「咲良ー、俺、花見がしたい」
「は?」

土曜日。誠凛と海常が練習試合をしているであろう中、問題なくリハビリを終えたので私が部屋に戻ろうとエレベーターのボタンを押した瞬間に兄から告げられた言葉である。
時は4月の下旬も下旬。桜なんてもう全て散り葉桜というよりも、綺麗な葉しかないこの季節に花見がしたいなんて言われて、つい、何言ってるのこの人馬鹿なのって感情を顔に出してしまった私は悪くない。

「あー違う違う。そういう花見じゃなくて」

言葉の意味がわからず首を傾げ続ける妹の心情を察してか、兄さんは行けば分かるからと私の手を引きながら病室に戻り、入院着から私服に着替えると既にルンルン気分で楽しそうにしていた。

「咲良、手を繋ぎながら行こう」
「普通に心の底から嫌です」

ルンルン気分に乗じてか、子供の頃のテンションで手を差し出してくるからお断りの言葉を即座に述べてもいいからと言って勝手に手を握ってくる。
ブンブンと手を振ってどうにか外そうとしても無駄に握力のあるから逃げ出せない。
もういいやと諦めモードで兄さんの好きなようにさせていると、兄さんの同室のおばあちゃんやおじいちゃんから笑い声が零れ始める。

「あらあら、鉄平ちゃんも咲良ちゃんも仲良しね」
「ああ!仲良しだ!それにこれから咲良とデートなんだ!」
「えっ!?なにそれ!?」
「おー若いなー!楽しんでなー」

いってらっしゃいと優しい声で言われてしまうとおじいちゃんおばあちゃんっ子な私はつい素直に兄さんと一緒にいってきますと返してしまう。
そんな様子を見て頬を緩ませている兄さんにムカついて、入院食が美味しいからか少しだけたるんでる兄さんの脇腹を抓った私は悪くない。反抗期かなんて言ってる兄さんの声なんて聞こえない。

「もーどこまでいくの?」
「いいからいいから」

鼻歌まで零し始める兄さんの上機嫌にはついて行けない私はただ手を引かれるまま着いていくことしか出来ない。それこそ、子供の頃のように。
母は私たちが幼い頃から海外を飛び回って家にいることなんてほぼなかった我が家では兄妹2人で過ごすことが多かった。もちろん祖父も祖母も可愛がって面倒を見てくれるがお年がお年なので子供の全力の遊びにはついていけない。だから兄さんはよく私の手を引いて遊びに連れ出してくれた。遊びに行く時だけじゃない。近くの弓道場での練習終えたくらい帰り道も、学校からの帰り道も、いつだって兄さんが手を繋いで隣を歩いてくれるたのだ。

「ここだぞ〜、この前散歩してる時に見つけたんだ」
「昔、遊んだ公園みたい」
「だよな!俺もそう思って咲良を連れてきたかっだ」

たどり着いたのは広めな公園だった。
葉だけになってしまった桜の木々に、錆び付いて古くなりつつある遊具。
でも花壇には色鮮やかな花が咲き誇り、地を埋め尽くすクローバーの中にはシロツメクサが色を添えている。
なるほど。これは確かに"花見"だ。

自販機で飲み物を買ってブランコに腰を下ろして一息をつく。ギィギィと私の重みのせいで少し不安な音を鳴らすその様子につい笑みがこぼれる。
兄さんは一緒に作ったよなと呟きながらシロツメクサを引き抜き始めた。何をと聞き返す前に兄さんが器用に作り上げていくソレを見て納得する。

「兄さんは無駄に花冠つくるの上手だったよね」
「無駄じゃないだろ〜」

少しだけ拗ねたような、兄さんにしては珍しい子供っぽい表情をしながらも兄さんの手は花冠を作るのをとめようとしない。昔よりも随分と大きくなってしまったその手は細い茎を編み上げて花冠作るのにはあまり向かなそうだった。
私も兄さんも成長したなと感慨深い気持ちになっていると兄さんが優しい声で呟いた。

「咲良は、後悔してないのか」

数秒前の穏やかな気持ちとは一変して、体から熱が引ける感覚がした。何をとは聞き返さなくても言葉の意味はすんなりと理解出来てしまった。
でも私の喉は言葉を、声を忘れてしまったかのようにすぐに否定の言葉を伝えれない。

「俺のためだろ、誠凛に入ったのは。咲良だって、ホントはまだ」
「っ...私もホントに皆と日本一になりたくて、」

"違う"と否定できなかった。
ここで違うと言ってしまえば嘘になってしまう。兄さんが望んでいるのはそんな建前の言葉じゃない事はないことがわかってしまうから、否定したくても否定はできなかった。

「リコにな、咲良が一緒に日本一目指してくれるのは本当に嬉しいけど、でももし誠凛に来たのは何かほかの理由があるなら教えてくれ、大切な友達で仲間だから力になりたいって言われたんだ」

感情が追いついてない私を置いてけぼりにしたまま、兄さんは言葉を続ける。

「リコだけじゃなくてな、日向には咲良を悲しめるんじゃないって怒られるし、伊月は俺たちのために黄瀬に対して怒ってくれたって喜んでたし、小金井と土田は咲良のおかげで練習がすごくスムーズに進んで有難いって言われたし、水戸部は咲良は頑張り屋さんだから頑張りすぎて疲れてしまわないかって心配してたし」

「これだけじゃない、いっぱい色んな俺の知らない咲良のことがアイツらが教えてくれるんだ」

悲しそうな瞳で、微笑みながら兄さんは完成した花冠を私の頭にのせてくれる。

「寂しいんだ。俺が咲良の兄貴なのにアイツらの方が咲良のこと知ってるの」

"だからもっと俺の事も頼ってくれないか"
ソレは私から本音を引き出すのには十分すぎた。

「私、ホントにね、皆とバスケで日本一になりたい」

「でもね、そこにはやっぱりあの子達と果たせなかった約束の代わりにって思っちゃう自分がいるの。最低だよね、あの子達と出来なかったからって兄さんたちの夢に混ぜてもらおうとするなんて」

思い浮かぶのは、中学の頃の仲間たちの顔。私を先輩と呼んで慕ってくれた可愛くて仕方がない後輩達。

「怪我がなかったらって今でも思うの。やっぱりわたし、まだ、弓が、引きたいんだ」

いつの間にか涙がこぼれ落ちる。
事故の後、医者からもう二度と弓道ができないと告げられた時にさえこぼれなかった涙が頬をつたう。

「それでも、先輩や黒子くんたちのバスケをしてる姿を見るとね、皆とも日本一になりたいなって思っちゃうの」

「兄さん、私はどうしたらいいと思う」

今まで1度も口にできなかった私の悩みを吹き飛ばすように満面の笑みで兄さんは私に告げる。

「それが咲良の本当にしたいことならどっちもでいいだ。弓道がしたい、でも俺たちともバスケで日本一になりたい、どっちも咲良には大切なものなんだろう」
「...うん、皆も、あの子達もどっちも大切」
「なら、もう迷う必要は無いだろ」

どっちもでいい、その言葉はストンと私の胸に落ちついた。
1人で悩んでいたことが馬鹿らしくなる。昔から悩み事はいつだって兄さんが一緒に解決してくれたのになんで私はなんでずっと1人で苦しんでいたんだろう。

「ただ、それを咲良さえ辛くなかったらリコ達にも教えてやってくれないか?」
「そのとき、兄さんも一緒にいてくれる?」
「...!ああ、勿論だ!」
「退院したらやけ食いとか私のしたいことに全部付き合ってくれる?」
「ああ、全部兄ちゃんに任せろ!」

今度は差し出された手をとりことができた。大きくて優しくて、いつだって私を引っ張ってくれる人の手をちゃんと握り返すことができた。
ありがとう、兄さん。もう苦しくないよ。もう辛くないよ。だから、これからはまた一緒に歩いていこうね。



だって、兄ですから
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