セシリアの泳ぎは、ミドルスクールに上がってからだいぶマシになったとはいえ、ジェイドにとって自分より遅いセシリアを捕まえるのは簡単だった。
ジェイドはセシリアの知識欲を利用して一緒に勉強しようと誘い、泳ぎの練習と称して図鑑で見た生物を見に行ったりした。
いつも楽しそうに笑っているセシリアを見ていると満たされる気持ちもあったが、少しずつ物足りなさを感じ始めていた。
ある日、近くにサメの巣があるからセシリアも一緒に行こうとフロイドが言い出した。いざとなったら自分がなんとかすれば大丈夫かと、セシリアの返事も待たずにジェイドは彼女の手を引いて泳いだ。
途中、セシリアが何か言おうとしていたようだったが、手を引かれている状態では上手く言葉にならなかった。
「ほら、セシリアちゃん。ここだよ、サメの巣。めっちゃいるよね、恐くない?」
「私の巣なの」
「「・・・え?/・・・は?」」
ジェイドもフロイドも恐怖で可愛い顔が歪むセシリアが見れると思っていた。
だというのに、サメの巣が自分の巣だというから驚きで口をあんぐりと開けてしまった。フロイドはなるほどと思った。自分の巣がサメの巣にされてしまったと言っているのだと。
しかし、彼女は首を横に振り「ここに住んでるの」と言ってのろのろとサメの巣の中心へ泳いで行った。
それ以上行くと助けに行けなくなると、泳ぎ出すジェイドの腕をフロイドが掴んだ。
「どうして止めるんですか!」
「いや、だって大丈夫そうだし」
「はあ?そんなわけ・・・」
信じられない光景だった。
のろのろと泳ぐセシリアの鱗がいつもの白銀のような色から、周囲の濃紺色に溶け込むような色に変化していた。
その遅い泳ぎのおかげで海流の変化もほんどなく、サメは全くセシリアの存在に気付いていない様子だった。
こちらを振り返って手を振るセシリアに向かって、フロイドが楽しそうに手を振り返している。
ジェイドは手を振り返すこともせず、ただ恍惚とした笑顔を取り繕うこともしなかった。セシリアという人魚の魅力にジェイドが心酔していく様をフロイドは横で面白そうに見ていた。
それからというもの今まで以上にジェイドはセシリアを構い倒した。
時にはフロイドと一緒に連れ回したり、アズールと一緒にいる彼女を言いくるめるとアズールの静止を無視して連れ出す。
セシリアは事あるごとにジェイドに他所へ連れ出されても、最初は驚きに目を丸くし戸惑いに眉をひそめていたが今では嫌な顔一つせず笑っている。
彼女のいろいろな表情を見たいという気持ちは当然あったが、ジェイドにとってセシリアは既に興味や好奇心を満たす存在では無くなっていたのだ。
図書館を出て人目の少ない岩場に来ると、ジェイドは魔法書を開いた。すると当然のようにセシリアが体を寄せて一緒の本を覗き込む。
これが見るだけで記憶してしまう彼女の勉強スタイルだ。
他の雄にこんな事をしたら勘違いしてしまうだろうから、ジェイドはセシリアによく言い聞かせた。
「一緒に本を読むのは僕だけにしてくださいね」
「あ、ごめんね邪魔かな」
「僕はセシリアと共有できて嬉しいですよ。ただ、他の人魚・・・特に雄には嫌がられるのでやめた方がいい」
「そうなの?・・・アズールくんと勉強する時はいつもそうしてたけど、次からはやめるね」
ジェイドの額に若干青筋が立った。たとえアズールといえど許しがたいので、どんな嫌がらせをしてやろうかと考えた。
もしこれがアズールでなかったならセシリアはその人魚のいいようにされていただろうし、ジェイドもその人魚を好き勝手痛めつけただろう。
相手がアズールだったために、名もなき人魚の命が救われた。
そうやって少しずつアズールと過ごす時間を減らし自分と過ごす時間を増やして行ったジェイドは、セシリアを夜の海に連れ出したかった。
空を埋め尽くすほどの星をセシリアに見せたら、どんな顔をするのだろうとワクワクした。
しかし、セシリアは海の上に出る事はおろか海面付近まで泳ぐ事もないのだ。それもこれも祖母の言葉を鵜呑みにし、信じて疑わないから。
祖母のおかげで彼女は今まで守られてきたのだから感謝すべきなのだが、セシリアのガードの堅さには手を焼いた。
何度か誘うたびに断られたが、根気強く誘い続けた。それが、どういう心境の変化か誘いに乗ってくれた。太陽が無いという言葉に安心したのかもしれない。
ジェイドはとても心弾んだ。彼自身も己の変化に驚いているくらい、一人の人魚に入れ上げると思っていなかった。
二人で海面まで泳いでいる時も自分にしがみつくセシリアが可愛くて仕方がなかったし、不安そうに自分を見つめてくる彼女に加虐心が湧いてしまい笑みが溢れてしまった。
これが恋か、とジェイドは漠然と思った。
「ねぇジェイドくん。ちらちらと光っていて、とっても綺麗だね」
「星というもので、光っているわけではなく燃えているそうです」
「燃えるって火のこと?あれが火なの?」
「僕が口で伝えるより、本を読んだ方がセシリアは理解できると思います」
空に浮かぶ、光って見える星たちの殆どが太陽の仲間だと言ったらセシリアは慌てて潜ってしまうと思った。
「いま、ジェイドくんから聞きたいのに」なんてかわいい事を言われて気持ちが揺らいだが、せっかく二人で星を見に浮上してきたのだから今日は静かに見ていたかった。
海中で光る生物もいるが、それはあくまでも生物。目の前で起きている発光現象。
しかし、夜空の光の先が今どうなっているかを知る事は出来ない。どのように燃え消えていくのか。
ジェイドは自分のこの胸を暖かくするものもいつかは消えてしまうのだろうかと思うと、勿体ないという気持ちになった。
花は愛でるもの 愛は育むもの
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