ジェイド、フロイド、アズールの三人が陸の学校に入学する日が来た。今日の日暮れに黒い馬車が迎えに来る。
三人は今日までに人間の足に慣れるために練習したり、人間の服や生活の仕方など沢山勉強した。
人魚だとバレてしまわないように学んで身に付けなければ、恐ろしい人間に殺されてしまうとセシリアは三人が心配だった。
けれど、三人が通う学校は闇の鏡に選ばれた者しか通えない名門校だ。
そんな凄いところで学べるのだから、陸に上がる価値はあるし選ばれた三人にセシリアは心からの祝辞を述べた。

「ああ、セシリア・・・離れがたいです」
「連れて行けなくて残念だったね」
「ええ、本当に」
「だいたい、ペットだなんてセシリアに失礼でしょう」
「建前に決まってるでしょう。ペットだなんて思ったことありません」

今までセシリアをぎゅうぎゅう抱きしめていたジェイドがアズールの言葉で急に真顔になる。
アズールは地雷を踏んだかと思ったが、セシリアが「休暇が楽しみだね」と言うと忽ち表情が和らぐジェイドを見て、アズールもフロイドもやれやれと肩を竦めため息を吐いた。

「そのペンダント無くさないでくださいね」
「ジェイドくんからのプレゼントだもん、肌身離さず着けてるよ」
「ふふ、嬉しいですね」

三人を見送りに来たセシリアは、地元のハイスクールに通うことになっている。海でも心配は尽きないが、陸に連れていくよりは安全だとジェイドは判断した。
地元の学校に通う予定の人魚には既に脅しに近い根回しをジェイドが積極的に行った。
その結果、セシリアに手を出そうとする人魚は近海には存在しないし、セシリアが身につけている巻貝のペンダントも十分な人魚避けになる。ジェイドがあげた流氷色のペンダントは必ず彼女を守ってくれる。
そして、セシリアが自らの意思で陸に上がる事もない。彼女は、未だに人間は怖い存在で自分を害する生き物だと思っているのだ。

ジェイドは、セシリアの感触を忘れまいと一頻ひとしきり抱きしめるとゆっくり体を離した。
セシリアが少し寂しそうに眉をハの字にするので、ジェイドはたまらず彼女を抱きしめようと腕を伸ばす。
それをフロイドが止めると、ジェイドも眉をハの字にしてそのまま引っ張られて行った。
名残惜しそうに三人の後ろ姿を見ていたセシリアは、完全に姿が見えなくなると自分の住処に戻って行った。セシリアの学校も明日から始まる。

それから一月が経過した頃、セシリアの元に手紙が届いた。差出人はジェイド・リーチ。セシリアは嬉々として開封し読んだ。
中には人間として生活する事の大変さや、人間と人魚の常識の違いを実感しているような事が書かれていた。
セシリアは、大変そうだけれど充実した学園生活を送っているのだろうと文章の雰囲気から感じた。
しかし、自分が陸に上がることを考えた時どうしても恐怖を感じてしまい、ジェイドたちは勇気があるなあと改めて感心した。

ジェイドは手紙の内容に細心の注意を払っていた。セシリアが再び陸に興味を抱かないように、海では考えられない事や人間の面白い癖など、一切書かないようにしていた。
そのかわり、セシリアの知識欲を満たすため珊瑚の海では流通していない本を手紙に添え、文末にはセシリアへの愛の言葉も忘れない。
ジェイドは不安だった。セシリアには思い立ったら行動するようなアクティブさがある。
他の事に興味が湧き、ジェイドを置いて自分の知らないところで知らない場所に行ってしまうかもしれないという不安。
だから、セシリアの興味が自分から無くならないようにするために、あの手この手で彼女に与え続けている。
セシリアが人間への恐怖より興味が勝った時、再び陸に上がり再び人間に恋をする事は、あってはならない。

再来月の休暇は珊瑚の海に帰れる。地元の氷が溶けた頃、セシリア宛の手紙にそう書いた。
ジェイドは冬にも帰りたかったが、諸々の準備や帰郷の手間などが重なって叶わなかった。
ようやくセシリアに会うことが出来ると、ジェイドは上機嫌で学園生活を送っていた。
彼の笑顔から胡散臭さが消え、アズールが作ったカフェでの接客が大変素晴らしいと客の評判が良くなった。
ちょうどその頃、とある運動部の大会が学園で開催され学内が一般開放されることになった。
アズールはこの好機を逃さないよう集客のために知恵を絞り、ジェイドは喜んで様々な手配をし、フロイドは障害になり得るものを排除した。

そうして迎えた当日、ジェイドはモストロ・ラウンジの入り口で信じられないものを見た。

「待て」ができない悪い子です
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