君が見つめる先にあるもの

「イセエビちゃん、カットの仕方雑じゃね?」
「すみません」
「あっちで鍋混ぜてる小魚ちゃんと代わって。混ぜるだけだから、勝手に味付けしないでね」
「…はい」

談話室から廊下で繋がった所にあるキッチンで、スカラビア寮生とフロイドさんと一緒に朝食を作っている。
どうしてこうなったかというと、フロイドさんが早朝に部屋を訪ねてきて何も説明がないまま「今から小魚ちゃん達と朝食作るからイセエビちゃんも手伝ってよ」の一言で部屋から連れ出されたのだ。
寮生達も初めは戸惑ってはいたものの、指示は端的な短い言葉で分かりやすく調理しながら次の指示を的確にくれるので、誰一人として調理の手が止まることがない。

フロイドさんの指示で順番通りに調味料や香辛料を鍋に入れて仕上げをしていると、ジャミルくんが起きてきたようでフロイドさんと話をしている。
指示された通りにやらないとフロイドさんに怒られるので調理に集中する。火を止めてコンロから下ろしたら軽く混ぜて、このスパイスをひとつまみいれる。

「カリムは俺の作ったものしか食べないんだ。毒の心配があって…」
「は〜?なにそれ、オレより偏食かよ」

アジーム家の跡取りってだけで毒盛られる可能性があるなんて何時代だよと思ってしまった。こういうのもお国柄というのだろうか。
ジャミルくんが味見をすれば問題無い、という理由わけで一口ずつ毒味をしてもらう。
毒味が済んだ料理を談話室に並べていると、アズールさんが来てカリムくんに提案したという特訓の改善案を説明し始めた。
どうやら、朝の行進は無くなるようで安心した。寮生も暗雲から突然陽光が差したような顔をしている。

カリムくんを筆頭に弟たちが揃うと、みんな一斉に食事が始まった。スープを美味しいと言ってくれて、指示通りにやっただけだけれど少し嬉しかった。
昨日までは一言も喋ることなく、ただ食べ物を胃に詰める作業のような食事だったが、みんな楽しそうに歓談しながら食事を楽しむことができた。

食後は休憩も兼ねて20分ほど間を開けてから談話室に集合して午前の特訓が始まった。
今まではただひたすらテキストと睨めっこしたり、実際に魔法を使用するような"とりあえず全力"というような訓練であった。
しかし、アズールさんの勉強法は苦手な人でも出来るような理にかなった方法のようで、苦手な寮生や集中力が続かない生徒も皆前向きに取り組んでいた。

その後の実戦訓練も、みんな楽しそうに試合をしていた。昨日のようにフロイドさんに誘われたけれど、今日はきっぱりと断らせてもらった。
つまらなそうにしていたけれど、やられたらやり返してしまいそうなので参加したくなかった。

「試合って楽しいよな、特訓の成果が試せるし」
「はい、寮長!」

寮長の問い掛けに答える寮生からは、朝のような戸惑いや怯えは一切なくなっており心の底から賛同の声だった。
そんな、誰もが喜ぶ光景に表情を曇らせる人物がたった一人いる。私は、ジャミルくんが事態が好転する度にため息を吐いているのを見ていた。
本人は気付かれないように小さくため息を吐いているようだけれど、注意して見ている人には分かってしまう。

ジャミルくんがカリムくんを魔法で唆したり操ったりしていたのだと確信したのは、食後の寮生たちの会話を聞いたジャミルくんの顔を見てしまったからだ。
寮生は口々に今日の合宿を有意義だと好意的なことを言っていたのだが、それを聞いていたジャミルくんの顔は怒りで歪んでいた。
腹の中に抱えている怒りが沸々と湧き上がり、少しの刺激で噴火する火山のような様に身震いをしてしまった。
今のジャミルくんとカリムくんを二人きりにしてはいけないと思った。

食後の休憩中はカリムくんに寮内の案内を兼ねて散歩をし、午後の勉強はジャミルくんの動向に気を配りながら、弟の隣で一緒に勉強していた。
私が学んできた事とは、やっぱり内容が違うなと思いながら1時間以上が経過したところで、もう少ししたら休憩にしましょうとアズールさんから声がかかった。
課題が一番進んでいるという理由から、アズールさんとジャミルくんがお茶の用意をしに談話室を出て、廊下で繋がったキッチンへ向かった。

「アズールさん大丈夫かな」
「いつも他人ぼくにやらせるアズールですが、さすがにお茶の準備くらい出来ますよ」
「あっ、そういう事じゃ無いんですけど…まあ、アズールさんは警戒心強そうですし大丈夫かな」
「もしかしてミヤさん何かご存知なんですか?」
「いや、知っているというか…体験したというか」

確信しているけれど、本人に確認したわけじゃ無い。それに、信頼している人からそんな事をされていたなんて酷く傷つくと思った。
ちらっとカリムくんを申し訳ない気持ちで見た。
それ以上追求してこないので、私の行動だけで察してくれたんだと振り返ったら電話していた。
私の視線に気付いたジェイドさんが手招きをし、スマホをツンツンと叩いた。
何だろうかと近寄って、ジェイドさんの耳に当てられているスマホに耳を近づけた。

ハッと息を飲んだ私に、ジェイドさんが何も言うなと唇に指を当て指示してきた。
私は黙ってスマホに耳を傾けた。
そこからは、ジャミルくんとアズールさんが話している声が聞こえてきていた。