野に、不死川は、何も言えず、唯ひたすら、悔しくて、悔しくて、堪らなくなった。
不死川だって分かってる。あの治療がなかったら粂野は死んでた。
けれど、生きた結果がこれとは、今までの努力も何もかも無に帰すそれは、ある意味で殺されるよりもキツく、若い剣士であった2人にとっては考えも及ばなかったことだ。
「こんな体じゃ、誰も嫁にはきっと来てくれないよな。体の半分も動かなくって、これじゃあ嫁いでくれた女の子に悪いことしちまうし」
「匡近、」
「それに、隠になっても、きっと対した救護もできないな。逆に足を引っ張っちまう」
「匡近」
「藤屋敷を構えるとしても、逆に介護される側になっちまうだろうし、」
「匡近!!!!」
叫ぶ様に、名を呼んだ。ぼたぼたと溢れてやまない涙を拭えもせずいる兄弟子に、不死川は、ベッドから立ち上がり、乱暴に服の袖で彼の涙を拭いてやる。
突然の行動に、ポカリと口を開けた粂野に、不死川は、はくはくと、なにか言おうとしては、声が出なかった。
今まで、不死川はただ鬼を殺す、その為だけにこれからの人生を費やすと決めていた。大切な弟のために、人々を脅かす鬼を滅殺する。何があろうと、どうなろうと、そしてきっと、死ぬ時は、自分より強い鬼が現れた時だけだと、思ってやまなかった。
だから、粂野になんと声をかけていいか分からない。憎悪で、鬼を殺す執念で刀を奮ってきた不死川にとって、粂野は日向にいるような存在だ。
自分に幸せになれと、そんなふうに昔から声をかけてくる変わってるやつ。どうしようも無いお節介焼きの、とてつもなく優しくて、自慢の兄弟子。
「ぉ、俺が!!!俺が匡近の分まで鬼を斬り殺す!!どんな事があっても、俺は生きて帰ってきてやる!!」
「さ、ねみ」
「何時もテメェは、匡近は俺にいってただろ。幸せになれって、自分の人生を生きろって。
なら、テメェもテメェの人生を生きてみやがれ!!!
脚が動かなかろうとなんだろうと、そんなの覆せよ!!俺の兄弟子だろ!!」
自分でも、何を言っているのかわならなくなってくる。けれども、不死川の言葉は、叫びは止まらない。涙は、止まらない。
今まで見た事ない、必死な弟弟子に、粂野は、ああ、と、不死川の言葉に胸を打たれた。覚えていてくれた。いつも聞き流してるだろう言葉も、何もかも。幸せに生きて欲しい。そう自分が願った彼に、こんなに懇願されるなら、自分はここで、折れる訳にはいかない。
脚が動かなかろうと、自分は明日の朝日を見れる。
脚が動かなかろうと、自分はこの大切な弟弟子と話が出来る。
刀をもてなくても、鬼を殺せなくても、悔しくてたまらなくても、俺は、生きたい。生きて、どんな形であれ、この不器用で誰よりも優しい弟弟子を、弟を守ってやりたいんだ。
ビリッと音を立てて、藤屋敷と隠への推薦状を破り捨て、粂野は、驚いた表情の不死川に、にっと笑ってやった。目を腫らしたそれは今までで1番酷い見せたことの無い顔。兄弟子の威厳も何もないだろう。
けれど、そんなことはどうでもいい。
「俺は柱になったお前を支えるよ。脚が動かなかろうが、なんだろうが関係ない。
お前がいつか幸せになって嫁さんもらって子供作ったら、一番最初に、その子に俺が名前をつける」
「いきなり何言ってんだ!?」
「そんで、俺自身も幸せな道進んで、いい嫁さん見つけて、子供が産まれたらお前が名前つけてくれよな」
「はぁ!?」
「まあでも、鬼が消えたあとの話にもなりそうだけど、いまはそれでいい。それで十分だと、思える」
「匡近……」
目を閉じて、感情深く、声を落ち着けて言う彼に、ただ不死川は名前を呟いた。
きっと、見えないところでこれからできないことへの絶望も待ってることだろう。けれど、それを覆すように、粂野は己を鼓舞し、不死川を支えてやろうと決めた。
弟と重ねて見てきた彼を、絶対に死なせないように。そう思い柱になって屋敷を持つであろう不死川の家に転がり込むことを決めたのだ。
後日、不死川は下弦の壱を粂野と共に倒したとして柱へ昇格した。御館様への一悶着があったものの、それは御館様からの慈愛により解消され、柱として、強い鬼を倒すことにより力を入れていくことになる。
また、柱会議に来なかった雅風について、不死川が言及すると、それが常だと発覚し、自分たちとは違う在り方をする、いつまでも再会できない彼女に、苛立ちを覚えた。
粂野を助けたことは感謝をしているが、それと同時にやはり、彼の中では怨みもある。表裏一体のようなその感情の向く先である雅風は、カナエからの文で、粂野が雅風からの推薦の手紙を破ったこと、不死川が柱になり、粂野が不死川のことを支えるために行動すると決めたことについて知り、安堵か、自分に対しての嫌悪からか、深い溜息をつき、満月をみあげたのだった。