05
マジフト大会という外部の人が学内に溢れた大きなイベントも終わり、私はより一層熱心に勉強に取り組んだ。それは私だけでなく他の生徒もどこか浮き足立った様子で、図書館内にある自習室と図書室を行き来している。もうすぐ期末テストだ。
今までは息抜きに植物園の花たちとお喋りしていたけれど、ここ何日かは行っていない。理由は眠くなってしまうから。勉強で疲れているせいもあって、花たちの楽しげな歌を聴いていると眠くなってきて何度か寝落ちしそうになったことがあった。
テスト前の貴重な時間を寝て過ごすなんて勿体無いことは出来ないと、植物園の癒しの時間を削った。トレイさんから貰ったクッキーも、もうない。無くなったらまたあげると言ってくれたけれど、そんな気軽に声はかけられない。気持ちを紛らわすため、空いた時間は全て試験勉強に当てた。
いつも人が疎らな自習室が生徒で埋まるほど、図書館は人で溢れていた。人が増えると少なからずお喋りをする生徒が出てくる。勉強を教え合っていたり本を探す相談をしたりする生徒が多い中、とある噂を耳にする機会が増えた。
"モストロ・ラウンジに行くとテストでいい点が取れる"
"テストに不安があるならモストロ・ラウンジで相談するべき"
"オクタヴィネル寮のモストロ・ラウンジでテストの悩みが解決する"
困っている人が飛びつきそうな謳い文句の噂はとても魅力的で、相談だけしてみようかなと一度鏡舎まで行った事がある。けれど、他寮に足を踏み入れる勇気が湧かずに引き返した事が二回ほどあった。
全教科のテストが終わり、クラス内はやっと終わったと羽を伸ばす人や問題の難しさに頭を抱える人、妙に嬉しそうな人など様々だ。私はというと、テストの難しさに泣きたくなった人だ。モストロ・ラウンジで相談すればよかったと思っても後の祭りだ。
基礎問題から応用問題さらに発展した応用問題まであって、もう何も考えたくないくらい頭を使った。発展した応用問題は全部分からなかった。基礎と応用問題全部正解していたとしても75点〜80点くらいだろう。全問正解してる自信はないから、良くても70点だ。それくらい取れれば、入学当初の私からすればかなりいい点なんだろうけど、甘くない現実に歯痒さを感じる。
しかし、もう終わったことだ。復習はテストが返されてからでいい。今はとにかく頭も体も気持ちも休めたい。そんな思いで、私は久し振りに植物園の花たちの元を訪れた。
「おい、お前!こんな所で寝るな。起きろ」
誰かに肩を揺さぶられて目を開けると、ぼんやりする視界にサバナクローの寮長がいた。この人とはマジフト大会の時に顔と名前を知った程度の関係だ。そんな人に声をかけられるなんて私は何をしていたんだろうかと見渡すと、辺りは暗く月の光が差し込むここは植物園だった。そうだ。花たちの歌を聴いていたら寝てしまったんだと、ようやく自分の置かれた状況を理解した。
でも、どうしてこの人がここにいるのだろうか。それに、とても怒っている。やってはいけないことをしてしまったんだと思って、「ごめんなさい」と慌てて立ち上がった。とたん、立ちくらみに襲われる。
「いきなり立ち上がるんじゃねぇよ。お前、何があったか分かってないだろ」
「えっと…私が居眠りしている間になにかあったんですか?」
レオナさんは呆れたように盛大なため息を吐くと気怠げに説明してくれた。総称『オムニバルフラワー』という花は養分の代わりに魔力を地中から吸い上げ成長する。そうして花を咲かせた植物は人の言葉を話し、花としての美しさと綺麗な声で魔力を持つ生物を惑わし、自らの栄養として吸収し恒久的に花を咲かせる。
そして、その花が植物園にも咲いている。私が今まで癒しとしていた喋ったり歌ったりする花たちはオムニバルフラワーだったのだ。もしレオナさんが気付かなければ、私は彼女たちの栄養にされるところだった。この恐ろしい事実に私は手の震えが止まらない。私に話しかけてくれたのも歌を歌って楽しませてくれたのも、今までのこと全部が私を栄養にするためだったなんて。
「ここに来るのは今日で終わりにしろ」
「あの、」
「いいか。分かったな」
「はい」
お礼を言う前に、レオナさんはフンと鼻を鳴らして行ってしまった。話に聞くレオナさんは横柄な人という印象だったけれど、私のような愚か者を見て見ぬふりする人ではないんだなと、その優しさに感謝した。いつか、お礼が言えたらいいな。
後日、私は学園長に呼び出され罰則が課せられた。それをどこから聞きつけたのか知らないが、いつもの人たちに揶揄いのネタにされ私は一日中いらいらして過ごした。こんな時、植物園の花たちが私の心の拠り所だったのに無くなってしまった。
あの時、足元にはいろんな種類の花びらが落ちていた。私を襲った花たちがレオナさんの魔法で散ってしまったのだろう。そして一部の花壇を荒らした罰として、休みを取った管理人の代わりに私が植物の手入れをしなければならなくなった。それも五日間。
園内を見回って植物に異常がないかをチェックしながら、必要があれば水や栄養剤を与えたりする。それを朝、昼、夕の一日三回も見回らなきゃいけない。学生として学びながら広い植物園を巡回するのは割と重労働だと思い、廊下で見かけた学園長に抗議した。
けれど、「罰則なんですから大変なのは当たり前でしょう。植物に対する思いやりというものがない貴方にピッタリの罰ではないでしょうか。五日間やり通せれば、きっと植物を大切にしようとする心を持つことができますよ。ああ、罰則を通して生徒に道徳心を学ばせるなんて、私はなんて良い教育者でしょうか」と言われ何も言い返せなかった。
初日の罰則が終わり偶然通りかかった"あの"花たちがあった場所を見ても、そこにはお喋りな花はひとつも咲いていない。けれど、花が散ってしまっただけで植物としては生きている。魔力を与えれば花が咲くのだろうかと、燃えるような夕陽を浴びる植物の間を歩きながら考えた。
「もう来るなって言ったの忘れたのか」
「あっレオナさん…助けてくれてありがとうございました」
「そう思ってるなら来るんじゃねぇよ」
頭に手をやり、やれやれといった風にため息をついたレオナさんは「変な気を起こすなよ」と言って引き返して行った。また私がここに居ると思って心配して来てくれたんだろうか。だとしたら、とてもいい人だ。
私は、ただ寂しかった。栄養にするためだったとしても、彼女たちは私の寂しさを和らげてくれたのだ。気軽にお喋り出来る相手がいなくなってしまったことが、ただただ寂しい。