11-3


✿❀✿❀✿❀

──────ねぇ、カナエ……

 ぼうっと、水の上に浮かんで、雅風はぼうっと天井にうつる光をみる。

 「杏寿郎を救えたよ。上弦をまた、仕留め損なって、ごめん」

 じくじく、じくじくと、音を立てて、私の背中の傷は治っていく。
 痛みはある。引き攣るようなそれは、きっと今回の罰。早く、次に進もうとして、焦っているのは分かってる。でも、それでも私は、誰も失いたくないのだ。
 柱としてとても甘い考え。でも、それでも、しのぶに生きて欲しい。例え、彼女の考えている仇の取り方を邪魔してしまったとしても、それでも、守り抜きたいのだ。カナエに託された大切な子なのだから。
 ずっと思ってた。煉獄杏寿郎を助けられた時、本当は泣きそうだった。上弦の参との死闘で死ぬはずの命が、脈打ち、生きている。声を聞ける。動いてる。その事実だけで私は青い彼岸花を研究した意味を見いだせた。
 だから、私は次に上弦の弐を殺すためにどうすべきなのか、カナエの死んだあの日から、ずっとずっと考えていた。
 だって、あの鬼の能力は正直呼吸を使うどの剣士にとっても致命傷を瞬時に与えられるものなのだから。肺が動かなければ、呼吸が出来なければ剣士は力のない一般人と同じだ。
 そんな私が練った策。それは単純だけど、今の柱達に認められるか分からない。そもそも、可能なのかも分からない。上手くあの鬼をおびき寄せられるか、最悪、私は鬼に見つかった瞬間に鬼舞辻に捕まる可能性もある。まあ、あの臆病な鬼が表舞台に出るとは滅多に思えないが……
 それに、今の炭治郎や禰豆子ちゃんがかなうかも分からない。
 勝てる可能性、生存率、それを想像する度に、怖くて堪らない。
 もし、そのせいで死んでしまったら?
 殺してしまったら?
 助けられなかったら?
 傷を負っているせいか、あの夢を見たせいか、ずっと悪い方へ考えがいってしまって仕方ない。胸が苦しくて、辛くて、それでも、私は陽柱なのだから、誰かにそんなことを打ち明けることなんて、簡単に出来はしない。
 生命線である私が不安がるなんて、それこそ、隊士達の士気に関わるのだから。

 いつもはガターリングで隠れている、右太腿の薄い傷跡に触れる。右腕にも薄い傷跡は未だにある。
 彼女との約束、誓いの証。
 私はきっと、死んでも彼女と一緒のところにはいけないけど、それでも、もし死んだ時、地獄へ行く瞬間に会えたなら、私は話すことが出来るだろうか。
 君と、もっと一緒にいたかっと、もう一度言うことが……


 ざぶんと音を立てて水からあがり、体を拭く。汗も流れてさっぱりして、傷も大分治すことが出来た。きっと朝の薬を塗る時にしのぶに怒られてしまうだろうけど、甘んじて受けることにしよう。
  そう思いつつ、清潔な包帯を巻き直し、新しい病人服を着て、部屋に戻ろうと、廊下に出れば、物音がした。丁度池の見える場所で善逸くんが1人、座り込んでいたのだ。

 「雅風さん……あの、」

 音でわかったらしい。ぱっとこっちに振り向き、見上げてくる彼は、口をごにょごにょと形容しがたい形にし、俯く。そういえば、あの後、しのぶによって獪岳と善逸くんは風呂に入れられたんじゃなかっただろうか。
 男同士で裸の付き合いをしたのだから、少しは親睦が深まっているといいのだけれども……
 そう思いつつ、彼の隣に座れば、びくん!と何故か肩を跳ねさせる。どうしたのだろうか、と思えば、緊張した趣で、頭を下げられた。

 「兄貴の事、ありがとうございました!
 兄貴、獪岳はいつも辛い音がしてたから、でも、それが今はしなくなって、それが俺が眠ってる間に雅風さんがなにかしてくれたからかなって!そう思って……」

 もじもじとして話す彼は、嬉しそうであり、両手を握り締めて、目に涙を浮かべていた。

 「兄貴を兄貴って言えるようになって、俺、本当に嬉しいんです」

 でへへと、無垢な子供みたいな笑みを浮かべる彼は、今の私には眩し過ぎた。眩し過ぎて、純粋で、本当に優しい子。
 その姿を見て、どうにもならない感情が浮かんできて、気がつけば、私は彼のことをぎゅうっと膝立ちの状態で抱き締めていた。
 驚く善逸くんが悲鳴をあげる前に、頭を撫でれば、耳まで真っ赤にした彼は、わたわたと慌て出す。

 「が、がふうさん?あの、えっと!?」
 「ほら、夜だから大声はだめ、だよ」
 「え、あ、えええ、あ、え、」

 母音しかもはや出せなくなった彼に、つい笑ってしまい、優しく次は髪の毛を梳くように頭を撫でつけ、背中をとん、とん、と優しく叩く。

 「ありがとう、善逸くん。あの子は、私一人じゃああはいかなかった。獪岳はまだ貴方にどう接していいか分からなくて、乱暴なことをするかもしれないけど、兄弟として接してあげてね」
 「は、はひ」

 そう、あの時あの場で彼がいなければ、獪岳はきっと気付くことが出来ないままでいた。泣き虫で、それでも獪岳を真剣にずっと見続けてくれた善逸くんが居たからこそ彼の心を少しでも暖めて、氷を溶かすことが出来たのだ。
 今回の1番の功労者である善逸くん。赤面したまま、変な返事をするのに少し笑って、離れようとすれば、くいっと服の袖を引かれ、あの、えっと、と、まだ話したいことがあるらしい彼に、何だろうか、と自分も縁側に座り込み、彼の言葉を待った。


○○○

 善逸は、自分を抱きしめ、悲しい音を出していた雅風に、なんと言葉をかけるべきか悩んでいた。
 彼は生まれ持って耳がとても良かった。寝ている時にも誰かの声を聞く程に。
 だから、善逸は聞いていた。聴いてしまっていた。
 雅風がどれだけの隊士を自分の呼吸で命を摘み取ってきたのか、その苦しみから出る音は、きっと、彼女の音が鮮明に、漣の音なしで聴こえていれば、自分はきっと涙を堪えることなく大泣きしていただろう。
 だから、自分の兄と一緒に風呂に入って、二人で並んで寝ると決まって嬉しさで顔が緩んでも、後々になって、彼女の声にならない悲鳴が耳について離れない。
 そして幸か不幸か、鼾や寝相が酷いと獪岳に蹴り起こされ部屋の外に出された時、苦しそうな音を、善逸の耳に届いた。
 その音が気になって、歩けば、蝶屋敷の池を眺められる縁側につき、つい月明かりに照らされた池に魅入って座ってしまっていたら、音の主である雅風が現れた。濡れた髪は雑に拭いてあり、青白い顔をした彼女は死人のようだ。
 その様子に、なんと言えばいいのか分からなくなってしまった。
 あの会話は獪岳と雅風だけのもの。自分が聞いていいものでは無い。それを踏まえて、何とか取り繕うように、本音を混じえて彼女に御礼を言ったのだ。
 獪岳との距離が縮まったのは間違いなく雅風のおかげでもあるのだから。
 そうすれば、彼女は泣きそうな顔で、自分を抱きしめてきた。
 少しひんやりとした体温を布越しに感じて、同時に女の人に抱きしめられている幸せに赤面し、なされるがままに頭を撫でられ、優しい声と、悲しい心の音を聞く。
 そして、そんな彼女を今一人にしてはいけない。一人にしたくない……そう個人的な感情を持ち、善逸はどうやって彼女を引き停めればいいか必死に考えて、ついにはパニックになり、自分の欲である膝枕という言葉を思わず発してしまうのだった。
 なんの脈絡もないことを突然言ってしまい、小首を傾げる彼女は不思議そうに言葉を繰り返す。

 「膝枕……?」
 「ええっと、あの!前に治療された時、俺すっごく安心して眠れて、それで雅風さんに寝かせてもらえれば獪岳にも蹴られないかな、みたいな……
 俺の鼾と寝相のせいで蹴り出されて……」
 「獪岳と、同じ部屋、なの?」
 「折角だからって、しのぶさんにお願いして……」

 兄貴と呼んでも怒られなかった記念で……と、心の中で呟く善逸。少し調子に乗りすぎた感は否めなかったけど、それ程嬉しい事だったのだ。段々と声音を小さくする善逸に、苦しい言い訳に、ふむ、と雅風は考える。
 二人は同じ部屋で過ごしている。それは雅風にとつてはとても嬉しいことだ。
 自分が眠れないからと蹴り起こして部屋から出す獪岳にはなんとも彼らしいと、そう笑ってしまいそうになるが、完全に部屋が同じということを知って拒絶しなかったというのは大きな進歩だ。
 俯く善逸に、結局甘味に連れていく所か、怪我をさせてしまったことを思い、二人が折角歩み寄ろうとしているのだから、別にいいか、とひとつ頷く。

 「いいよ」
 「あ、やっぱりだめです……よ、ね?え」
 「?、だから、膝枕、別にいい、ほら、二人の部屋案内して」
 「へっ?、ほ、本当にいいんですか」
 「うん、善逸くん、頑張ったもんね、だから、よく寝ないと、だめ」

 棚から牡丹餅とはこういうことだろうか。善逸は心の中でガッツポーズを取ると同時に膝枕ァァァァァ!!!!と叫び声を上げそうになり、はっと口を両手で押えた。
 その姿にくすくすと雅風は笑い、善逸に案内されるまま、部屋まで一緒にゆっくりと歩いて行く。
 8畳ほどの部屋に、ふたつの布団。眉間に皺を寄せたまま眠っている獪岳に、跡が残っちゃいそうだなとおもい、ついついそれを伸ばすように人差し指で撫で付ける。するとシワが伸びて、ゆっくりと規則正しい音を出し、呼吸をし始めた。
 それを見た善逸は、よくそんなことできるなと戦々恐々としていたが、雅風の膝枕の方に大半の意識が向き、どうでもよくなって、早く!膝枕!と、うきうと胸を高鳴らせた。
 布団の枕をどかして、正座を崩してぽん、と太ももを叩く。その瞬間、ばっと勢いよく善逸は至高の膝枕を味わった。
 柔らかくいい匂いのする膝枕。欲を言えば生脚でやってもらいたかったが、それでも布越しに伝わる感触と、上を見れば、直ぐに可愛らしい雅風の顔が見え、でへへへと顔を赤くして、幸せが止まらない。
 ほら、寝なくちゃダメ、と両の眼をひんやりした白魚のように柔らかい手のひらでおおられれば、ぎゅっと、自分の被っている布団を握りしめ、ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙柔らかいいいと悲鳴をあげそうになった。
 これは興奮で寝れなくなってしまったのでは?
 膝枕ってすごいっ!!そう思う善逸に、雅風は睡眠を促すように波紋法を使おうと、手のひらに淡い光を集中させる。。
 なんと言うか、興奮をし、鼻息を荒くし始めた善逸に、あ、これは寝れないやつだと思ったからの行動だ。悪意は全くない。ただ、もぞもぞと頭を動かす善逸に、仕方なく、よく眠れるようにという善意からだった。
 波紋の呼吸音がし始めた瞬間、善逸は、この柔らかな枕を堪能することが出来なくなるとあわてて雅風の手を掴んだ。

 「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙だめぇ!!!もう少し堪能させてくださいお願いだからあ!!!ちゃんと寝ます!!寝れますからおねがいしまずうううう゛!!!」
 「ぜ、ぜんいつくん…あの、ちょっと、」

 びえええんと涙目でお願いだからあ!!!ともう一度雅風の手を握りしめ、胸元に抱きつきグリグリと頭を押し付けつつ言う彼。
 その背後、ゆらりと動く影に善逸は気がついていない。振り上げられる手に、シイイイイイ……という独特の呼吸音。素早く振り落とされた手刀によって、善逸は意識を失った。

 「なに、してるんですか」

 青筋をうかべ、気を失った弟弟子を苛立たしげに見下ろし、口をへの字にする獪岳に、へにゃりと困った笑みを浮かべ、実はね、と、縁側での出来事を彼に話す。

 「だから、嬉しかったから、膝枕してくれるならすぐ寝れるっていってたし、それで寝かそうと思ったんだけど……」
 「こいつに二度とそんなことしなくていいです」

 伸びている善逸に、頭が痛いと、深く溜息をこぼし、物凄く嫌そうな顔で、間を置き、愚弟がすいません。と謝る彼に、きょとんとした表情を浮かべ、ふふっと、笑みをこぼす。

 「いい、別に減るものでもなかったから、でも、起こしてごめん。獪岳も疲れてる、よく眠れるよう、波紋、流そうか?」

 淡い光を手に集める雅風に、獪岳は無言でその手のひらを見つめ、雅風によって布団に綺麗に戻された愚弟を見、あることを思いついた。
 善逸にとってとてつもない嫌がらせになるそれ。ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた獪岳は、それじゃあ…と、雅風にあることを提案する。
 驚きつつ、別にいいけど、という彼女に、心の中で拳を握りしめたのは獪岳のみが知っていることである。

 朝の光が差し込み、善逸は首にとてつもない痛みを感じながら目を覚ます。雅風に泣きつき、あの柔らかくいい香りのする身体に抱きつき、胸元に頬ずりした瞬間、激痛と共に気を失ったことを思い出し、あ、これ絶対獪岳の仕業だとすぐに理解し、ばっと彼の方を見る。
 よくも俺の膝枕を!!!!と、兄弟子に初めて女の子に対しての怒りを向け、体を震わしたが、それもすぐ彼の方を見た瞬間に一拍おき、声が消え失せた。

 獪岳の布団の中に、雅風が居たからだ。正確には、彼女の腕枕で眠る獪岳が、布団越しにでもわかるように彼女を抱きしめた状態にいた。
 それを理解した瞬間……

 「ちょっとおおおおおおおおお!!!!なにしてんのおおおお!?!?」

 善逸の絶叫が蝶屋敷全体に響きわった。

 獪岳の善逸への仕返し。それは、雅風による腕枕だった。本来なら幼子にしかされないだろう行為だが、善逸と同じ膝枕では被ってしまうし、自分を二度も夜中に起こした罰と雅風へかけた迷惑への罪を考えれば、こうするのが一番効くと考えたのだ。
 何より、膝枕したままでは雅風が座ったままになる。自分が寝っ転がっておいて、彼女を横にせずいるのはダメだろうと思ってのこと。
 獪岳にとって予想外なのは、いとも簡単に雅風が頷いてくれた事。
 まあ、それも雅風自身一人で今から眠るのが心細いというほんのちょっとした思いがあっての事だが、それを悟られず、自分もそろそろ眠いからという理由をつけて受け入れたのだ。
 雅風の腕枕……もとい抱き枕は獪岳にとってとてつもない眠気を誘うものだった。落ち着いた心音に、柔らかさ、ひんやりとした身体は布団の中や自分の体温で暖かくなり、定期的に撫でられる頭に、いい香りのするそれに、すぐに睡魔がやってきた。
 そして、現在、善逸による絶叫で起こされても頭はすっきりとし、まだ眠気もあるが起き上がる獪岳は、恨めしさと悔しさと色んなものを混ぜ合わせ目を剥く善逸を鼻で笑った。

 「何鼻で笑ってんだよ!!何やってんだよ!!ああ妬ましいいい!!!今すぐ木刀持てや!!!俺から至高の膝枕を奪った挙句に雅風さんと一緒に布団?!?ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙妬ましいいい!!!」
 「はっ!!上等だクソ虫が!!俺を二度も夜中に起こしやがって!!それに二度起こした時には雅風さんに泣きついてっ!!二度と雅風さんの膝枕も何も味わえないと思え!!」
 「はぁぁん!!!??雅風さんを抱き枕にしてたアンタに言われたくないんですけど!!!ないんですけど!!!」
 「お前のせいで寝れなくなったからな!!お願いしてみたらすぐに頷いてくれたぜ!!お前のせいでよく眠れなかった 俺 だ か ら !!」
 「きいいいいいいい゛!!」

 甲高い汚い音を出し、叫ぶ善逸。煽り、高笑いもし始めそうな獪岳。
 そんなやり取りをされていれば、勿論雅風も目が覚める。うとうととしながら、未だに言葉のやり取りをする二人を布団で横になったままぼうっと見上げ、くすくすとつい笑ってしまう。
 その声に気がついたのか、言い合いをやめた彼らを前に、ゆっくりと体を起こす。

 「朝から元気、いいこと。でも、もうすこし、静かにしないと、だめ」
 「うぐっ!!で、でもお!!」
 「ほら、しのぶが怒っちゃう前に身支度なさい。二人に、おつかい、頼みたいと、思ってたから」
 「コイツとですか?」

 心の底から嫌だという雰囲気を出しつつちらりと背後にいる善逸を見る獪岳に、こくりと頷く。
 ふああ、と、欠伸をしながら、立ち上がった雅風は、部屋を出るのに背を向ける。

 「お使いの荷物、取りに行く。早く支度てね。柱命令」
 「柱命令!?そんな重要なことなんですか!?」
 「うん、だから、喧嘩しててもいいけど、早くご飯食べて、支度済ませて」

 それじゃあ後でね、と、振り返り、微笑む雅風は、足音を立てずに今使っている病室に向かう。
 そして、あの二人の言い合いを、砕けた喧嘩をしている様子を思い出しふふっと声がこぼれた。思ったより早く、彼らは兄弟になれるかもしれない。だって、やり取りがまさに、兄弟喧嘩そのものなのだから。

 身支度を済ませた善逸、獪岳は、雅風から渡された紫色の風呂敷に包まれた荷物を持って、彼女の鎹鴉ならぬ鎹鳩の指示により、揃っておつかいをする。
 見送ってくれた際に背後に笑顔で青筋を浮かべたしのぶの存在を思い出し、雅風が大丈夫なのかと少し心配をしつつ、向かった場所、それは─────────彼らがすごした師匠の家だった。
 家の前に立っていた杖を片手に義足を付けた老人、桑島慈悟郎は、泣きそうな、そして幸せそうな笑みを浮かべて二人にいう。

 「善逸、獪岳、おかえり」

 揃って帰ってきた。その事に感無量とばかりに、声を震わせて。

 懐かしくも感じる育手の家。厳しくも辛い修業を受けたそこに来ることになるとは思わず、善逸は驚きながら、獪岳は、ああ、やられた。嵌められた。そう思い、自分たちを眩しい笑みで見送った雅風のことを思い出す。

 「じいちゃん!!」
 「師範と呼べと言っいるだろうが!!」
 「ごふっ!」
 「先生、お久しぶりです」
 「おお、獪岳。息災のようでなによりじゃ。ほれ、はよ入らんか。善逸もはようせい」
 「な、なら殴ならくてもいいじゃん!!」

 ふらふらと桑島と獪岳の後を追うように家に入った善逸は、獪岳が持っていた荷物を桑島へ渡すのを見る。すると、すぐに桑島は荷を解き、雅風が持たせた物の正体を知ることになった。
 それは、高級と言われるキャラメルに有名な名店のカステラ、チョコレートに、玉露の茶葉。そして、桑島へ宛てた手紙だった。

 「な、なにこれなにこれ!?こんな、こんな高級な菓子が、それに茶葉が入ってるってどういうこと!?」
 「これは陽柱である雅風殿からワシらへの土産じゃ。獪岳、悪いが茶を入れてもらってもいいかの?
 久々に、お前の入れた茶が飲みたい。」
 「はい、分かりました」
 「それと善逸は間違っても先に食べようと思わないようにの。もし食べたらその時はお前だけ菓子抜きじゃ!!」
 「べ、別にそんな事しないよぉ!!」

 慌てる善逸はたれそうになる涎を拭う。獪岳は、茶を入れるための湯を沸かしつつ、コイツ絶対食う気だったろっと舌打ちをした。
 そんな二人の様子を微笑ましげに見て、桑島は雅風からの手紙を開く。

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 拝啓、桑島慈悟郎様

 この度は獪岳のことを教えて頂き有難うございます。彼にとっては知られたくないものだったと思いますが、彼の成長を見込み、知る必要があったと私は思っています。
 獪岳は不器用な子です。
 善逸くんは人を引き寄せる、思わず構いたくなる、構わざる負えなくなる性格をした子だと思います。だからこそ、獪岳はそんな善逸くんの影に隠れてしまって、貴殿の愛情を、想いを上手く受け取ることが出来なくなってしまったのだと思います。
 彼は変わり始めています。己を見直し、そして、善逸くんの事を弟弟子として、兄弟として見始めています。最初は衝突や、すれ違いが起きると思われます。
 ですから、長年彼らを見てきた貴殿のだからこそ、育手としてではなく、不躾ですが、一人の親として、二人のことを見て頂けないでしょうか?
 平等に扱うのは確かに大切です。ですが、それは同時に心の距離を感じることになるものだと思っております。なので、平等にではなく、貴殿の思うように、彼らに接しては下さらないでしょうか。
 元鳴柱である桑島様へ失礼を承知でお願いします。
 今の私では彼等を危険な目に合わせてしまいます。だから、定期的に二人を貴殿の元へ使いに向かわせますので、彼らの心の成長を、技の成長を見届けて欲しいと、私はそう願います。
 不躾で申し訳ありません。
 何卒、二人のことをよろしくお願い致します。

 陽柱 撃雅風

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 手紙を読み終え、桑島は、深くため息を着いた。
 そうか、そうだったか、自分は平等に扱ったつもりでも、獪岳は、そう思ってはいなかったのか。
 与えた揃いの羽織を着てくれなかった獪岳を、壱ノ型を使えず苦しむ獪岳を、自分はもっと、見てやるべきだったのか。

 茶を入れながら言い合いをする二人を見て、初めてこんなに賑やかな喧嘩をしているのに気が付き、手紙の文字が滲んでしまった。
 それを隠すように懐に手紙を入れ、桑島は箪笥へ向かい、獪岳への羽織を出す。1度も腕を通されていないそれを持ち、居間へ行けば、茶を入れ終わり、カステラを切る獪岳と、キャラメルにチョコレートを皿に分ける善逸が居た。

 「じいちゃん!見てこれすごいんだよ!!このちょこれーと!味が何種類もあって、雅風さんちゃんと3人分用意してくれてるんだ!じいとゃんのすきな桃味もあるよ!」
 「だから先生をそんな馴れ馴れしく呼ぶなっつつてんたろうが!!てめぇの分だけなしにしてやろうか?ああ゛??」
 「はぁ!?そうなったら獪岳の分俺が食うから!!」
 「俺から奪えるわけねぇだろこの馬鹿が!!」
 「これこれ、喧嘩をするのもいいがせっかくの茶が冷めるだろう!!獪岳、きちんと三人分平等に切りなさい」
 「…先生が言うなら、」

 不満げにしながらも、頷く獪岳は包丁で綺麗にカステラを切り分け、皿に盛りつける。それにうんうんと頷く桑島は、己の分のカステラを受け取ると、獪岳に羽織を渡す。
 それに、獪岳が驚くと、悪戯っぽく笑う。
 
 「お前が着たいと、そう思った時に着てくれればいい。だから、受け取ってはくれんかの?」

 そう言って手渡された羽織を見て、難しい顔をした獪岳は、ぐっ眉間に皺を寄せる。
 やはり、気に入らなかっただろうか。そう不安に思うも、桑島の思いとは裏腹に、獪岳は失礼しますと一言いうと、今着ている黒無地の羽織を脱ぎ、桑島の渡した羽織に腕を通した。
 あまりのことに、唖然として、善逸でさえ固まった。
 あの、獪岳が自分たちと同じ羽織を着ている。着てくれていること、それがどんなに嬉しいことなのか、獪岳は知らない。
 桑島は、震え、涙を零した。自分の弟子が獪岳が、己と同じ柄の羽織を着てくれたのが、嬉しくてたまらなかったから。
 涙を零した桑島を見て、獪岳は驚き、思わず桑島を呼ぶが、それにああ、ああ、と声がこぼれる。

 「とっても、とっても似合っているなぁ。やはりお前には紺色だと思っていた。ワシの見立てに狂いはなかったなぁ」

 ウンウンと頷く桑島は、似合っているなぁと、また声を上げ、にっこりと笑う。それに、なんと声をかけていいか分からず、ありがとう、ございます、そう、小さく獪岳は礼を言う。
 そして、気恥ずかしく、視線を巡らせた獪岳の目に、ぼたぼたと涙を溢れさせる善逸を見つけた。ぎょっとし、は?!と、声を上げるが、今までと違い、静かに泣く善逸に、挙動不審になる。
 善逸は嬉しかった。ずっと桑島が同じ柄の羽織を獪岳が着てくれないことを悩んでいたから、そして、自分も同じく獪岳に揃いの羽織を着て欲しかったから。そうすれば、何となく心の距離が近くなってくれるんじゃと期待していたから。
 善逸の耳には戸惑いの音、気恥ずかしそうな音、嬉しくてたまらない音がずっと響いている。それは、彼にとって幸せな音だった。

 「…お茶が冷えるので、早く食べましょう。先生」
 「ああ!そうだな、折角の贅沢品だ。味わって食べるとしよう。ほれ、獪岳。お前桃が好きだったろう。これを分けてやろう」
 「え、」
 「な、なんだよそれずるい!」
 「獪岳の羽織記念なんだからいいじゃろうて!仕方の無いやつじゃ、交換ならしてやっても良いぞ?」
 「ぐぬぬぬぬっちょ、ちょこれぇとお!んん!なら、この抹茶味と俺の桃味、交換して!」
 「ふむ、仕方の無いやつじゃのお」
 「……因みに俺になんか増えたりは」
 「せんな!わしだって沢山食べたいもの!」
 「じいちゃんの意地悪!」
 「はっはっは!なんとでもいえい!それよりも早う食べよう」

 ニッカリと茶目っ気に笑った桑島は、獪岳の皿に桃味のチョコレート、善逸には抹茶の味を渡し、桃味のチョコレートを受け取る。
 獪岳は、自分の皿におかれたそれに目を向け、無言で口に含んだ。甘いチョコレートに、深い桃の味がまじる。
 その甘味は、今まで食べた中で一番美味しかった。
 そして、善逸は、口いっぱいに広がる抹茶の味に幸せを感じた。涙のせいで少ししょっぱい味になっちゃったけど、それでも、どんなものよりも美味しいと感じた。

 幸せなお茶会の時間は続く。あの喧嘩もあってか、獪岳への容赦のない愚痴や、善逸への毒舌。たまに叱り、笑う桑島の声がその日は絶えず、まるで、本当の親と兄弟のようなやり取りを彼らは知らないうちにしていたのだった。
 
 




とっぷ