07
テストの結果が張り出された。私の順位はどこだろうかと、上から下、ひとつ右へ行って、上から下。探しに探して見つけた私の名前は最後の方に書かれていた。合計点も低くないはず。テストの点数だって全て70点くらいだったんだから。
1年の教室がある廊下に長々と張り出されている順位表には、クラス、名前、各教科の合計点が一位から順番に並んでいる。順位を探したどり着いた一番端っこで、がっくり肩を落とす。私の周りでも生徒が騒然としている。そりゃそうだろう。周りの生徒がこんなに頭のいい人ばかりだなんて誰が思うだろうか。トップの人はきっと満点なんだろうなと思いながら順位を遡っていく。
おかしいと思ってしまうのは、私の頭が悪いからなんだろうか。何人もの人が満点を取っている。どの教科でも満点だったってことだ。そんなこと…あり得るのかもしれない。ある生徒が私に言った"この学園ってもっとレベル高いと思ってた"という言葉が、私の頭の中でぐるぐる回っている。
馬鹿の一つ覚えのように植物園に来てしまった。目の前には寂しい緑が広がっている。このエリアには授業で使うような植物を育てていないようで、今まで誰にも会ったことはない。だから、もし気持ちが溢れてしまっても誰にも知られることはないと安心していた。それなのに、どうしてレオナさんがいるのだろうか。
膝を抱えて座っている私を見下ろすように脇に立っているレオナさんの表情は見えない。でも私のことを馬鹿だと思っているのだけはわかる。来るなと注意を受けた場所に足を運び、恥ずかしげもなく涙を流しているのだから。
「放っておいてくれませんか」
「どうして俺がお前に従わなきゃならねぇんだ」
「お願いします」
涙を拭いて見上げていてもレオナさんは動こうとしなかった。一体何の用があってここに来たのかは知らないけれど、とにかく誰もいないところに行きたい。レオナさんがどこにも行かないのなら、私が別の場所に行くしかない。
のっそり立ち上がった私に、ここの裏は日当たりがちょうど良くて昼寝に最適なんだとレオナさんは言った。何の話だろうかと思ったけれど、ああ、だから私がここにいる事や花たちに襲われてるのに気付いたのかと考え至った。
めそめそ泣いてる私の存在が昼寝の邪魔だったんだろうと思って、邪魔してすみませんと立ち去ろうとした。それでレオナさんの用事は済むんだと思ったのに、何で泣いていたのかなんて聞いてくるから閉じた唇に力が入る。
言いたくない。誰かに言って解決する問題じゃないから言うだけ無駄だと黙っていると、ため息をついたレオナさんに腕を掴まれた。よろめく私の顎がつかまれ顔を上に向けられると、不機嫌そうに眉を釣り上げたレオナさんが見えた。
「俺はお前に昼寝を邪魔されたんだ。それも一度じゃない何度もだ。お前が落ち込んだり悩んだりする度にここに来られちゃ俺が寝れないんだよ。お前の悩みがどんなもんか、泣くほどの事かどうか決めてやるよ。…全部話しちまえ」
素っ気ない乱暴な言葉だけど私の耳に届く声音は優しくて、テストの順位が悪かったと口からこぼれた。「やっぱり泣く程の事じゃ無いじゃねぇか」と呆れたように一蹴するから、私の感情に火がついてレオナさんの手を振り解いた。
たくさん勉強して私を馬鹿にした人たちの上にいきたかった。でも現実はそんなに甘くなくて、勉強しただけ私に力がついても周りの人との差は埋まらない。努力して追いつけたとしても、レベルが違うのだから追い越すことはできない。見返すことは出来ない。それでも、無駄だと知っても悔しくて、感情が昂って涙が出てしまっただけなんだ。今だって、感情的になってるせいで涙が溢れてる。
「くだらねぇな」
「…私には重要なことだったんです。テストでいい点を取るのが」
「泣く必要なんかねぇだろ」
私の気持ちを鼻で笑ったレオナさんに再び腕を引かれると、私にはどうする事も出来ずにそのままレオナさんへとダイブしてしまった。お尻をつけて座るレオナさんの上から退こうとするけど、腰を抑えられていて立てない。何なんですかと慌てる私を笑ったレオナさんは、胸に手を付いてる私以上の力で優しく抱き寄せた。
レオナさんって言動に似合わず優しいのだろうか。それとも、下心があって私に優しくしてくれるんだろうか。背中と腰に当てられた手から伝わる熱がじんわり広がって、レオナさんに触れてる手の指先まで熱が伝わる。離れたら、また寂しくて辛い気持ちが蘇って来そうで、なんでもいいからずっとこうしていて欲しかった。
「慰めてやろうか」
耳に届いた低く囁かれた言葉に心臓が震えた。顔を上げて見えた下心のある優しさに甘えたくなる。ずっとドキドキしていた。顎に触れられた時、倒れ込んだ時、背中や腰を抱かれている時、視線を合わせている今も。きっと、羞恥の熱で頭のネジが溶けてしまったのだ。
レオナさんを見つめ返していると、私の中の恐怖や羞恥、不安、緊張、期待も全部受け止めてくれる気がしてくる。どくんどくんという速くなる鼓動を感じながら、吸い寄せられるようにレオナさんの唇に近づく。ああ、今ここで息を吐いてしまったら私の熱がレオナさんにバレてしまう。
「………や、やめておきまッんぅ」
「ここまで自分で来ておいて、やめるなんざ言うなよ」
「こんな、ところで…」
「ほとんど人が来ないって知ってんだろ」
私の唇にまるでソフトクリームを食べるみたいに、はむはむと啄むようなキスをされる。唇が触れる柔らかい感触が私の躊躇いを優しく払い落としていく。キスも何もかも初めてで、息継ぎが難しくて胸のあたりがきゅんきゅんと苦しくなる。顔も体も暑くなってきて汗をかいてしまいそう。
荒くなった息を整えていると、レオナさんの口がニヤと笑うのが見えて恥ずかしくなる。息を整える必要の無いレオナさんの唇が再び私のに触れた。「鼻で呼吸出来んだろ」と囁くと、薄く開かれた私の口にぬるりと熱い舌が入ってきた。びっくりする暇もなく、私の舌を弄び咥内の唾液全てを舐めとるように動き回る。
自分の唾液じゃない味がする気がして、すぐにでも口を閉じたくなった。私が味を感じるってことはレオナさんも感じてるかもしれない。もし変な味だったらと思うと、すぐにでも体ごと離れたくなり胸に当てている手のひらに力が入った。
突然、きゅっと鼻を摘まれ「息をしろ」と言われた。そう言われても意識が全部口の中にいってしまって、鼻から入ってくる酸素だけじゃ足りない。それに、鼻呼吸を頑張ると赤ちゃんのように涎を垂らしそうになるから恥ずかしくて、もう耐えられそうに無い。
「初心な反応だな」
頭がぼんやりする私を見て意地悪気に笑ったレオナさんは、触れるだけのキスを唇に落とすと肩で息をしている私の体をそっと離した。掴まれている腕が熱いのに、私を見下ろすレオナさんの瞳からはさっきまでの熱っぽい感じは無くなった気がする。
ようやく息が整った私を地べたに下ろすと、レオナさんは立ち上がり背を向けて歩き出した。待ってと声をかけると、慌てる私を鼻で笑って行ってしまった。"それ以上のこと期待してたみたいだがお預けだ。残念だな"なんて言われて、そんな事思ってないと叫びたかったのに声にはならない。もう恥ずかしくて恥ずかしくて、体の熱が冷めるまで自分の体を抱きしめていた。