スパイシーな毒を召し上がれ

オンボロ寮を出ると辺り一面雪に覆われていた。ホリデーに入った途端、雪が降りだすなんて風情がある。
昨日、鏡舎から寮に帰るまでも日中だと言うのに風が殊更ひんやりしていたのを思い出した。
たった一晩で冬だという実感に浸る余裕はなく、二人と一匹で寒い寒いと言いながら朝一で寮を出た。
校舎の入り口脇にある倉庫を開けると乾いた薪が積まれていた。そこから、薪の束を抱えて大食堂へ向かう。

「オマエたちが暖炉に住み着いてる妖精か…毛皮の芯まであったまるんだゾ」
「火の妖精って小さいのに凄いな」
「グリムの毛皮あったかい」

寮から校舎までの道のりは遠く、此処まで来る間に完全に体が冷えてしまっていた。
寮も学園も適温が保たれているが、冷えた体には暖炉の暖かさは有り難く暫く離れられなかった。
のんびり暖炉の前で暖まっていると、ジュー、トントントンという調理の音が微かに聞こえた。
徐々に香辛料のいい匂いが漂ってきて、ペコペコなお腹を刺激した。

キッチンに行こうというグリムの提案に強く頷く。期限切れ間近の食材はラギーくんが買い取った筈なのにと疑問に思った。
キッチンに着くと、十数名のスカラビア寮生が調理をしていてスパイシーであまり嗅ぎ慣れない、なのにとても食欲をそそる匂いが充満していた。
こんなに寮生が学園に残っているのが意外で、もしかしたらオクタヴィネルの三人のように冬は帰れない国出身の人が多いのかなと考えた。

「ミヤ?それと君たちは確か…ユウとグリムだったか?」
「物覚えがいいヤツなんだゾ!オマエの名前は…」
「ジャミルだ。ジャミル・バイパー。スカラビアの副寮長をしている」

調理を指揮していたジャミルくんとは実は何度か会っている。購買部で軽く言葉を交わす程度だけれども。
話すと良くも悪くもなく普通な態度なのに、口を閉じ一歩側を離れると何故か他者を寄せ付けないような空気を感じる。
もしかしたら、トレイさん達のように寮長に振り回されてお疲れなのかもしれない。
そういえば図書館でも一度会ったことがあると思い出し、確か白髪の"カリム"と呼ばれていた人も一緒だったなと思った。

あと少しで料理が出来るから一緒に食べようと誘われて、喜んで残りの調理を手伝った。
使うスパイスの種類も多い上に入れるタイミングまで決まっているみたいで、知らない国の料理は作るのが大変だった。
けれど、ジャミルくんの指示は的確なためグリムでも失敗することなく作れた。
出来上がった料理を溢れないよう、冷めないように魔法で保護し軽々と寮生が運んでいく。

「なんで冬休み中なのに学園に残ってるんだ?」
「…それについては、話すと少し長くなる」
「長くなるなら、結構です」

グリムが私も少し気になっていた事を聞いたところ、ジャミルくんにしては珍しく歯切れの悪い返事が返ってきた。
弟は余程お腹が空いていたのだろう。話さなくていいという態度に少し笑ってしまった。
そんな私から漏れた笑い声は場違いだったようで、キッチンに残っていた寮生は暗い表情になった。
気まずい思いでいるとジャミルくんが寮生を窘め、気を取り直してスカラビアへ向かおうと言った。

南国気分が味わえるというジャミルくんの言葉にテンションの上がるグリムを弟が止めようとした。
けれど、ジャミルくんに頼まれた弟はあっさり着いていくことにしたようだ。空腹に負けたんだなと思った。
暗い顔をした寮生を見て面倒事に巻き込まれると思い乗り気になれなかったようだけれど、食べたら帰ればいいのだ。

ジャミルくんの言葉通り、冬とは思えないほど燦々と降り注ぐ太陽が眩しい寮だった。ムッとする熱気に、一気に体温が上がった。
談話室らしい場所は広く開放的な作りになっていて、みんなが席に着いた。ジャミルくんが手を叩くと異国の音楽が流れ出した。
この寮の食事はこんなに賑やかなんだなと料理を口にすると、ピリリと舌を刺激した。
辛みもあるが、後からほんのりと甘さが広がる料理もあった。ナッツの入ってる料理は食感も良くて、何より香辛料の香りで食が進む。

「お前たち、なにを騒いでいる?」

歓談しながら食事をしていると図書館であったことのある白髪の生徒が来て、寮生が寮長と呼んだ。
一気に空気がピリッとした。寮生の顔色が悪くなる中、その人は部外者がいる事についてジャミルくんに問い詰めた。
不味い事になったかと思った矢先、空気が一変する。
初めて会った時と別人のような雰囲気で登場したため同じ人とは思えなかったが、この人が寮長のカリムさんだ。
険しい顔で現れたので怒られるのかと思った矢先、朗らかに話しだしたカリムさんに寮生は安堵のため息を吐いていた。

「出迎えのパレードがなくて悪い!
オレはスカラビア寮の寮長、カリム・アルアジームだ。はじめまして…だよな?」
「いいや、初対面じゃない。
お前は入学式でグリムに尻を焦がされたし、マジフト大会の前にも話をしたぞ。
それに、ミヤを強引に勉強に誘ったこともあっただろう」
「あれっ?そうだったか?あっはっは、悪い悪い」

カリムさんはジャミルくんと違って人の顔を覚えるのが得意ではないらしい。
あまり悪びれていないようだけれど、一度見ただけで人の顔を覚えられる方が凄いのだから気にしてはいない。
それよりもカリムさんが国有数の富豪の跡取りだとか、毒を盛られて寝込んだとか恐ろしい話をあっさりした態度で話していて引いた。
もう少し危機感を持った方がいいと感じた。

そんなことより、自分たちが毒味役だったと知って、急に食欲が失せてしまった。
それについては謝罪が欲しいところである。