報酬はキャッシュで!

雪がまだ残ってるなあと部屋の掃除を終え窓際に置いてあるソファに座って外を眺める。
この前、弟が話していた文化祭のことが頭をかすめて溜息が出た。待ち遠しい。まだ一ヶ月も先だというのに学園内が賑やかになるのを想像しては、わくわくしている。
弟たちのオーディションは、とにかく頑張ったと言っていた。他の人のレベルはわからないけれど、賞金が出るのだから生半可な歌とダンスでは合格しないだろう。
グリムは絶対に受からないな。それできっと、オレ様が不合格なんて見る目がないとか騒ぐのかななんて考えた。

「悪くない眺めですねえ」
「びっっっっっくりした!!!」
「距離が近いんですから大きな声出さないでくださいよ、びっくりするじゃないですか」
「それはこっちのセリフです!いきなり現れないでください」

振り向けば隣にカラス…のようなマスクをつけた学園長が座っていた。気配を消すのが上手いのか影が薄いのか知らないけれど、いきなり現れたわけではないらしい。
寿命が縮んだんじゃないかってくらい心臓のドキドキが治らない。いったい何の用だと訝しげに見ると、本当に距離が近いなと気付いてソファの端ギリギリまでお尻をずらした。
気にせず話し出した学園長の言葉に、またかとうんざりする。拒否権なんて無いんだろうと聞いていれば、今回は案外悪くない提案だった。
私が魔法でどうにもできない、水回りのリフォームを経費でやってくれるという太っ腹。優勝した暁には、協力してくれた礼として二人分の賞金142万マドルが手に入る。今までで最高の見返りだった。

「場所の提供だけで私は何もしなくていいんでしょうか」
「食事などの生活面でのサポートをお願いします」
「それって、仕事着で?」
「もちろんです。お仕事ですから」
「あの………やっぱり"オンボロ寮の管理人は女"ってバレてますか」
「何を今更なことをおっしゃっているんですか」

今までも人の視線を感じる事はあった。それは図書館であったり購買部であったり場所は様々で、時々見られてるなとしか思っていなかった。
それが、最近は敷地内を歩いているだけで人の視線を感じるようになったのだ。そんなに変な格好してるかなとか、香水ちゃんとつけてきたよねとか、その程度しか気にしていなかった。
数日前、図書館で本を探している時に本棚の裏から、「オンボロ寮のアイツと一緒に住んでる人いるだろ」「たまに見かけるよな」「その人アイツの兄貴だって言われてたけど女らしい」「マジ?ずっと女顔の男だと思ってた」という会話が聞こえてきたのだ。
それから、そういう陰口のような会話を耳にする機会が増えてきて弟からも心配されたのだ。むしろ変装らしい変装も碌にせずにいたのに、今までよく女だと噂されずにいられたなと思うくらいなので、生徒に噂されるくらいは気にしていなかった。

「あれほどバレないようにと言ったんですけどねぇ………何か問題が起こったりしてませんよね?」
「起きてはいませんけど、もしかして私、学園にいられなくなりますか?」
「最悪そうなりますねぇ、そうなってしまったら学外に住めるよう手配してあげてもいいです。私、優しいので」

一瞬、それなら全然問題ないなと思ってしまった自分を脳内で引っ叩いた。弟を一人残していく事の心配と、元の世界に戻るためには最初目覚めた場所から離れない方が良いだろうから。
学園長のいう最悪が何かはわからないけれど、バレてしまった以上は問題を起こさない様に気をつけようと思った。
学園長は合宿の件だけを伝えるとサッサと寮を出て行った。学園祭の前に自分にとっての非日常が始まる気がしてワクワクする。
部屋は寝泊り出来るように片付けは済んでいるけれど、文句の付けようが無いくらい綺麗にしてやると気合を入れて玄関から個室まで丁寧に掃除した。


ビーッ!


ぼんやりした頭に呼び鈴の音が響いた。ああ、寝ちゃってた。もう夕方かと体を起こして伸びをすると、再び呼び鈴が鳴った。
ここに来たばかりの頃は呼び鈴が壊れていて、よくドアの叩く音で起こされたなあと思いながら来客用に着替えて玄関扉を開けた。
そこには、それはそれは整った顔をし煌びやかな空気を纏った人が立っていた。呆気に取られていると、貴方がここの管理人かと聞かれて慌てて返事をした。
ヴィル・シェーンハイトという男子生徒はオンボロ寮の管理人である私に、合宿期間中の協力を申し出てきた。

「三食全てここでとるんですね」
「あなたの弟から料理が出来ると聞いたけれど、ここに書いてある料理は作れるかしら」

ヴィルさんから渡された冊子には朝から夜までのメニューが細かく記載されていた。調理自体は難しく無さそうだったが、分量から使用する食材まで細かく決められていた。
調味料なんかは寮に無いものもあるが、それらはヴィルさんが全て手配してくれるそうで調理の事だけ考えていれば良いと言われた。
それなら何の問題もないと頷くと、明日の昼には食材が届くから夕飯から準備よろしくと言って帰って行った。

ヴィルさんの美しさに圧倒されてしまい、扉が音を立てて閉まった瞬間はぁ〜と大きく息を吐いた。とても緊張した。
気分を落ち着かせるため、手渡された冊子をめくっていく。詳しくは無いけれど、栄養バランスはもちろん摂取カロリーまで考えてあるようだ。
ヴィルさんの徹底振りがじわじわと分かってくる。厳密に作らないと恐ろしいことになりそうだと、身が引き締まる思いだ。

帰宅した弟に合宿の話をしたら、学園長にマネージャーとしての雑用を押し付けられたという話をされた。
まあ、それよりも驚いたのはエースとデュースがオーディションをパスしたことだ。あの二人が歌って踊る姿は想像できない。まあ、グリムよりはマシかもしれないけれど。