ここは ツイステッドワンダーランド
この世界にある とある国の とある村に
一人の少年が住んでいました
少年は この世界に飽きておりました
先の見える人生なんて つまらない
自分の予想を超えることなんて
そうそう起こらない

少年は 家の裏にある森へ入りました
木の実を取りに来たわけでも
狩りをしに来たわけでもありません
ただ ぼんやりと散策していました
「あ、」と か細い声で少年は言いました
地面には 色鮮やかなキノコが一本
少年は おもむろにキノコを摘むと
躊躇うことなく口に入れました
見たことのないキノコだ
どんな味がするのだろう
どんな事になるのだろう
少年の好奇心は 半分だけ満たされました

少年は 来た道を引き返します
サクサクサク カサカサカサ
ジャリジャリジャリ シャリシャリシャリ
ん?
サク サクサク カサカサ カサ
ジャリ ジャリ ジャリリ
おや?
シャリ  シャリ シャリシャリ
サクカサ カサリ カササ カササササ
うわあ

少年は目を回して 倒れてしまいました
さっき食べたキノコに あたったのです
頭がぐるぐる 目の奥がチカチカ
気持ち悪くて立てません
少年は大人しく地面に伏して
景色を楽しみました
いつもと変わらない景色が
グニャリと歪んで見えます
掌が大きくなったり 小さくなったり
大きな木が空を飛んだり 跳ねたり
とても楽しい光景に
少年は笑みを浮かべました

サクサク サクサク
靴が枯れ葉を踏む音がしました
シャカシャカ クシャ
突然 目の前が真っ暗になりました
「少年、きみは今 なにを考えてる」
優しいテノール どこか冷たい男の声
「何も考えてなどいない
 ただ、目の前の光景を楽しんでる」
少年は空を仰いだ
山葡萄を潰したような 目が浮かんでいる
少年は顔をしかめると目を閉じました

「助けなどいらない
 僕は 好きでこうしているんだ」
少年は目を閉じたままです
つまらない景色を見たくないのです
「ふむ では君にしよう」
少年の体が持ち上がりました
ぶらぶら がくがく
体が揺れます 視界も揺れます
少年は気持ち悪さで ぐったりしています
自分はこれからどうなるのだろう
ぼんやり考えながら 身を任せました




「人魚が現れるっていう岬に来たけれど、暗いばかりでよくわからないな」

黒の蓬髪に黒のコート、白い肌に白い包帯が巻かれている少年は断崖の先端に立って眼下を見下ろした。
包帯に覆われていない方の眼を凝らして見るけれど、黒い何かが唸りを上げながらぐらぐらと揺れているばかりで生き物の姿は見えない。
少年は、ぴょんと軽やかに地面を蹴って前方に飛び出る。宙に投げ出された体はどんどん黒い海に近付いていき、どぽんと体が飲み込まれた。




少年は眼を覚ましました
ぼうっと 木の天井を眺めていると
森で会った男の声がしました
「気分はどうだね」
「さいあくな気分だよ」
男は軽やかに笑いました
少年は無表情で男を見つめます
「僕は こんなこと望んでない」
男は冷たい声で言います
「君の希望など どうでもいい
 私は自分のために君を治療したんだ」
少年はため息を吐きました
面倒なことになったと思ったのです




げほげほと咳き込むと口から海水がびちゃぴちゃと出てきた。ひゅーひゅーと苦しいながらも酸素が体に送られる度に、体の感覚が少しずつ戻ってくる。
少年は、荒い呼吸を十数回したのちポロっと呟いた。

「…なんだ、また死に損ねたのか。結構苦しかったなあ。やっぱり、痛くも苦しくもない方法がいいなあ」

満天の夜空を見上げながら呟かれた言葉は砂浜に打ち付ける波に流されるほど、か細かった。
少年は自ら海に飛び込んだのだ。あのまま死んでしまっても問題はなかったが、こうして助かってみて後悔した。
苦しいし、服はびちゃびちゃだし、口の中は変な味がするし、肌につく砂の感触も最悪だった。
すぐに払ってしまいたかったが、少年はそうしなかった。近くに何者かの気配を感じていたのだ。

飛び込んでから時間がほとんど経過していないのは月の位置で分かる。すぐに海水を吐き出せたのは人工呼吸をされたから。
それが人であれば自分の意識を確認するだろうし、しなくたって砂浜に足跡が残っている。
足跡の代わりに海から砂浜まで何かが這ったような後が自分の横についている。人間の仕業でないのは明白だ。
人魚が近くにいると少年は思った。

空をぼんやり見上げるのも飽きてきたな。
月があんなに傾いた。海水も冷たい。耳に水が溜まりそうだ。
そんなことを考えていると、ちゃぽんと波とは異なる水音がして少年はようやく来たかと気絶しているフリをした。
ちゃぷちゃぷという水音を近くで感じる。何をされるんだろうかと、少年は胸を弾ませた。
ひんやりとした物がおでこをなぞった。髪を払われたんだと気付くと、少年はその手を急いで捕まえた。

視界に入った人魚の顔が恐怖で泣きそうに歪んだ。か弱い力で抵抗する人魚を引き倒して馬乗りになった。
必死に逃げようとヒレをびたんびたんと動かすので、何度か岩場に当たって綺麗な鱗が剥がれる。
少年は人魚を見下ろすと、あまりの美しさに息を飲んだ。陸に上がってきた元人魚を見たことはあったが、人魚の姿を見るのは初めてだった。
ひんやりした肌は、とても滑らかで透き通るように白く髪の毛はクリームのようで流れるように砂浜に横たえている。
白い鱗は月の光を受けると黄色や緑色、紅色や青色がキラキラとした光沢の中に見える。
人間のように涙を流しながら何某かの名前を呼んでいるのは気に入らないし、耳障りだなと思った。
少年の心臓がどくんどくんと些か速く動いている。好奇心以上に目の前の人魚という女性に強く惹かれているのだと、理解した。

「キレイだ」

頭を過った言葉がそのまま口を吐いて出ると、人魚の抵抗がピタリと止まった。ぱちりと瞬きをした瞳から一筋の涙が流れる。
少年は再び、しかし今度はハッキリと、とてもキレイだと人魚に伝えた。すると人魚は、恐る恐る小さな口を開いた。

「あなた、人間よね。私をどうするつもり」

少年は、ああ、そういう人魚かと思った。手を離し、上から退くと少年は人当たりの良い笑みを浮かべて、僕の方がどうにかなってしまいそうだと言った。
目の前のかわいそうな人魚は白い頬を桜色に染めて、瞳をきょろきょろと彷徨わせると少年をまっすぐ見つめた。
見つめてくる人魚がとても美しく、哀れで愛おしいと思っている自分が可笑しくてしょうがない。

「今日のように美しい月夜に美しい人魚と出会うなんて、まるで御伽噺みたいだ。
君との縁をこれ切りにしたくないな…また、美しい月夜に僕と会ってくれますか」

少年は、そっと手を伸ばして人魚の頬に触れた。
体が冷え切った手でも冷たいと感じる肌をしている人魚は、苦しそうに眉根を寄せるとぱちゃんと音を立てて海に潜ると戻ってこなかった。
彼女に会えるだろうか。いや、会えなくても会えるまで待とう。
待ち続ければ自分の前に現れると少年は分かっていた。人魚の瞳の奥に見えた淡い炎は、女性が自分を見つめる時に見えるものと同じだったからだ。

少年は、初めて明日からの日々を待ち遠しく感じた。

とある少年の物語
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