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 カナエが上弦の弐と死闘を繰り広げていると彼女の鎹鴉から連絡がきたのは、雅風が重傷を負った隊士を治癒している時だった。
 ひゅっと息を飲み、重傷の隊士を雅風は隠に任せ、血塗れの手を拭きもせずに鎹鴉の案内の元、己の持つ全速力でカナエの元へ駆ける。

─────速く、速く、もっと速く!!

 全身全霊で波紋法も使い、途中の崖も、湖も気にすることなく、障害物さえないように駆けていく姿は、正に人でないもののようで、月を遮るその姿は宙を飛ぶ兎のようだった。
 不死川が柱になり、この先の未来、遠くない期間でカナエが上弦に合間見えることは、雅風は分かっていたつもりだ。だからこそ、ここで彼女に葛藤が起こった。
 カナエが死ぬ事でしのぶが柱になり、鬼に強い怒りを抱いて、執念を燃やし、奴らを殺せる毒を作り上げる。きっとその毒は鬼舞辻を倒すために必要になってくるものだろうと思っていたのだ。
 カナエが死ななければきっとしのぶは隊士を辞めず、けれど柱にまで登り詰めることは出来ない。あの子の原動力となるもの、それは最愛の姉の死がきっかけだ。

 だからこそ、雅風は悩んだ。竈門炭治郎にしたように、竈門禰豆子にしたように、その家族を見捨てるか否か。
 蝶屋敷へ行けば、淡い藤色の優しい双眸が何時も自分を見つめて、少し拗ねた優しい声で名前を呼んできた。年下だと思ってと驚いて、そんな優しい呼吸もあるのねと微笑んだ彼女に、わざとさん付けで呼んだのは怒ってるからではなく、心の距離を置こうとしたからだ。
 少しずつ染み付いていく優しい彼女の暖かな心。それの死を、雅風は想像したくなかった。会う度、会う度に、あの笑顔を見る度に、どうしようも無い自分への嫌悪感が、ぐちゃぐちゃと心を蝕んだ。
 そして、カナエが上弦と闘っていると聞いた瞬間に、雅風は迷いなく、本能的に脚を動かした。見捨てる事を考えた彼女の事が、本当は好きでたまらなかったから。優しい彼女にもっと生きて欲しいと願ったからだ。身勝手な願望とこれからのことを天秤にかけて、頭の中がぐちゃぐちゃになる迄考えて、雅風が出した決断がこれだった。

 “カナエが上弦と闘い、最中につけば助け、手遅れだったならば治療をする”

 カナエが何時上弦と会うのか分からなかったからの結果ではあったが、それでも、御館様の指示で呼ばれると信じていた。
 そして、自分ならカナエの傷を直せると、そう思っていた。
 陽柱、陽の光を纏い戦う隊士は雅風一人しか居ない。だからこそ、陽の光を直接流し、浴びせられる彼女がどんな柱よりも鬼に取っての脅威。御館様である彼さえも自分を駒としているなら、彼女は鬼殺隊にとっての駒であり、兵器だ。
 だから、下弦、もしくは上弦の鬼が出た際、すぐに知らせが来る。

 残酷なことをさせれようと、どんなことがあろうと、生き残り、他を助け、陽の光を絶やすことを許されない。
 陽柱は他の柱とは全く違う立ち位置にいる。だから、本来の柱の数とは別に数えられる。
 その本来の意味は、雅風を人として数えていないからだ。それは彼女自身も承知している事─────────


 突如、大きな金属音が響く。それは、ポツポツと続く小さな木出できた家の中間にある大通りからの音。
 近づけば近づく程に、肌を刺すような冷気が強くなる。

 「あれえ?他の子も来ちゃったのかな」

 2対の鉄扇を振るう男の鬼。不思議な色彩をした瞳に墨で書かれたように刻まれた文字。上弦の弐。
 それを見た瞬間に、雅風は己の武器を瞬時に袖口から覗かせると、鉤爪の先に仕込んでいた油で刃に火花を散らし、燃やし、熱を纏わせる。

 陽の呼吸 攻の波紋 椿

 高温の熱を持ったそれで、目の前に現れる氷出できた蓮華の花の蔦を切り刻み、瞬時に冷えた刃をしまい、手の中でまだ乾いていない血液に波紋を纏わせ殴りつけるように飛ばす。
 上弦の弐─────童磨は、波紋を纏ったその血液を凍らせ、鉄扇で簡単に弾き、にっこりと微笑んだ。

 「やあやあ、今日はとってもいい月夜だねぇ。こんなに小さい子が鬼狩りだなんて驚いたけど……あれ?
 もしかしてその釦は柱の階級かなぁ。小さいのにすごい子だ!
 今晩は二つもご馳走が味わえるなんて、なんていい日なんだろう」

 穏やかに笑い、そして扇を振るい、凍てつく氷の空気を雅風と、その後ろにいたカナエに吸わせようとする。

 「雅風ちゃん、後ろへ!」

 声を聞いた瞬間、大きく跳躍し、雅風はカナエの横に並ぶよう後退した。
 視線だけで彼女を見れば、少し苦しそうに呼吸をしている様子があるものの、目立った外傷は殆どなく、その事への安堵感に、緊張を緩めない様、雅風は、ふぅと息を吐き出す。

 「あの鬼の血鬼術は氷でいい?」
 「ええ、吸い込めば肺も凍てついてしまう程の空気を出すわ」
 「分かった」

 氷の血鬼術。覚悟はしていたものの、空気を凍らせるというのは呼吸を使う隊士達にとってとても相性の悪い技だ。
 2人で手短な会話をすれば、うーん、と、童磨は雅風を目に止めて首を傾げた。

 「もー、2人だけでおしゃべりだなんて寂しいじゃないか。俺も仲間に入れておくれよ。と、言いたいところだけど、残念だなぁ……そっちの小さい女の子はあの方に見かけたら殺せって言われてるから」
 「それは……どういう事なの」
 「可哀想に、まだそんな年端も行ってないのにそんな呼吸を使っちゃうんだもん、しかたないよね……」

 驚くカナエと、可哀想に、可哀想に、そう繰り返す童磨裏腹に、雅風は目を見開く。
 やはり、もしかしてとは思っていたが!!
 それは雅風の一筋の希望。童磨がもし自分に夢中になって技をしかけてくるのなら、カナエが生きる確率がぐんと上がる。雅風の呼吸を把握しているのならば、真っ先に鬼舞辻は他の呼吸の剣士より、己の事を殺すことを優先するだろうと予想していた。それが当たるとは、なんと運のいいことか。

 「でも安心してね。そのとっても優しいカナエちゃんと一緒に俺の中で永遠を生きられるから。雅風ちゃん、っていったよね?怖い思いがないように、直ぐに痛みがないように殺して食べてあげるから!」

 ニコニコと笑うその笑みは、上っ面の笑み。目を細めた雅風は、カナエの1歩前に立ち、煩い。と、低い声を出す。

 「気安くカナエの名を呼ぶな。畜生が。私はこんな外見だが少女と呼ばれる年齢じゃない。貴様に名前を呼ばれると虫唾が走る」
 「酷いなぁ!そんなふうに言わなくてもいいじゃないか!」

 嘘の涙をうかべた童磨は、扇を振るい、先程雅風が切り裂いた蔓蓮華を2人に向かい伸ばす。
 同時に、波紋を纏わせた鉤爪を再び出した雅風と、刀を構えたカナエはそれを切り裂き、2人同時に童磨の懐に入り込む。

 「わあ!2人ともすっごい速い!」

 血鬼術 凍て曇
 陽の呼吸 護の波紋泡沫うたかた

 氷の曇が来ると同時に、雅風は、特殊なシャボン液にを細かい泡にし、壁を作る。そして、その泡が纏う陽の光による守りで一呼吸し、割れる僅かな瞬間を利用し、カナエは斬撃を繰り広げる。

 花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬

 九連続の斬撃は童磨の身体を数度傷付けるも、鉄扇で弾かれる。その瞬間を狙い、雅風の鉤爪が童磨の身体を狙うも、飛び退かれ、届かない。

 「今の連携凄かったね!!ならこれならどうかな」

 血鬼術 散り蓮華

 瞬きの間に無数の氷の花びらが生成され、二人に襲い掛かる!!
 瞬時に、雅風はその場にあった薪をまとめていた紐を斬り、油を撒き鉤爪で火花を散らし、火を起こす。指でカナエにしゃがむよう支持し、同時に泡牢を展開させた。

 「おやおや、そんなことをして、も……?」

 パンっと弾ける音と共に、上空に散り溶ける氷の花びら。
 勢いの弱くなった炎の向こう側から、美しい蝶が舞うように躍り出る。

 花の呼吸 弐ノ型 御影梅

 カナエ無傷でいるあの事に驚き、童磨は二対の扇を使い剣撃を回避するも、頭上から背後に回った雅風に、は、と息を飲む。

 陽の呼吸 攻の波紋 鈴蘭

 刃に乗せた陽の光が童磨頭から背を斜めに焼き切る。吐血する童磨に追撃しようとした瞬間、ドッと、大きな音を立て、童磨が屋根の上に逃げる。そして、氷で作ったふたつの女の像をみて、カナエと雅風は、木の家を盾にするよう1度後退した。

 「いったいなぁ。なんだろうこれ。なかなかくっつかないし、焼けてるよね?焼けてる。なんで?陽の光にもあたってないのに。無惨様の言うように本当に陽の光を扱うのかな?」

 溶けてなかなかくっつかない自身の体に爪を立てる童磨。
 一方、ひっそりと隠れるように泡牢の中で呼吸を整えるカナエと雅風は、冷たくない空気を吸い、次の一戦に備えようとしていた。

 先程、雅風が行ったのは、上昇気流を利用した防御だ。幸い、乾いた薪が家のそこらに積まれてるのを見ていたので、できるだけ大きく火を起こし、暖かい空気を作る。
 そしてその後ろで泡牢を壁になるように分厚く展開。暖かい空気が冷たい空気を相殺し、泡牢と火によって溶けた氷の花びらの刃を溶かし、頭上へ飛ばす。血鬼術と言うだけあって、雅風は前に立ち、泡牢をできるだけ長く展開するため無傷で済まなかったが、カナエを守り、そして彼女の一撃を囮にし、童磨に大きな傷を負わせることが出来た。

 「すまない。首を切り損ねた」
 「いえ、それよりもあの鬼が雅風ちゃんの事を確実に狙っていることが問題だわ。日の出までまだ時間が長い。さっきの戦法はきっと次からは効かない可能性が高い」
 「けど、今の攻撃で確実に遊びの時間をやめて私を殺す気で次は来るはず。私を上手く囮にしてカナエがあの鬼の首を斬り落とす。それが最善だと思う」

 雅風の装備している物資である油も、先程のでもう殆ど使ってしまっている。シャボン液は幸いまだあるが、童磨の技に通用するのはほんの数秒間だけだ。
 最悪なことに相手は疲れ知らずの鬼と来ている。朝日までの時間、呼吸使いと相性の悪い凍える空気を吸わず、首を落としに行くのは至難の業だ。
 けれど、その首を落とすのが柱の役目。頷き合い、ないよりもマシだろうと雅風はカナエの刀に波紋法の細工をする。ほんの少しの時間ではあるが、波紋の力が彼女の剣技の威力を微力ながら底上げしてくれるだろう。
 カナエは陽の光を微かに帯びた刀を見て驚きつつ、ふわりと雅風に笑みを向けた。
 
 「ありがとう、雅風ちゃん」
 「使える時間は短い。早く行くよ」
 「ええ、分かってる」

 立ち上がった二人の柱は泡牢からでると、すぐ様童磨の作りだした女の像を切り、再生の済んでない彼に攻撃を加えようとする。じゅくじゅくと肉を再生させる音を立て鉄扇を振るった童磨は、氷の花弁を繰り出す。

 花の呼吸 陸ノ型 渦桃

 花弁を身体をひねり、発生させた風の流れで防御するカナエの背後から、雅風が童磨の懐に入る。向かってくる鉤爪を鉄扇で弾こうとすれば、一拍あけて童磨の片腕が途中、ぐにゃりと曲がり溶け落ちた。鉤爪の軌道を変え、屋根に手をつけ、驚くべき体のバランス感覚を活かし、瞬時に波紋をまとった蹴りが決まったのだ。続けて連撃を入れようと、刀を握る力を強めたカナエはその時、今までと違う童磨が異様な、今迄と異なる笑みを作ったのを目撃する。
 直感的に、肌を刺す殺気を感じ取り瞬時に間合いを取った。雅風は童磨から後ろにある家の屋根へ、そしてカナエは童磨から前方に当たる、自分の背後にある屋根へ。
 ぞくりと、氷で背筋を撫でられる様な感覚。それは最悪な形で具現化した。

 「まさかここまでやられるなんて思わなかったよ。だから俺も少し本気を出そう」

 そう言いつつ、童磨は己の姿を模した、彼の腰ほどの大きさの氷像を二体作り上げた。

 血鬼術 結晶ノ御子

 その血鬼術で生まれた二体は迷わずにカナエに童磨の用いる技を繰り出し始めた。
 予想外の出来事に、驚き、焦り、雅風は加勢に向かおうとするが、溶けた腕の断面を己の鉄扇で切断し、再生させた童磨が立ち塞ぐ

 「ほら、俺達はこっちでやろうよ雅風ちゃん。安心してね、あの氷像は俺と同じくらい強いから、カナエちゃんもきっと楽しんでくれるよ」

───────それは、雅風も見た事のない反則技に近い氷像の血鬼術

 その存在に、顔色を悪くした雅風に、ああ、と、にっこりと笑みを浮かべた童磨は、落としていた鉄扇を拾い上げ、口元を隠す。

 「彼女、どのくらい持つと思う?」

 全く予想外の出来事。
 まさか、そんな技があるとは思わなかった雅風は、瞬時に童磨に波紋を込めた鉤爪で連撃を繰り出す。
 鉄でできた扇に波紋が伝道するように、技を出す暇をあた得ないように、強く強く小さい体を生かし、素早く動き続ける。
 鉄扇から伝わる波紋で手が焼けてきた童磨は、雅風の斬撃をできるだけ躱すが、それでも彼女の攻撃は、呼吸は止まらない。
 距離を取ろうとすれば、それに食いつくように同じように飛び、刃を立てる雅風。
 それに目を細め、童磨は雅風の横っ腹を容赦なく蹴りつけた。
 大きな音を出し、家屋の木の板を突破った雅風は、げほりと咳をし、吐血する。が、そんなの気にしている場合では無い。
 波紋で痛みを薄れさせ、内臓の治癒を同時進行で行う。
 常に波紋を纏っていた彼女にとっては造作のない回復作業。けれど、この一瞬を見逃さず、童磨は距離を詰め、鉄扇を振り下ろす。それを受け流すように鉤爪を使い軌道を逸らせば、ああ、やっぱりね、と童磨は笑みを雅風に向け、氷の空気を吸わせようと扇をふるう。
 それを避けるため、一瞬だけ泡牢を壁として展開した雅風は、ごろんと転がるようにその場を抜け、横に飛び、距離をとる。が、逃げる瞬間を狙っていたかのように、童磨は雅風に力の限り鉄扇を振るう。防御のために鉤爪を前に出すが、それを弾き、次の瞬間には、雅風の鉤爪はパキッボキッと音を立て粉々に砕かれた。

 「え」

 瞬きする間もなく、破壊された鉤爪。
 にっこりと笑みを浮かべ、やっぱりだ!と嬉しそうにし、驚く雅風の両手首を片手で掴み童磨はふふふと声をこぼす。
 手首を中心として波紋を流そうとするが、それよりも急速に雅風の手首が冷えていく。童磨が本能的にか、それとも分かってか、雅風の波紋の伝導率を下げるために手首を急激に冷やしたのだ。
 それを解こうともがくが、力の強い童磨相手にはビクともしない。ぶら下がる雅風が童磨を睨みつければ、彼は目のふちから涙を零し始めた。

 「君って力がとっても弱いんだねぇ!!技術はすごいけど力は弱い!!本当は鬼の首を切るのも呼吸なしではできないんじゃないかな?
 その武器だって、自分の体重を重くして深く刃を通すために作ったんだろう?
 それに、刀を扱うよりも本来は体術の方が得意なんだろうに……
 可哀想だねぇ……こんなにも小さいから、そんな呼吸が無ければ本当は鬼狩りにもなれないただの子供だっただろうに。
 でも俺は君の頑張りを賞賛するよ!!
 よく本当に頑張ってるね!そんな小さな身体で!!呼吸なしでは何の役にも立てない身体で!!本当に、本当に頑張ってる!!
 偉い!とっても偉い!!仲間の傷を何度も見てきたんだろうね!!
 それを治す度に辛かったんじゃないのかい?
 でももうそんなことしないでいいんだよ。傷を見ることもないし、痛い思いをしなくてもいいんだよ。
 俺の中で一緒に永遠を生きて、君の辛いと叫んでる心を癒していこうじゃないか!!」

 長い長い、雅風へ言葉の数々。それは彼女にとって侮辱であり、怒りで体を震わせるには十分な言葉だった。
 童磨は自分の手が焼け落ちる前に、空いたもう片方の手で刃のように鋭い扇で雅風の胸元を切ろうとする。が、其れをさせぬよう、彼女は己の右脚で思いっきり顎を蹴りあげる。
 足の先が当たる瞬間、ざっくりと切断された右太腿から出た波紋を含んだ鮮血が飛び散り童磨を焼き、溶かす。声を上げる暇もなく、両手が自由になった雅風は、空中で己の切断されたそれを手にし、思いっきり童磨を殴りつける!!
 波紋の通った血液、そして体の一部であるそれは、童磨にとって毒以上の効果もたらした。
 体の全面で血を浴びた童磨は、目が見えず、それでもさすが上弦と言うべきだろう。脚の一撃をかわすため、後方に逃げる。

 「雅風ちゃん!!!!!」

 童磨の血鬼術出できた氷人形をなんとか負傷しながらも倒したカナエが悲鳴にも近い声で叫ぶ。

 「私のことはいい!!」

 切断された断面を合わせ、早々に脚をくっつけようとする雅風は、焦りを覚え、早く、早くと凍傷になりかけている手首を後回しに、強い波紋を送る。
 細胞がくっついていくのを感じ、綺麗に切れてくれたがために、想像よりも早く足をくっつけることが出来そうだ。

 身体の前面が焼け、目が見えない状態の童磨に、今が好機とカナエは己のもてる力をつかい、連撃を繰り返す。その様子を目にし、早く加勢をしなければ、今なら、今なら上弦を一人殺すことが出来るかもしれない!!
 雅風はそう思い、ひたすらに集中した。

 「ありゃま、あれはもしかして足をくっつけるつもりなのかな?本当に人間なのかい?あんな化け物みたいなことよく一緒に居られるねぇ」

 怖い怖いと笑う鬼に、普段怒りを全く見せない、どんな時にも慈悲の心持ち、彼らを斬ってきたカナエは、あまりの言い様に眉間に皺を寄せ、怒りを顕にする。

 「なんでそんな酷いことが言えるの!!あの子は誰よりも優しい、私の大切な仲間よ!!」

 
 それは、一瞬の出来事だ。
 叫ぶカナエの背後に、いつの間にか形成されていた、氷の人形が一体飛びすと、雅風が声をあげる間もなく彼女の背を斬り裂いた。

 「か、はっ、っ、」

 血を吐く彼女を見て、瞬時に雅風は己の血に波紋を巡らせ、弾丸のように数発飛ばす。それは氷の人形に直撃し、パキンと音を立て壊すことに成功したが、問題はその先。
 視力を取り戻した童磨がカナエの肺目掛けて扇を振り下ろす。
 脚がギリギリでくっついた雅風は、地を蹴り、カナエに手を伸ばす。

 「ここまでだ」

 悪魔のような囁きだった。

 パキンと音を立て、カナエの刀が折れ、同時に彼女の胸元から腹に掛けて斜めに斬られた。
 血飛沫が童磨を濡らし、それが雅風の与えた血液による負傷を直してしまう。
 雅風はなんとか彼女を抱き抱え、後退するが、出血が酷く、ゴロゴロとカナエは喉を鳴らす。
 その姿に泣きそうになりながら、早く止血を、と、カナエに声をかけるが、キッと強い眼差しでカナエは雅風をみる。
 その瞳は、自分に構わず目の前にいる鬼を倒せと、そう、言っていた。訴えかけていた。
 今ならまだ深い傷さえ治せば間にあうと思って波紋を流す手を、胸元に当てようとすれば、強く手首を掴まれた。早く行けと言うように。それは、花柱であるカナエの、柱としての叱責。
 柱として当たり前の覚悟をみせ、戦えと訴えかける彼女に、爪が食い込むほどに手を握り、こくんと、小さく頷いた。

 「わかった。だから、耐えて。早く治しに来るから、だから、死なないで、おねがいだからっ、」

 この時初めて、雅風は戦闘中に一筋の涙をこぼす。そうすれば、先程とうってかわって、少し安心したような、けれど、心配を含ませた双眸をしたカナエを、辛くないように横たわせる。
 そして、ガチャガチャと音を立てて折れた鉤爪をその場に落とし、靴をぬぎすてると、細かな泡の外壁を作った。
 素足で土を踏み、砂利を踏み、壁の前に立ちはだかる雅風は、美味そうにカナエの血の後を舐める童磨を睨みつける。

 「あれ〜?治さないの?その間に一緒に食べてあげようと思ったのに……」
 「黙れ」

 身体が軽くなった雅風は、先程とは全く違う童磨も見失いう速さで懐に入り込んだ。
 波紋を込めた、くっつけたばかりの脚で蹴りを入れ、同時に血潮を使い避けたとしてもじわじわと身体を蝕むよう、塗りこんだ。

 「わあ、やっぱり!君は猗窩座殿と同じなんだねぇ!」

 鉄扇を振るわれるが、それを足蹴に波紋を流す。身体の末端から波紋は流れる。それを阻害する要素を少しでも減らせば、血鬼術を使う暇も与えず、カナエを守ることができる。
 倒したい。今この鬼を、今この瞬間に……そう思っても、上弦の弐である童磨は易々と死んではくれない。首を落とさせてはくれない。
 悔しくて、悔しくてたまらない。

 ────────なんで私はこんなに弱いの!!

 心の中で悲鳴を上げて、それでもと童磨を殺すために、カナエを守るために必死で闘う。

 「ほらほら、早く治さないとあの子死んじゃうんじゃないかな?
 きっととってもあの傷は辛いはずだよ!だって聞いたろ?ごろごろって喉の音!
 肺もお腹も斬ったから相当の出血量のはずだし、君みたいに脚をくっつけて動くなんていう“俺たち鬼”みたいなことも出来ない!!
 そんな彼女を見捨てるのかい!?
 可哀想とは思わないのかな!」
 「黙れ」
 「ほら、今にも死にそうだよ!血の匂いがこんなにも濃くなってる!!」
 「黙れ!!!」

 そんな事、雅風にだってわかってる。痛いだろう、辛いだろう。今この瞬間にも消えそうな命の灯火を背にし、自分の力の無さに打ちひしがれ、けれどそれでもと、一矢報いようと雅風は己の体の傷が増えていくのを無視し、童磨に食らいつく。

 「君はあんなにも優しい子を見捨てるんだ!!とっても強かったけど、やっぱり女の子は男の剣士と違ってか弱くて助けてあげないといけないのに!!酷いことをしてるとは思わないのかい!?」
 「黙れと言っているのが聞こえないのか!!カナエの矜恃を、彼女のことを侮辱するな!!!」

 右手首ごと、鉄扇を蹴り飛ばす。怒りで呼吸を乱しそうになるのを我慢して、睨みつければ、あは、と、鬼はひょいひょいと、段々と雅風の動きが見えてきたのか、避け始め、左手で持っていた扇で雅風の右腕を切り落とす。瞬間、生じる痛みを我慢し、切断された右腕を左手で掴み、邪魔だと言うように後ろに放り投げた。
 そして、傷口から溢れる血液を呼吸の操作で形を刃に変え、そのまま切りかかる!!
 早く、素早く、もっと、もっともっと!!
 普段の落ち着いた姿とは、舞うように鬼を滅する姿とは、全く違う雅風の必死の戦闘は、唯、只管に、この鬼に死をと願うもの。

 「でも、どちらかと言うと君ってこっち側だよね!
 だって、その呼吸にその身体にその血液の刃!!まさに人の姿をした別の生き物じゃないか!!
 ねえ、君って本当は人じゃない、化け物なんじゃないかい?」
 「っーーー!」

 道化師のように可笑しいというように、わらい、わらい、そしてこてりと首を傾げて扇で口元を隠す。
 誰にも指摘されたことの無い、けれど、どこか誰かが思ってるだろうこと。それを目の前の鬼に言われ、奥歯を噛み締め、殴りかかる。
 血の刃と鉄扇がぶつかり合い、高い金属音をたて、火の粉が舞い、血の刃は弾かれる。
 童磨は先程再生したばかりの手で、雅風の後頭部を掴み、引き寄せ、抱きしめるようにして耳元で囁いた。

 「ねえ、君もどうせならこっちに来てみない?
 食べるよりもそっちの方が楽しそうだ!そしたら俺がずっと一緒にいてあげる」

 その言葉に、怒りのあまり、叫ぶ。

 「巫山戯るな!!!私は貴様の玩具になる気は無い!!」

 刃を童磨に向かって背中に突きつけ、そのまま固形化を解除すれば、波紋の光が宿った血液が童磨の身体を内部から蝕み、身体の真ん中に穴を開ける。吐血する彼は雅風を突き飛ばす。瞬間、広範囲攻撃である攻の波紋 蔦菫こうのはもん つたすみれを地面に流し、童磨の脚を崩そうとすれば、大きく飛翔するように、彼は背後に下がった。
 夜明けが来たからだ。

 「残念だけどここまでだね。ああ、もっと遊んでいたかったのに……
 それに彼女、ちゃんと食べてあげたかったのになぁ」

 至極残念そうにやれやれと首をふる童磨は、そう言って家屋の屋根を飛び、あっという間に森林の中に姿を隠す。勿論、雅風も追おうとしたが、脚や腕を切断された際の貧血のせいで、ぐらりと視界が揺れ、追いかけることが出来なかった。
 悔しさに震えながら、雅風は自分の腕を無視してカナエの元へ向かった。防壁として使っていた泡沫を消し、地面に倒れる彼女を見る。
 もう息をするのもやっとの彼女に、必死になって、自分の残った体力を使うように、波紋を流す。背中と肺と腹。
 カナエも、自分の呼吸で何とか止血をしていた。けれど、肺の傷がそれを邪魔する。

 「カナエ、カナエ、大丈夫だ、私が治す、お願いだ、死ぬな、カナエは私とお茶をしたいといった!、死んだらそれができなくなるんだ。だから死なないで、君の好きな物何でも作るから、お茶会を君の好きなだけひらくから、だから、だから!!」

 なんとか表面上の背中の傷を治し、同時に治していた肺の傷も塞がりつつある。
 けれど、それでも足りない。血液が、治すための手段が足りない!
 何が治すだ!!何が自分ならだ!!慢心した己に腹を立て、必死に、叫びたい思いに駆られる。
 早く、早く誰か来てくれ!!お願いだから来て!!カナエを、彼女を助けて!!
 そう思い、震える雅風は、気がつけばボロボロと涙が流し、カナエの頬を濡らしていた。

 「な、か、ない……で」

 すると、カナエは、そう言って、血濡れの手で雅風の頬を撫でた。

 「よび、すてで、よんで、くれて、 ……、うれし、かった……
 がふう、ちゃん、のおかし、いつも、おいしくっ、て、……つい、しのぶに、かくれ……て、たべちゃった……ときも……あっ、た、な……」
 「かなえ、」
 「もっと、たく、さん、たくさん、がふ、う、ちゃんと、いたかった」
 「もう、静かにして、肺を治してるから、きっとすぐに隠も、しのぶも来るから、」
 「あのおに、は、ばけもの、って、いったけど、そんなこ、とっ、ぜったい、ないわ
 あな、たは……たくさん、のひとを、たすけて、すくって、……だから、わたし
 ────────だれより、も、やさしい、あなたが、だいすき、」

 ひゅっと、音を立てて、雅風は堪らず涙をこぼす。こぼして、こぼして、止まらないそれにカナエは困った笑みをして、だいすき、その言葉をもう一度繰り返した。

 「わたし、も、私も、カナエが大好きだっ!優しいカナエが、上手く話せない私を、ずっと気にかけて、でも、笑って受け入れてくれ、た、きみが、君のことが、」

──────────なんで早く私は彼女に言ってあげられなかったっ!
──────────こんなに後悔をするのであれば、こんなにも大切な者に、自分の家族宝物になっている彼女を、失うのであれば、それこそ、私はなんのための存在だと言うんだ!!
──────────何が助けるだ!!なんのための陽柱だ!!なんのためのこの力なんだ!!

 そう想い、頭をふって、涙を散らす。
 カナエは、雅風の姿を見て、その言葉を聞いて、嬉し涙を流した。こんなにも、自分のことを大切に思っていてくれたのだと、今更になって理解したからだ。

 「ふふ、うれ、しい、なぁ」

 何とか出血を止めて、腹の傷も治したが、カナエの身体が冷たくなるのを止めることが出来ない。
 出血量が多く、童磨の氷の人形との戦闘で殆ど肺胞が壊死してしまっていたからだ。
 助からない。助けることが、出来ない。それが、否が応でも雅風には分かってしまった。

 「がふう、ちゃん、うで、くっつ、けて?はやく、そうし、な、と、あ、たが、しんじゃ、わ、」
 「でも!」
 「ね、おね、がい、だ、から」

──────雅風ちゃんまで、こんなところで死なないで。死に瀕するみんなを守って、沢山の人を救って……あなたにしか出来ないことなんだから……

 途切れ途切れに困った笑みを浮かべて言われたそれに、震えながら、雅風は放り投げていた自分の右腕を拾い、止血を止めていた腕にくっつけた。
 その姿を見て、ごほっと、カナエは、吐血する。慌てる雅風は、それでも微笑みをむける彼女に、強く強く両の眼を閉じ、そして、くっついた右腕で、彼女の手を握り、左手でカナエの傷を治し、痛みを緩和する。

 「私は誓う。この右手に掛けて、君に掛けて、これから君の言う沢山の人を救おう。それがどんな者であったとしても、私は、私のできる救える者を、私のやり方で救おう。どんなに非道と言われようと、辛い道だろうと、この身を賭して、やり遂げてみせる」

 これは戒めだ。これは誓いだ。これは呪いだ。これは祈りだ。

 目の縁を赤くし、強い眼差しではっきりと言いきった雅風に、カナエは、安心したように笑って、握られた手を弱々しくも握り返した。

 「ごめ、ね、しのぶ、の、こと、おねがい、」
 「柱の名に掛けて彼女のことを守る」
 「あ、りが、とう」

 そう、話し終えたのと同時だった。

 「姉さん!!!!」

 大きな声を発し、息を切らして、泣きながらもしのぶが、隠達が到着したのは。
 雅風は握っていた右手を離し、しのぶがカナエを抱き抱えるのを見た。姉さん、姉さん!!と、声を上げ、カナエとの最期の会話をする。痛みのないようにと、せめてできる事を行いながら……
 しのぶとの会話が終わるとすぐ、涙を流しながらカナエは息を引き取った。
 己の姉の亡骸を抱いて、泣き叫ぶしのぶを見て、雅風は立ち上がり、数歩、後ろに下がった。
 自分に彼女の亡骸を抱きしめる権利などないと、そう思ったからだ。
 ひゃっくりを繰り返し、涙で目を腫らしたままのしのぶは、膝をつき、亡骸を抱いたまま、雅風の事を下から睨みつける。

 「なんで、っ!!なんで貴方がいながら姉さんが死んでるのよ!!!」
 「こ、胡蝶様、陽柱様にそのような、」
 「貴方の力なら姉さんを死なさずにすんだんじゃないの!?
 直ぐに治療をすれば死なずにすんだんじゃないの!?
 ねえ!!なんで姉さんのことを見捨てたのよ!!!」
 「胡蝶様!!陽柱様は上弦と闘っていたのですよ!!治療する暇なんてある訳ないじゃないですか!!」
 「じゃあ鴉から聞いた右脚は!?右腕は!?なんでくっついてるの!?なんで治ってるの!?
 自分のことを優先したからそうなったんでしょ!!」

 叫ぶしのぶは、無言の雅風を見て、姉を寝かせ立ち上がる。俯き、表情の見えない雅風を見て、憤怒の念がしのぶの心を支配する。青白い右腕に掴みかかり、接合されたばかりの部分を見て、さらに眉間に皺を寄せ、思いっきり雅風の頬を張った。高い、鈍い音がし、隠は慌てるが、涙を流したままのしのぶは、止まることなく雅風に詰め寄る。

 「この人でなし!!!なんで姉さんを助けてくれなかったの!!
 私の、たった1人の姉さんを、なんでっ!!なんでよ!!!」

───────あんなに蝶屋敷で一緒に仕事をして、色んな人を助けたのに、なんで姉さんだけ助けられていないの!!

 しのぶの声に、悲鳴に、雅風は閉じていた口をやっと開いた。

 「……わたしが、私の力がたりなかったから、彼女を助けられなかった」
 「っ、」
 「確かに鬼に背を向けて早急に治すことが出来れば身体に後遺症は残るけど、助けられたかもしれない」
 「なら、どうして!!」
 「柱だからだよ」

 その一言に、しのぶははくはくと口を空け、閉じるを繰り返す。

 「柱であるならば鬼に背を向けるわけには行かない。戦いで誰かが倒れようとも戦うのが我々柱のあるべき姿。負傷しようとそれは変わらない。鬼を殺すために行動した結果、彼女は致命傷を負い、私が助けられない程酷かっただけ」
 「貴方に、あなたに人の心ってものは無いの?」
 「……人の心を持ったまま、上弦の鬼を殺すのが難しいということが、今回わかった事……」

 最後に声をふるわせた雅風に、しのぶははっとする。今まで見えなかった顔を見るように、両の手を雅風の頬に添え、上を向かす。
 その顔に、言葉を失った。光の無い瞳に、泣き腫らした後だろう赤く腫れた彼女の瞼やめの縁に、頬にに残る涙のいくつもの跡。
 そして、姉の手の触れたでろう場所。青白い肌に残る、血の跡に……

 「なんで、泣いてること、黙ってるのよっ、馬鹿!!」
 「私は、泣く資格なんて本当はない。ないんだよ、しのぶ。彼女を助けられなかった時点で、私は、本当は、ほんとうはっ、……
 謝ってすむことじゃない。今までだって、助けられなかった人がいる。そんななかで、彼女だけ、特別に扱うなんて、大切だったからって、特別に扱うなんて、本当は許されない。
 君の大切な姉を助けられなかった、救えなかった私は、許されないんだよ、しのぶ」
 「そんなの関係ない!!
 私達、確かに階級があるし、立場もあるけど、でも!!雅風が私たちにとって大切な存在なのも変わりないじゃない!!
 泣く資格ないなんて、そんな悲しいこと、言わないでよっ!!」

 ごめん、ごめんなさい!!
 そう言って、しのぶはぎゅうっと雅風を抱き締めた。涙をこぼして、雅風の隊服についていた血が、自分の隊服や羽織に着くのにも構わないで、青白く、今にも死んでしまいそうな顔色の、不器用な柱を一人、抱き締めて、そのまま雅風諸共座り込む。
 しのぶは悔いた。戦いのさ中、1番近くにいた雅風こそ、傷の治せなかった彼女こそ、今この中で一番悔しい思いをしている。上弦の弐を倒すことが出来なかったことを、1番悔しく思っているのが、彼女なんだと、姉の死の悲しみと、鬼への怒りで無視してしまっていた。

 雅風は、謝るしのぶの事を恐る恐る、抱きしめ返し、ごめん、ごめんね、と、謝った。恨まれて当然だ。非難されて当然だ。そう思っていたから……
 気がつけば、雅風は涙をまた流していた。つうっと、流れるそれは、しのぶの肩に吸い込まれ、しのぶの涙も、雅風の肩に吸い込まれる。
 そうすれば、さらにしのぶの抱きしめる力は強くなり、わあわあと大きな声を上げて泣き始める。すると、腕を動かして、しのぶの顔を自分の胸元に隠すようにして、抱きしめ、涙のあとをつけたまま、淡々と隠に指示を出した。

 「ここで胡蝶しのぶが私に暴言、暴力をふるったことについては見なかったことにしなさい。隠は早急に周辺へ被害がないかの確認をし、後始末を。
 胡蝶カナエの遺体は丁重に扱い、蝶屋敷へ運びなさい。
 ……これは陽柱としてでは無い、“撃雅風”としての願いです」
 「畏まりました。……陽柱様におきましては、顔の色が宜しくないようですが」
 「構わないで、事後処理を。この程度なら輸血をすれば問題ありません。自分で出来ます」
 「承知しました……輸血パックについてはすぐに準備致します」
 「……ありがとう」

 涙声の隠たちに、最後を顔を見せず、しのぶの頭を撫で、抱きしめて言えば、彼らはすぐに行動を開始した。
 しのぶが泣き止み、疲れ、寝息を立てる頃には、輸血パックが運ばれてきて、雅風は彼女に膝を貸したまま輸血を行う。胎児のように丸まって眠るしのぶに、また、ごめんなさい、と呟いた。

 花柱の死亡、そして上弦の弐についての柱会議について、雅風は言及され、その鬼の特徴、並びに血鬼術については詳しく鮮明に思い出すように頭をいじり、書面にて御館様に提出する。
 彼女の葬儀には出席し、涙を流せない、焦るカナヲを見て、一人慰めるように、大丈夫と頭を撫で、今は流せなくても、いつか、流せるようになるから……そう言って、カナヲと共に泣かず、埋葬される彼女を見送った。

 御館様より雅風は、あるものを受けとる。
 カナエが自分へとの残した遺書と、白い蝶の髪飾りと、花の飾りのついたガターリングだ。書面には、もしも自分が死んだ時に、しのぶたちのことを頼むということ。それと、雅風自身も無理はしないで欲しい、生き抜いて欲しい。本当はお茶会が出来たら贈るつもりだったこと。
────────ただの柱でなく、友人としても接したかったこと
 それを読んだ時、雅風は深く呼吸をし、泣くのをやめた。ガターリングは戒めとして一度切断され、くっつけた右太腿につけ、蝶の髪飾りは、しのぶを守りきれたらつけることにした。
 しのぶのやろうとしている事は、何となく理解できるから、だからこそ、しのぶを死なせずに、生かして、己が上弦の弐を殺すその時まで、己が、胸を張ってカナエの友人であると言えるその時まで、純白の蝶は眠りにつく。
 

 そして、今回の自分の慢心、力のなさを否が応でも理解し、同じ柱である宇髄天元に、これ以上自分の大切なものが壊されないための力を付ける為、体術の指南を頼み、更なる強さを求め、飛躍し、素早さ、体術において更に彼女は一目を置かれるようになる。波紋法の強化を可能にし、カナエを失ってから手にした鉤爪は、より強固で厚めのものにして、彼女の言うように、沢山の人々を守るため、どんな人間でも助ける為に、雅風は力をつけ続けたのだ。




とっぷ