存在を消して待つ「ただいま」

彼らに逆らえずに労働させられているグリムは夜になっても帰ってこない。
約束の9時が近づき、弟はジャックと待ち合わせしているという鏡舎へ向かった。
弟を見送る時に「なんでミヤがそんなに緊張してんの?」なんて笑っていたけれど、緊張ではなくただ単に強張っていた。

彼らは周到な準備をして今回の事件を起こした。誘いに乗れば、たぶん良いように丸め込まれておしまいな気がする。
それだけで済めば良いけれど何かとんでもない要求を呑まされたらと考えると、グリム達の二の舞にならないように祈るしかなかった。

弟が寮を出てからもうすぐ2時間になる。弟に何かあったんじゃないかって心配になるが、信じて待っていると玄関の扉が開く音がした。
談話室のソファから立ち上がると複数人の靴音と声がして、駆け出す足が止まった。
オクタヴィネルの彼らの声がどうしてここで聞こえるのか、そっと近付き壁越しに聞き耳を立てた。

「なんでオメーらも付いてきてるんだゾ…」
「だって、この寮を担保にアズールと契約したじゃん」
「ユウさんは他のみなさんとは違い、契約時に能力を預けて頂く事ができませんでしたから。
代わりにこの寮を没収させて頂きます」
「にゃに〜〜!?」

グリムと同様に叫ぶところだった。
とにかく落ち着いて冷静にならなければ、彼らのペースに呑まれてしまうと深呼吸を二つすると再び彼らの会話に耳をそばだてる。
どうにも今すぐ身支度を整えて出ていかなければならなさそうだ。
三日後の日没までに写真を持ってくるというのがグリム達を解放する条件のようで、後でもっと詳しく話を聞かないといけない。

弟とグリムが大慌てで談話室を突っ切り自室の方へ走って行った。
私も退去の準備をしなくちゃだなと立ち上がると「ミヤさん」と声をかけられて思い切り後退った。
バレないよう電気を点けずにいたため、暗闇から突然話しかけられて心臓が飛び出るくらい驚いた。
暗闇で見るジェイドさんの笑顔がスプラッタな映画に出てきそうなくらい怖い。

「あはっ、姉弟きょうだい揃ってエビみたいな反応〜」
「ここの管理人である貴方も例外ではありませんよ」
「そーそー、イセエビちゃんも早く準備してね」

暗闇で見る二人の顔がゴーストを初めて見た時より怖くて何も言い返せず、逃げるように自室まで走った。
魔法を使って、部屋の荷物を次々にバックに詰めていく。物が少ないため部屋の荷物はすぐにまとまったが、問題は食材である。
冷蔵庫ごと運び出すしかないだろうかと、姿あらわしで冷蔵庫の前まで来て悩んでいる。

そういえば、オンボロ寮内では普通に姿現し使えるなぁと思考が逸れるとフロイドさんに声を掛けられた。
音もなく現れて背後から声を掛けるなんて、わざとそうしているとしか思えない。

「この冷蔵庫も持ち出していいですか?」
「イセエビちゃんこんな重いの運べんの?…オレたち手伝わねーよ」
「魔法使えば運べます……えっイセエビ?
「そーいや、小エビちゃんと違って魔法使えんだったね。興味ねーから忘れてた」

私に興味のないこの人は他人を海洋生物の渾名で呼び、興味ないわりにはガンガン話しかけてきた。
余程ヒマなのだろうが、「ゴーストが見つからねんだけど」とか「アズールの指示で来たけど気分が乗らないんだよね〜」とか一方的に話すばかりで私の質問には全く答えてくれない。
この人にとって契約者の姉という立場の私は格下なんだろうと、適当に相槌を打っているとジェイドさんが現れた。

弟たちの荷造りが終わったようで、冷蔵庫は持って行っていいかという質問の答えはノーだった。
冷蔵庫は寮の備品に当たるので、担保の一部として持ち出しは許可できないという事だった。
食材に関して検品後に彼らが買い取ってくれるようなので、一瞬"なんだいい人!"と思ってしまった。

荷物を持って玄関に行くと、既に弟達は準備済みのようで私に申し訳なさそうな顔をして待っていた。
後で詳しく話聞かせてと話していると、二人にさっさと出て行けと言わんばかりに締め出された。
アザラシと呼ばれたグリムの叫び声は、寒空に虚しく響き木枯らしに笑われているようだった。

とにかく野宿一択なので雨風凌げる場所を探さなきゃなと考えていると、自分たちを呼ぶ声がした。
エース達が小走りでこちらに向かってきていた。リドルくんに了承を得て、私たちを寮に泊めてくれるという。
四人部屋に寝泊まりできるスペースはなさそうだし、エースとデュース以外の男子がいる部屋で寝るのは抵抗があった。
ハーツラビュル寮は留年者も退学者も居ないために空き部屋がないそうだ。

「なら、サバナクロー寮に来るか?」

ジャックの提案はありがたかったけれど、サバナクロー寮は獣人族も多く香水を使っているとはいえ万全ではない。
エースたちに「ジャックくん優しい〜」と揶揄われていたけれど、どっちにも泊まれない私はどうしたらいいだろうかと悩んだ。

悩んだ末、みんなと別れて私は再びオンボロ寮へと歩き出した。