ジェイドは一時的とは言え陸の学園に通う。そんな自分がセシリアに口付けをしてしまっては、その間セシリアと稚魚を守れないと我慢していた。
しかし、その紅く艶めく柔らかそうな唇に吸い寄せられるように、欲望のまま口付けてしまった。
その形容し難い感触に、もっとしたいとジェイドは思った。
「ジェイドくんがわたしを求めてくれて嬉しい。
わたしばかりがジェイドくんを特別に思っているのかなって、ちょっと不安だったんだよ」
近海の人魚全てを牽制し、毎日セシリアの元を訪れ愛をささやき身体を寄せ合ってきた。
そんなジェイドの行動はセシリアを特別視しているのが明らかだったが、決定的な事がないためセシリアには思わせぶりな行動をしているようにしか見えていなかった。
ジェイドは少しの衝撃と強い幸福感で理性が焼き切れそうになる。もう、我慢しなくていいかなと思った。
右手でセシリアの後頭部を支えると噛み付くように口付けを落とし、再びソファへ倒れ込んだ。
ジェイドは、だらしなく開いていた唇の隙間から肉厚な舌を滑り込ませるとセシリアの舌先をペロッと舐めた。
驚いて奥に引っ込む舌を追いかけ絡める。ああ、セシリアは舌の動きまで可愛らしいとジェイドは自分の体温が上がっていくのを感じた。
セシリアは初めての感触に驚き戸惑うばかりで、ジェイドが自分の口内を好き勝手に弄るたびに溢れる液体をどう処理すればいいのか困っていた。
初めてするキスの感触をジェイドは楽しんでいた。
舌を絡めれば、ぬるりと逃げるのが可愛らしく、上顎を舐め上げると舌がぴくんと跳ね、舌を吸い上げれば溢れた唾液がセシリアの口の端から垂れる。
頬を上気させ息は荒く熱い吐息が漏れる。薄ら開いた瞳で自分を見上げてくるセシリアの姿の、なんと淫猥なことか。
ジェイドは一旦体を起こし、煩しそうに手袋を外してテーブルに放ると再びセシリアに覆いかぶさった。
「ま、待ってぇ」
「んむっ・・・なに、するんですか」
セシリアは涙目になりながらジェイドの口を手で押さえた。経験したことのない感覚に心臓がばくんばくんと拍動していた。
口内をまさぐられる度に、ちゅく、ちゅぶ、じゅる、という聞き慣れない音が耳をおかしくし、ゾクゾクと身体に走る痺れのような感覚にどうにかなってしまいそうだった。
ジェイドは、口を押さえられた手を優しく剥がして指を絡めると、ソファに押しつけセシリアを無視して再び口付けようとした。
「に、人間のままじゃ孕めないよ!」
「・・・・・・は?」
「わたしたち人魚だよ?陸で、こ・・・こんな事したって無意味だよ」
ジェイドは口を阿呆のように開いたまま固まった。人間の体の欲求というものに引っ張られ過ぎていたと自覚すると、次第に頭が冷えていく。
セシリアの言葉に気付かされたジェイドは、絡めた指はそのままに体を倒して優しく包むように抱きしめた。
首筋の辺りに顔を埋めると、くすぐったさに身をよじったセシリアの耳元で「かわいいですね」と囁いた。
熱い吐息が耳を撫でる感覚に、セシリアはまだ続くのかと、きゅっと身を縮こませた。
「セシリアの言う通りです。
こんな行為に意味は無いと僕も思います…人間は本当に愉快な体をしていますね」
「うん・・・動かすだけでも苦労するのに、変になりそうだった」
「それは・・・フッ、やはりもう少し人間の体で楽しみましょうか」
「・・・今のジェイドくん、獰猛なサメみたいだよ」
「心外ですね、僕はうつぼですよ」
知ってるよとくすくす笑うセシリアの笑顔にすっかり熱が引いたジェイドは、ゆっくりとセシリアを起こしソファに脚を上げさせるとソファから立ち上がった。
どうかしたのかと見上げるセシリアに冷やす物を取ってくると微笑み、放っていた手袋を嵌めながら部屋を出て行った。
セシリアは未だに冷めない熱に頭がぼーっとしていた。
働かない頭でジェイドの行動の意味を考えた。彼はわたしと番になりたいという事で良いのだろうかと。
人魚にとっての唇へのキスは番う者同士が同意の上でする行為だ。それに付随して交尾に至る。
だから、確認も無しにキスをされて驚きと恥ずかしさでいっぱいになった。嫌ではなかったけれど、陸での行為は無意味だと本能がそう言っていた。
「ジェイドくんは、わたしと番ってくれるの?」
「・・・まさか、僕の気持ちが全く伝わっていなかったとは」
「ずっと一緒にいたから、そういうモノなのかなって思ってた」
「僕は、その頃からずっとセシリアと番になりたいと思っていたんですよ。というか、もう僕たちは番でしょう?」
「うん・・・ここが陸なのが残念だね」
「ああ、セシリア・・・」
人魚の交尾は人間のものと比べるとかなり淡白だ。セシリアとならば人間式も試してみたいと、ジェイドは彼女の柔いふくらはぎに冷やしたタオルを当てながら思った。
春になったら両親に挨拶をしようとセシリアと約束をした。
ジェイドの両親に会ったことがあるセシリアは、あの面白いおとうさんと優しいおかあさんね。と嬉しそうに笑った。
家族以外で両親をそんな風にいう人魚はセシリアくらいなものだと、ジェイドは非常に愉快そうにしている。
夏になったらセシリアとの稚魚を作る。夏の休暇は長いと聞いたので、稚魚のある程度の成長までは見届けられると思うと嬉しくなる。
春が待ち遠しいと、名残惜しくもセシリアが珊瑚の海に帰るのを見送った。
翌月、珊瑚の海に帰る日付を書いた手紙を送ってから10日が経った。彼女からの返事にこれほど日数が掛かったことはなかった。
セシリアからの返事がないまま帰る日になり、ある一つの疑念がジェイドの胸にうまれた。
珊瑚の海でセシリアの姿を見ることはなかった。
ジェイドの疑念は確信になった。セシリアにかけていた魔法が解けてしまい、彼女は陸に上がったのだ。
そうして、あの人間に会いに行ったのだろう。
ジェイドは苛立ちを隠す事なく、暢気に泳ぐ小魚たちを蹴散らしながら泳いだ。その姿を見かけた人魚が、それがまさかジェイド・リーチだと気付くものはいなかった。
さようならも言えないまま
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