06
植物園に通い続けて四日目。病気になったり、害虫がついてしまった植物がひとつも出ていないのは幸いだった。出れば私一人では解決出来ないため、薬学に精通している先生に助力を願わなければならない。つまり、クルーウェル先生に。
私は毎回薬の生成に時間がかかるため、先生にはいつも小言を言われている。苦手な教科だというのもあって、クルーウェル先生は苦手なのだ。躾けるという先生の発言も手にしてる教鞭を振るのもちょっと怖い。
明日の巡回が終われば役目から解放されることに少し気持ちが軽くなり、ぐっと大きな伸びをした。園内を歩くのに慣れたこともあって、今日は図書室で勉強が出来そうだと軽い足取りで出口へ向かった。
図書館内は試験前の空気とは一変して生徒がほとんど居らずいつもの静けさを取り戻していた。目当ての物を探すべく入門書の棚から専門書の棚まで目を皿のようにして探し歩いた。何冊ものそれらしい本を見つけたけれど私の知りたい事が書かれているかは分からない。
閲覧室で積み上げた本を崩しながら次から次へとページを捲り続ける。魔力を溜める事ができる植物もあれば花の蜜に魔力が含まれていたり、魔力を与えて育てると光り輝く花を咲かせたりといったものが近いような気がした。何かヒントになる事でも書かれていないだろうかと、ピックアップした植物を詳しく調べることにした。
「トレイさん。こんにちは」
「ん?ナマエか。その本の数…勉強熱心だな」
「これは、趣味みたいなものです」
「そういえば植物園の水やりもしてたな」
「えっ見られてたなんて、気付きませんでした」
「たまたま見かけただけだよ。これは、植物の専門書まであるな」
「目を通してはみたんですけど、全然理解できませんでした」
「そうだよな。この専門書は難しいよな」
取り出した本を元の場所に戻すために本棚の間を徘徊していると、トレイさんに会った。控えめに声を掛けた私の心配は無用なようで少しホッとする。梯子を使わないと取れなかった専門書をトレイさんは腕を伸ばして次々と元の場所に戻してくれた。背が高いと便利だなぁなんて思った。
調べ物の成果はほとんどなく気分が晴れなかったのが顔に出たんだと思う。トレイさんに勉強のし過ぎではないかと心配されてしまった。大丈夫ですと言っても信じてもらえず、相談があると言って一緒に植物園に行くことになった。
私の目的は『オムニバルフラワー』をもう一度咲かせること。彼女たちのあの楽しげな歌が頭を離れず、思い出すたびに寂しい気持ちになる。危険な植物だと理解はしたけれど、彼女たちはただ植物として栄養を求めただけ。私に知識があって注意さえしていれば、彼女たちは今もこの場所で楽しく歌い音を奏でていたんだ。
私の相談を聞いたトレイさんはそんな危ない事をしていたのかと驚いて、無事でよかったとも言ってくれた。でも、花を咲かせるには魔力を根から吸い上げる必要があるようで、通常何年もかけて咲くものをすぐに咲かせるというのは難しいという話だった。
「襲われたってのにナマエは植物が好きなんだな」
「そういうわけじゃないんですけど」
「そうなのか?まあ、何事も一朝一夕には出来ないもんだよ」
「…管理人さんとも相談してみます」
話を聞いてくれてありがとうございますと顔を上げたら、逆光でトレイさんの表情が良くわからなかった。でも、頭に置かれた手は優しくて温かくて、私を気に掛けてくれてるんだと思う。優しくぽんぽんと撫でられると胸のあたりがむずがゆかったけど、トレイさんの手の温かさとか優しさとかが心地よくて頭が下がってしまう。
トレイさんが小さく笑った気がして、"もっと"とおねだりしたように見えてしまったのかなと思った。だとしてもこの優しい温もりが離れていくのは寂しくて、トレイさんが撫でるのをやめてしまうまで心地よさに浸っていた。
「前に渡したクッキーは美味かったか?」
「はい。とても美味しくてすぐなくなっちゃいました」
「全然話しかけてくれないから、もういらないのかと思ったよ」
焦って全力で否定したところ、それなら作ってやるから息抜きにでも食べて欲しいと言われて、明日の放課後にまたここで会うことになった。こんなに親切にしてくれる人って今までいなかったから、とても不思議な感じがする。
温かい気持ちになりながらも別れの時が来てしまった。植物園の前で「また明日」と挨拶をした時、トレイさんが他の生徒に声をかけられた。私は会釈代わりに軽く顔を伏せて寮に戻った。
ちらと振り返った時、トレイさんと一緒に背の高い生徒もこちらを見ていた。噂の新入生と何話してたのとか、仲良いのといった事でも話しているんだろうなと卑屈なことを考えてしまった。
罰則が終わって、管理人さんに日誌という名の植物のお世話記録を渡したら「ご苦労様」と簡潔な労いの言葉をかけられた。そして忙しそうにどこかへ行ってしまって、オムニバルフラワーのことを相談しそびれてしまった。仕方なく図書室で植物の育て方が乗っている本を借りることにした。
部屋の机に座って本を読んでいると、少しそわそわしてくる。目は本のページを滑るだけで内容が頭に入ってこない。明日はいよいよテストの答案が返される日だ。あれだけ勉強して手応えもあったのだから70点くらい取れていると思う。それくらい取れていればクラス内の順位だってバカにされるほど低くはならないだろう。
心配でそわそわするというより、期待にわくわくするように落ち着かない。ふと、引き出しにしまったお菓子の箱を思い出した。さっきトレイさんからチョコレートをもらったのだ。引き出しからそっと取り出して蓋を開けると素敵な香りが飛び出して来た。
ひとつ摘んで口に入れると簡単に溶けてしまう。チョコレートって、どうしてこんなに幸せな気持ちになるんだろう。甘いからかな。それとも蕩けるような香りのせいかな。もしかしたら、トレイさんが幸せになるような魔法をかけて作ったのかもしれない。
甘くて幸せな気持ちになりながら、箱を引き出しにそっとしまった。鍵もかけておいた方がいいかもしれない。簡単に取り出せるとあっという間に食べてしまうかもしれないから。でも、無くなったらトレイさんに頼みに行ける。うーん、やっぱり何度も頼んだら大変だろうから大切に大切に食べようと思う。