静寂を裂く、高らかな一声

目が覚めると見慣れない天井が見えて、ああ、そういえばスカラビア寮に泊まっていたんだと思い出したところで飛び起きた。
昨日の夜、ジャミルくんに見つかってどうなったんだろう。
嘘かどうか目を見て言えといわれた。そのあと、どうしたんだったか。
ジャミルくんに何か話した気がする。内容は、あまり覚えていないけれど、その後は部屋まで連れてこられて寝たんだと思う。覚えてないけれど。
話した内容はたぶん、カリムさんに何かをしたのかどうかだろうけれど、詳しい中身を思い出せない。
一体何を話したのか自分のことなのに思い出せない。

ジャミルくんには何かあると、記憶を覗いてから考えている。
私の記憶があやふやなのは彼に何かされたからだと思う。けれど、何をされたのかは分からない。
カリムさんが同じ事をされたとはジャミルくんのカリムさんの身を案じる言葉からしてあり得ないと考えてしまう。けれど、それが間違っていたらジャミルくんがカリムさんに何かしているとしか考えられなくなる。
あの時の身を案じる言葉は心配からでなく、カリムさんが私に何かされるとジャミルくんが困るからだったとしたら。

考えていても始まらないので談話室に向かう。部屋を出て弟の部屋を覗こうとしたら床に穴が開いていた。
弟たちは脱出に成功したようだったが、あまりの穴の小ささに弟が生きているか心配になった。

「カリムさん、おはようございます」
「おはよう、ミヤ!」

まだ集合時間には早いから、談話室にはカリムさんしか居なかった。みんなギリギリまで休んでいたいのだろう。
むしろ、誰もいないのは好都合だ。寮生が来てしまうまであまり時間はない。カリムさんに最近おかしな事はなかったか早く確認したい。

「なあ、ミヤは監督生と兄弟なんだろ?歳は離れてるのか?」
「いえ、弟とは一歳しか違わないですけど」
「なんだ俺と同い年か!なら、なんでそんな畏った喋り方してるんだ?もっと気楽に話してくれていいぜ」
「じゃあ、これからはカリムくんって呼ぶ」
「おう!」

褐色の肌と白い歯のコントラストがカリムくんの笑顔をより眩しくしていた。
朝日のせいもあるかもしれないが、とにかく、にっかり笑うカリムくんは真っ新なお日様のようで目を細めずにはいられなかった。
こんなに気作な人が理由もなく豹変して横暴な人になるなんて思いたくない。
でも、そうしたら誰かがカリムくんに何かしたのを肯定することになる。それが誰かなんて考えたくなかった。

「ねぇ、カリムくん。聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?俺に分かることか?」
「最近、記憶が曖昧になることってある?」
「ん〜、よくわかんねーけど記憶はちゃんとあるぜ」
「そうなんだね、実は昨日の夜寝る前の記憶が朧げで…」
「眠かったんじゃないか?
俺も頭がぼーっとして、気付いたら時間が経ってる事があってさ…いつの間にか昼寝してるんだろうな」

"頭がぼーっとする"ことや"気付いたら時間が経過"というのは、私の症状と似ているが同じではない。違ったのかなと考えていると、複数の足跡が聞こえた。
もう少し詳しく話したかったけれど、寮生が来てしまっては中断するしかないなと残念に思っていると、カリムくんが意外な人物の名前を口にした。
驚いて振り向くと、そこにはオクタヴィネルの三人、ジャミルくん、弟とグリムがいた。

「こんにちは。ご機嫌いかがですか?カリムさん」

アズールさんはぺらぺらと寮の素晴らしさを語りながら、ちらと彼の商魂と皮肉が現れていた。
私はジャミルくんが気掛かりで様子を伺うと、少し怒っているように見えた。
それは私の行動を怪しんでいるように思えた。たとえ、カリムくんに危害を加えるつもりが無くても、部屋に侵入したのだから怪しまれるのは当然だ。
変に誤解されないようジャミルくんの事は気にしないようにしようと、自然体を意識した。

ふと耳に入った「絨毯を捕まえた」というアズールさんの言葉に視線を戻すと、カリムくんに手渡しているところだった。
勝手に逃げ出す絨毯って何だろうと見ていると、くるくる巻かれた大きな絨毯の房飾りが揺れた。
まるで、手を振るようにひらひらと不自然に揺れている。
生き物のような絨毯を凝視していると、カリムくんが空飛ぶ魔法の絨毯だと教えてくれた。

「僕から提案があるのですが」

どうやら話の腰を折ってしまったようで、アズールさんは咳払いを一つした。
『オクタヴィネルとスカラビアで親睦を深める合宿をしませんか』
その提案に乗り気なカリムくんに反対するジャミルくん。ジャミルくんは矛盾するようなことを言いながらも、必死に反対理由を述べている。
それより驚いたのは、あっさり引いたアズールさんだ。彼らはわざとらしい程に肩を落とした様子で出ていこうとする。

「はあ〜〜〜〜ションボリ」

背中というか身体中に"引き止めてください"と書いてあるような、あからさまな態度に待ったをしたのはカリムくんだった。
ジャミルくんは大きなため息を吐いていて、私も苦笑してしまった。
特訓だけでなく料理から掃除の手伝いまで任せてくださいという彼らに、一体なにを企んでいるんだろうと訝しんだ。
ジャミルくんも同じなのかもしれない。大きなため息を吐いていた。

「スカラビアのみなさん。どうぞお手柔らかに。フフフ」

アズールさんの不敵な笑みを全く気にしないカリムさんの特訓開始の一声で、寮生全員の気が引き締まった気がした。
今日も、あの地獄の特訓が始まるのかという恐怖による緊張だった。
弟と一緒に傍観していようとした私を呼び止めたフロイドさんによって、半強制的に特訓に参加する羽目になった。

「ねぇ、本気でやってる?つまんねーんだけど」

フロイドさんに付き合うのに面倒くささを感じたので、縄でぐるぐるに縛ってしまおうと呪文を唱えた。
しかし、それは彼の魔法であっさり逸らされ隣で特訓していた生徒がぐるぐる巻きになった。
それを見たフロイドさんが腹を抱えて笑いだすと辺りがシンと静まり返り、寮長の動向を気にして全員の動きが止まった。
寮生の心配は不要だったようで、カリムくんは一日中ずっと機嫌が良く人当たりの良い、人の話を聞かない朗らかな彼のままだった。