ジェイドさんとフロイドさんは不在なようで、弟たちは再び珊瑚の海に行ったんだなとため息をついた。
昨日、鏡舎に行ったけれど既に弟達はおらず話が出来なかった。
グリムと一緒に押し付けられた仕事をする時も会話が出来なかった。常にジェイドさんかフロイドさんが見張っていたからだ。
でも、今日はいない。自由に動ける。
いつも通り食器の整理をしているとアズールさんと寮生が話しているのが見え、目の前の作業を中断して厨房を出た。
静止の声が聞こえたけれど、一切応えずVIPルームへ急いだ。
「ラギーくん」
「ミヤくんじゃないっスか。悪いけど急いでるんで」
金色の束を抱えてVIPルームをすごい速さで走って行くラギーくんを追いかけた。
金庫ごと破壊しようと思っていたのに、どうしてラギーくんが契約書を持っているのか分からなかった。
走るのが早くて見失ってしまったけれど、ラウンジの出口に向かっていたからきっと外に持ち出すのだろう。
途中、寮生に捕まってしまい忙しいんだから逃げるなと再び食器洗いの仕事に戻る羽目になった。
なんとか隙を見て抜け出して寮の出口に向かって走った。
アズールさんの後ろ姿とラギーくん、そして何故かキングスカラーさんの姿が見えた。
「あ〜〜〜〜!!
もういやだ〜〜〜〜〜〜〜!!!」
一瞬誰が叫んだのかわからなかった。
今までの冷静で狡猾なアズールさんからは考えられないような、悲痛な声音の叫びに足が止まった。
アズールさんの変貌ぶりに現状が理解出来なかったけれど、ラギーくんが手ぶらなのとアズールさんの口振りからして契約書は無くなったのだろう。
黒いオーラがアズールさんから漂い始めた。
契約書がなくなって喜ぶところなのだろうけれど、アズールさんの様子に動悸が止まない。
「そうだ。なくなったなら、また奪えばいいんだ…くれよ。なあ、お前らの自慢の能力、ぜんぶ僕にくれよぉ!」
そう言うと、手当たり次第生徒から何かを吸い取り始めた。吸われた生徒は次々と倒れていく。
私は、アズールさんの魔法をすり抜けラギーくん達に駆け寄った。私を一瞥すると彼らはアズールさんへ視線を戻した。
能力を吸い上げる度にアズールさんから黒いオーラがぶわっと広がり、美しかった海がドス黒く様変わりしていった。
「ああ、ミヤさん。あなたの魔法は素晴らしいです。僕ずっと欲しかったんですよ…だから、ください。
あなたの魔法も、この世界にない知識も、全て僕にくださいよぉ!!!」
魔法を防ごうとした。
けれど、アズールさんの魔力が上回ったのか電流の比じゃない力に杖が弾かれ、体から何か、とても大事な物が吸い取られる感覚がして立っていられなかった。
ああ、私の、わたしだけの、私が努力して作り上げた魔法が空っぽになってしまう。
空っぽになった体を伝う涙の感触と、背中に感じた温もりを最後に私は意識を手放した。
私は、優れた人間ではない。魔法の使えない弟の方がよほど人として優れている。
両親だって日々魔法薬の研究に勤しんでいる。難しい術を使いこなし、複雑な魔法薬の生成方法も頭に入っているため空で作れる。
私は、ただ、教科書通りの単純かつ簡単な事しかできない。
頭のいい両親から生まれたのに劣等な私。それを覆すには並大抵の努力ではどうにもならない。
不出来な私を揶揄い、スクイブだと中傷され、周囲の気遣わしげな視線や言葉さえ、私には嘲りに思えた。
「悩めるだけ良いじゃないか。何とかしたいって思ってるんだろ?」
頬杖をつきながら屈託なく笑った、あの人の言葉は雲の隙間から光が差し込んだようだった。
"
それが開花したのは15歳の時だった。身に付けた知識が授業で生かされ、教授に褒められた。
授業で褒められることのなかった私は、全身にビリビリと甘い電流が走った。何も言葉は出なかったし時が止まったように思えた。
私に勇気をくれた友人にお礼を言うと、キョトンとした顔で「ミヤが頑張ってきた成果だろ?俺は何もしてないよ」なんて言って、二人で笑い合った。
夏季休暇前に弟が交通事故に遭った。私は三日早く特別な許可をもらい、実家に帰省した。
痛々しい弟の姿を見て胸が痛んだ。マグルの学校に通う弟は、魔法で治療することが出来なかった。急に治ると不自然だからだ。
痛みに苦しむ様子や動くのが辛そうな弟を見て、治癒魔法の研究を休暇中に始めた。
唯一無二の友人に手紙を書いた。近況と研究を始めた事をしたためた。今までのように必ず届いていた返事が一切届かなかった。
理由は6年生になりホグワーツに行ってから知った。友人は死んだのだ。死因は呪いだという。
彼の親はアズカバンに収容されており、その人から受けていた呪いだという。
全く知らなかった。周囲の嘲笑や雑談が耳に入らないように生活していたせいで、私だけ友人の境遇を知らなかった。
"悩めるだけ良いこと"
呪いはどんな知識を持った魔法使い、魔女でも解除不能だった。
諦めていたから出てきた言葉なのかと知ったら、自分の愚かさにぐつぐつと怒りが噴き上げた。
その怒りを原動力にして、自分だけの魔法を作り上げた。
そういえば、今年は呪術について勉強しようと思ってたんだ。私の最終目標なのに、忘れてたなんてどうかしてる。
再び、涙が流れた気がした。