今日のカリムくんは終始機嫌が良く、昨日までの厳しい態度は一切取らなかった。彼は本来こうなのだろうなと感じた。
寮生は、朗らかなカリムくんを見ても安心する事はなかった。寮長の機嫌を損ねて厳しい特訓になるのは、当然ながら避けたかったのだろう。
一日の特訓を終えて、それぞれが部屋に戻っていく。オクタヴィネルの三人は、他に空き部屋がないという理由で弟と同室になった。
狭いからとフロイドさんが私の部屋に泊まると言い出したのをジェイドさん以外の人が全力で止めていた。
フロイドのお目付役として僕もと悪ノリしたジェイドさんに手を焼いている弟達をそのままに、適当に挨拶して部屋に入り鍵をかけた。
冷たいと扉の向こうから声が聞こえ、扉を叩く音が響いたけれど相手にしなかった。ただの暇つぶしで来ただろう人がいると自由に動けなくなるから嫌だったのだ。
今日は、頃合いを見てジャミルくんの部屋に行くつもりなのだ。
彼が眠っただろう時間に部屋に侵入する。ジャミルくんの部屋はカリムくんの隣だと当たりを付けている。
もし寝ていなければ、適当に理由をつけて遊びでも勉強でも付き合わせて隙を見て開心術を掛ける。
出来るかわからないけれど、説得をしてやめさせたい。
コン、コンッーーー
誰かが部屋の扉をノックした。諦め悪く、狭いから泊めてとでも言いに来たんだろうか。
鍵開けの呪文を唱えてから扉を開いた。その先にいたのは、フロイドさんでも弟でもなくジャミルくんだった。
扉に添えていた指が緊張でぴくっと動いた。扉をほんの少しずつ閉めながら、何か用事かと訊ねた。
「こんな時間にすまない、寝ていたか?」
「ううん。なかなか寝付けないでいたの」
「それなら、これを読むといい。前に言っていた本だ。思い出したから、忘れる前に渡しておこうと思ってね」
「そういえば、そんな話してたね」
「なんだ忘れてたのか?意外と忘れっぽいんだな」
警戒していたのが馬鹿らしくなるくらいジャミルくんは普通だった。今朝は厳しい目をしていたけれど、私のせいじゃなかったのかもしれない。
オクタヴィネルの三人が何かしでかさないかと気を張っていただけなんだろう。そう思うと少しホッとした。
ジャミルくんから本を受け取ると、ジャミルくんにお礼を言おうと顔を上げた。
「わざわざありがとう」
「いや、いい………俺のためだからな」
判断ミスをした私の頭はモヤが掛かったようになり、思考から指先や足の先まで全ての支配権を奪われた。
ジャミルくんから約束の本を受け取ったのだから、もう寝よう。明日も朝から砂漠を行進しなければならないのだから。
さっさと寝てしまわなければならない。本を乱雑に棚の上に置き、体をしっかり支えてくれる少し硬めのベッドに背中を預けて目を閉じた。
「起こしに来てやるから朝までぐっすり寝ていろ。おやすみ、ミヤ………フフッ」
扉がカチャと優しい音を立てて閉まった。
それから程なくしてミヤは、強制的な睡魔に襲われて深い眠りに落ちた。
ドン、ドンドンーーー
「やっぱり寝てますよ」
「起こせばいいじゃん」
「就寝中の女性を起こしたくはありませんが…ミヤさんだけ仲間外れなんて僕には出来ませんからね」
「ミヤ、鍵掛けの呪文唱えてたから開かな」
「鍵かけてないじゃん、無用心だなー」
「え?」
ユウ、グリム、アズールとフロイドがジャミルの所へ行く前にミヤも誘おうと部屋に来ていた。
アズールは心苦しいと言っているが、ミヤも誘おうと言い出したのは意外にも彼だった。
ユウにとっては、そんなことよりもミヤは確かに鍵掛の呪文を唱えていたはずなのにと不思議でならなかった。
見間違いだろうと気にせずベッド脇まで歩いていく二人に、ユウは慌てて追いかけた。
「こんだけ揺すっても起きないなんて、よっぽど疲れてたんだゾ」
「…んー、そうかもね」
「…これ以上は時間の無駄でしょうからジャミルさんの部屋へ急ぎましょう」
魔法を掛けられたばかりのミヤは、外部刺激より魔法の効力の方が勝って起きることができなかった。
オクタヴィネルの二人は、寝ているからと遠慮などせず足音に気を配らずに部屋から出て行く。
部屋を出たフロイドはマジカルペンを取り出し、ちょちょいっと鍵掛けの魔法を掛けてやった。
それを見たユウが姉に代わって礼を言うと「別にこれくらいはね〜」と返事をされ、これを見たアズールはため息を吐いていた。
ユウは何か違和感を感じて首を傾げたが、その違和感の理由を知ることはなかった。
窓からうっすらと、白い光が差し込み朝が来た事を告げた。
ミヤは、夢を見ることない深い眠りから覚めた。よく寝たはずなのに、頭はスッキリしていない。
緩慢にベッドから降りると棚の上の本に気付き、昨夜のことを思い出した。
ジャミルくんに魔法を掛けられたんだと気付いて、あまりの情けなさに汚い言葉を吐きそうになった。
ジャミルくんは黒だ。彼がカリムくんに魔法を掛けて操っているとしか思えない。
こんな服従の呪文より強力そうな魔法が存在して、それを誰にも知られることなく一生徒が使用しているのかという不安と恐怖が、足先からじわりじわりと這い上がってくる。
コン、コンッーーー
ハッとして扉を見た。扉の向こうから、何となく不穏な空気を感じた。
それはもしかしたら、私の感情から生まれた感覚かもしれないがノックに応じない方がいいと思った。
それに、私は寝る前に鍵掛の呪文をかけたから大丈夫。魔法で掛けた鍵は同じ術者の魔法でしか開かない。
あれ、待って。そのあとジャミルくんが来て鍵を開けたあとは、そのまま寝ちゃったんだ。
ということはーーーーー扉が勢いよく開かれた。