体にまとわりつく熱気に顔をしかめながら寮内を進む。
昨日、魔法の特訓をした場所や課題をした場所などを見て回ったけれど、どこにも人影はない。
膨らんでいた焦燥感が萎んできて足を止めると、息遣いが反響して戻ってくるような静けさが広がっていた。
胸の内の焦燥は疑問になる。カリムさんは寮生を実家に帰すことを決めていて、それを夕食の時に話すと言っていた。
寮生が居なくて静かなのかもしれないが弟とグリムが居ないのは説明がつかない。カリムさんに誘われて熱砂の国に行ったのだろうか。
もし強引にそうなったとしても、ジャミルくんが何らかの形で伝えてくれるはずだ。彼はそんな無責任な人ではないと思っている。
廊下に突っ立って考えていると、微かな太鼓のような音が聞こえてきた。徐々に異国情緒を感じる音楽になり、音がする方へ走った。
やがて音楽は止まったが、方向はわかっている。でも、どうして砂漠が広がっている方向から聞こえてきたの。
「カリムさん!!」
「ん?お前は確か、ミヤだったか」
私は足を緩めず、体当たりする勢いでカリムに掴みかかろうとした。けれど、ジャミルくんに止められてしまった。
肩を強く掴まれているけれど、私は感情的なまま驚いているカリムを問い詰めた。帰省するはずじゃなかったのか。なぜ砂漠から来たのか。なぜ弟たちは昨日帰ってこなかったのか。
早口に捲し立てる私の言葉をカリムは理解できないのか、混乱する様子で要領を得ない言葉しか発せない。
「ミヤ、一旦落ち着いてくれ。
監督生たちを帰せなくて悪かったと思っている。知らせにもいけなくて、悪かった」
「……いや、うん。そうだね、それについてはもういいよ」
カリムさんに代わってジャミルくんに諭すように言われて少し落ち着いてきた。
ジャミルくんは朝食の準備やらで他の寮生を向わせ、弟達はまたカリムさんの案内で談話室まで行くらしい。
カリムさんからちゃんとした理由を聞きたかったけれど、私が彼に掴みかかろうとしてしまったからジャミルくんに警戒されてしまったのだろう。
ジャミルくんから、カリムさんが情緒不安定で突然横暴になったりして寮生から不満の声が上がっている話と、その問題解決のために弟に協力してもらっていると聞いた。
なんで弟がそんな問題に首を突っ込んでしまったのかは後で聞くとして、砂漠の行進の話を聞いて私の心は再び穏やかでなくなった。
ジャミルくんが私の怒りに気付いて宥めてくれたので、朝食の場で再開しても勢いのまま問い詰めるなんて事にはならなかった。
それに、今のカリムさんは朗らかなのだ。きっと、彼の中で寮長としての責任や寮生を実家に返すという気持ちが混在していて何かの弾みでスイッチが入ってしまうのだと、自分の中で結論づけた。
「おい、お前たち……
いつまで食ってるつもりだ?王様にでもなったつもりか!?」
アイスクリームを用意してあるからとジャミルくんと一緒に取りにいったカリムさんが戻ってきた。
その手にはアイスクリームは持っておらず、さっきまでの態度と一変して今すぐ特訓だと言い出した。
あまつさえ弟達も夜まで一緒に防衛魔法の特訓だと言うのだから、黙っていられなかった。
「ちょっとカリムさん!他寮の生徒まで巻き込むなんて横暴だと思います!」
「なんだと?」
「おい、ミヤやめてくれ」
またしてもジャミルくんに止められた。グリムはまだしも弟まで特訓に参加するなんて認められないため、腕を離して欲しくて抵抗した。
けれど、弟に魔法を受けさせたりしないから今は堪えて欲しいと何故か私がジャミルくんに説得されてしまった。
カリムさんには私まで参加するように言い去って行ったけれど、私は生徒が怪我をするような魔法などは使えない。
こんな馬鹿げた理由で再び杖を没収されたくはなかった。それに、魔法が使えないと寮生に思われているならそういうフリをするのが良いだろう。
「よし!今日はここまでだ!さっさとメシを食って夜も9時まで特訓だ!」
訓練を終えた生徒は皆一様に疲労の色が顔に出ている。こんなことを休暇中ずっと繰り返していたら倒れる人が出てくるだろう。
その前に、暴動が起きてしまうかもしれない。
こんな面倒なことに進んで首を突っ込むなんて、弟にしてはお人好しすぎるなと考えているとジャミルくんから夕飯の準備を手伝って欲しいと頼まれた。
カリムさんの怒りを買わないよう急いで準備をしなければと、キッチンはとても忙しそうだった。
調理は出来ても味付けは不安しかなかったが、そこは全てジャミルくんがやってくれた。
昼食の時とは打って変わって静かな空気で素早く食事を終えると、みんなでテキストを広げて課題をした。
午前中の疲労もあって、うとうとしてしまう生徒もいたが隣の生徒が小突いたりしてカリムさんの逆鱗に触れないよう細心の注意を払っていた。
課題のない私は、ジャミルくんの横で同じようにテキストを見せてもらっている。
ジャミルくんの好意で勉強している風を装っているけれど、テキストの中身はさっぱりわからなかった。
ジャミルくんは隣ですらすらとペンを走らせていて、その滞らないペンの動きに感心する。
どう見てもカリムさんよりジャミルくんの方が優秀そうだ。
寮長は寮生を導く(ホグワーツでいう監督生のような)存在なのだから、落ち着いて指示を出せるジャミルくんの方が向いてるのになあ。と考えながら顔を見ていると目が合ってしまった。
「見過ぎだ」
「………ごめん」
ハァとため息を吐いたジャミルくんに、呆れて小言を言われてしまうかなと思っていたのに笑われた。
いや、笑顔になった。の方が正しいのかもしれない。
私は直ぐに逸らしてテキストに目をやったが頭の中は今の笑顔でいっぱいだった。
ジャミルくんは、いつも周囲に気を遣っているからか笑っていても隙が無い。けれど今のは違って見えた。
ちょっと困った様に眉が寄せられて、なんだろう、少し柔らかい顔に見えた。
胸がざわざわして落ち着かなくて、私は目の前のテキストを両手で持ち一文字一文字目で追う様に読んだ。
『魔法科学とテクノロジー』という新しい学問は、全く頭に入らなかった。