迷子の猫は蛇に勝てるか

カリムさんの横暴さは夜が明けても続いていた。
昨日までは朗らかな様子も時々見られたけれど、砂漠の行進やその後の課題や特訓中も厳しいカリムさんのままだった。
砂漠の行進の折り返し地点で、干上がった砂漠から水を汲めと言われた時は正気を疑った。
代わりに私が水を出そうと杖を取り出したらジャミルくんに腕を掴まれ、危害を加えるとまた勘違いされたと焦った。
水は用意済みだと言いたかっただけのようなので、少しホッとした。彼とは険悪な関係にはなりたくない。

今は寮の空き部屋で囚人生活二日目である。弟たちは、別の部屋で地道に床を掘って脱出を図っているようだ。
私は鍵開けの呪文を使えば簡単に脱出できてしまうのだが、昨日は無理だった。
部屋を出ようとしたら急に騒がしくなり様子を伺っていると、脱走した寮生が見張りの生徒に捕まっていたのだ。
計画的に出なければ生徒に怪我をさせてしまうと思い昨日は諦めた。

昨日の夜は、見張りがどういう頻度で前の廊下を通るのか観察した。
一方通行的に等間隔で通り過ぎるのが分かったので、通り過ぎて数秒経ったところで鍵開けの呪文を使って扉を開けた。
見張りが丁度廊下を曲がり終わったのを扉の隙間から確認すると、素早く出て目的の部屋まで走った。
消音の魔法を使って足音を消したので、姿を見られない限り脱走がバレることはない。

寮の部屋にはいくつか種類がある。四人部屋、二人部屋、一人部屋。それぞれ扉の装飾が異なっている。
その中でも一際豪華な装飾が施されているのがあった。中を確認したことはないが、おそらくこの部屋が寮長の部屋だと確信している。
彼がアジーム家の跡取りというのなら、それ相応の豪華な部屋が用意されているだろうと考えた。

開けアロホモーラ

豪華な扉は重かったが、何の音も鳴らすことなく静かに開くことができた。扉を閉める時に少しカチャと音が出てしまったけれど、部屋の主が起きることはなかった。
私はベッドで寝ているカリムさんに近づくと杖先を向けた。どくどくと耳元で鼓動が鳴っている感覚を払拭するように頭を振って杖を構え直した。
大丈夫。これは生徒を傷付ける呪文じゃない。カリムさんも寝ているから、昔の夢を見た程度に感じてくれるはず。
最後のは希望的観測だけれど、大丈夫。誰も傷つかない。

開心レジリメンス

カリムさんを変えてしまった原因がわかればいいと思った。
躊躇してしまったのは、誰かの過去や思考を覗くなんて事をしたら人間関係が崩れてしまうからだ。
勝手に分かってしまう人もいるようだけれど、私は意図的にしているのだから最低な行為に違いない。
けれど、このままの状態がホリデー中ずっと続くのは耐えられそうにない。
スカラビア寮がどうというわけじゃなくて、弟が意思に反して巻き込まれているのが我慢ならないのだ。

カリムさんの記憶を除いた私を真夏の太陽のような明るさと温度が容赦なく襲った。とても、眩しい記憶だ。
両親に愛されて、兄弟に慕われるカリムさんは寮生が語った人柄と何も変わらない。
小さい頃のカリムさんがジャミルくんと楽しく遊んでいた。遊ぶというより勝負のような光景だ。
どの勝負もジャミルくんが勝っていて、彼は得意げに笑っていた。今のジャミルくんからは想像できない表情で、本当に楽しそうに笑っていた。

コロコロと場面が変わる中、変わらずキラキラと輝いている記憶の中で唯一変化していったのはジャミルくんの表情だった。
その表情は、今の彼と変わらない。つまらなそうに何かに耐えるような顔をすることが増え、呆れや焦る表情も増えていった。
それはとても気掛かりではあったけれど、これがカリムさんが変わってしまった原因になり得るのだろうか。

「カリム、俺の目を見てくれ」

記憶の中のジャミルくんはカリムさんにそう言う場面が何度かあった。その言葉の後は何もない。突然、場面が変わってしまう。
ジャミルくんの目に何かあるのだろうか。カリムさんの記憶にはそれ以降何があったのか読み取ることは出来なかった。
流れ込んでくる記憶の波に酔い始めた。そろそろ限界かなと思っていると、突然杖腕が掴まれ後ろに捻られると床に押しつけられた。

「何をしているんだ、ミヤ」
「ジャミル、くん」
「答えろ。カリムに何をした」
「く、るしい…」
「仕方ないな」

ジャミルくんは私の手から杖を抜き取ると、拘束を解いた。締め上げられた腕が痺れてるようで感覚が曖昧になって力が入らない。
盲目的にジャミルくんは信頼できると思っていたけれど、カリムさんが変わってしまった原因にジャミルくんは無関係では無いような気がしてきた。
ジャミルくんがカリムさんに何かをしたとは、家のこともあるので考えにくいのだけれど。

「ふむ…ただの棒に見えるが、微かに魔力を感じるな」
「カリムさんには、まだ何もしてない」
「そうなのか?嘘でないのなら俺の顔を見て言ってくれないと判断し辛いな」
「…嘘じゃない」
「そうかーー
 『瞳に映るはお前の主人あるじ
 『尋ねれば答えよ、命じれば頭を垂れよーーー蛇のいざないスネーク・ウィスパー』」

ジャミルくんの目を見た瞬間から、あの時感じた何かに支配されるような感覚がじわじわと脳内を侵食していった。
前回同様、閉心術を使用するが魔力量の差がでた。頭にモヤがかかったように、ぼんやりしてきて何も考えられなくなった。

「フッ、なんだ。効くじゃないか。前は効かなかったからな。一か八かの賭けだったが問題なかったな。
やはり、呪文を口にした方が効力がある」

笑いを抑えられないとでも言うように口角を上げるジャミルは、ミヤの頬に手を当て自分を見上げさせた。
ミヤは操り人形のように一つの抵抗もなく、感情のない虚な瞳がジャミルを見上げた。
そんな姿を愉快だと言うように笑むジャミルが口を開いて何かを耳元でささやいた。

「承知しました。ジャミル様」

そのまま連れ立ってカリムの部屋を出ていく。カリムは寝苦しそうに眉間にシワを寄せると、寝返りを一つ打った。