飛び込んだのはシードラゴンの腹

リドルくんは非常に悩んだらしい。
完全に巻き込まれただけの私を部屋に泊めるのは嫌ではなかったが、女性を部屋に泊めるという行為が問題だったようだ。
リドルくんに性別のことは言っていないのに知られている事実に動揺した。誰かが口を滑らせたんだろう。気をつけて欲しい。

学園長に相談すればなんとかしてくれるのではないかという話も出たそうだけど、12時近くに訪問するなんて非常識な人の頼みを聞いてはくれないだろう。
背に腹は変えられないと、オンボロ寮の扉を開けた。
「もし宿にお困りでしたらご相談ください」という営業トークを思い出しながら、1泊1万マドルかと気が遠くなりそうだった。

「どうしましたか管理人さん」
「忘れ物しちゃった?」
「それとも何かお困りでしょうか」
「オレ達が力になってあげようか?」

ニヤニヤする双子を見て、戻ってくるのを待っていたように感じた。気のせいであればいいけれど、宿泊の話をして支払いは後でも良いか確認すると「アズールと交渉してください」と流れるように言われた。
すぐ払えないと分かっている様子の反応に、判断を間違えたかと冷や汗が流れた。

ここの管理人なら案内しろと遠回しに言われたので、夜中だというのに煌々と寮内の灯りをつけて二人を案内していく。
フロイドさんに本当にゴーストは居るのかとか、つまらないとか文句を言われつつも全て案内し終わるとジェイドさんが「思ったより寮内が綺麗で驚きました」と感想を述べた。
魔法でやれば掃除も修復も簡単だからねと、心の中で思うだけにとどめ「そうですか」と適当に流した。

今度は二人に案内されてオクタヴィネル寮内を歩いている。二人の先導でここまで来たのだけれど、長い足でさくさく歩いていくので着いていくのが大変だった。
鏡を通ると海の中に居たので呆けてしまい、廊下のアクリルガラス越しに見える景色に見入っている所を二人に笑われた。
寮生に奇異の目で見られて居心地が悪かったが、どうやら私が何かやらかして二人に連行されていると思われているようだった。
この二人が寮生からも恐れられてるって、それだけヤバいことしてるのだろう。

「管理人さんを連れてきました」
「ようこそ、おいでくださいました。どうぞ、こちらに掛けてください」
「…失礼します」

ジェイドさんが扉をノックすると、やはり私がここに来るのは想定内らしく直ぐに扉が開き恭しく迎え入れられた。
「何かお困りのご様子ですね」などと分かりきった事を言ってくるアズールさんに、嫌味な人だなと思いながら話をした。

「宿無しの貴方はゲストルームを利用したいが、支払いは直ぐ出来ないので後払いにしたい。という事ですか」
「そうです」
「後払いなんて信用なりませんね。必ず払っていただけるという保証がないと了承しかねます」

弟たちから聞いた話の通り、アズールさんは願いを叶える代わりに対価を貰うようだ。保証、つまり担保ということだろう。
私が彼に預けられるようなものなんて魔法しかないが、一体どんな魔法なら彼は納得してくれるのだろうか。

「イセエビちゃんが差し出せるのなんて魔法しかないじゃん。なに悩んでんの?……さっさとしろよ」
「いけませんよフロイド、管理人さんが怯えてしまいます」

どの魔法にしようかと悩んでいる私に焦れたフロイドさんが圧を掛けてきたが、分かりきったことを言うのでつい睨んでしまった。
「あ"?」と見下ろすように睨まれてから、やってしまったと後悔した。
これ以上何か言われる前に、とっさに思いついた呪文を提示する。"ブラキアビンド"という相手を縛り上げる呪文だ。
アズールさんに野蛮だと言われたけれど、"有事の際"に使えそうだということで取引の担保として了承を得られた。

「取引としてこちらが提示する条件も呑んでもらいます」
「どんな条件ですか」
「まず、監督生さんの取引が終わるまで僕たちの邪魔をしないこと」
「それは弟の取引を手伝うなってことですか?」
「ええ、そうです。それから一ヶ月も待つわけですから、その間、貴方の魔法でラウンジを手伝ってください」
「魔法で、ですか」
「ええ、物を修復したりできるのでしょう?
ふふ、僕は取引条件を変える気はありません。貴方が呑めないと言うのであれば、それまでですね」

私の魔法について調べ上げている様子では分が悪い。アズールさんの条件を変えないという言葉に渋々金色の契約書にサインをした。
それをアズールさんは待ってましたというようにサッと手に取ると、私に見えるように掲げ深い笑みを浮かべた。

「1ヶ月後、支払いが出来なければ貴方の魔法は僕のもの。そして、取引条件に添えなければ貴方も僕の下僕になる。
ふふふ、1ヶ月後が楽しみです」

後ろに立っている兄弟もニヤニヤと笑っていて、今まで気にならなかった彼らの歯が見えて身震いをした。
アズールさんに部屋に案内するよう言われた双子に連れられて、廊下を歩いているが少し距離を開けて歩いている。
さっきのギザ歯が怖いというより、前を歩く二人が無言な上に見知らぬ場所を歩いているので少し不安を感じていた。

貸し出しているというゲストルームは廊下の一番奥にあって、寮の入り口からの道が複雑じゃないのが救いだった。
二人は私を案内すると「じゃーね」と言って、あっさり去っていった。
ゲストルームに逃げ込むように入ると、鍵をかけ片っ端から防衛呪文を掛けまくった。万が一、誰かが入ってきたら音が鳴るようにしたところで杖をしまった。

廊下の窓から見える海も綺麗だったけれど、それが部屋の小窓からも見える。
ツインのゲストルームに一人でいると、世界から隔絶された部屋にいるような孤独感が滲んできた。
ふと、弟たちは無事に泊めてもらえたんだろかと気になった。手伝うなと言われたけれど、今後の計画を聞くなとは言われていないので、明日の朝、聞いてみようと思いながら柔らかいベッドに体を沈めた。