03


やってしまった。
隣で健やかに眠っていた金髪の彼を思い返す。
お酒の力を恨んだが、そのお酒の力で眠りが浅く、そのおかげでありがたく先に起きることができて、そのまま服を急いで着て、彼を起こすことなく逃げ帰ることができたのだが。
今まで鉢合わせすることもなかったし、今後もなければありがたいのだが、それでも迷惑をかけてしまったことは謝りたいし。
そんなことを悶々と考えていると、あっという間に数日過ぎていた。
それでも、嫌に鮮明に思い出せる金髪がたまに頭によぎっては、後悔の念に駆られてしまう。
最近は散々だ。
ゲームでもついこのあいだのイベントで、足元までランキング寄せられるし。
ついてないと言うか、散々というか、いろんな意味で注意散漫と言うか。


「あー、だめだ。ダメだだめだー!」


ベッドに大の字にダイブして、それでもだめで、スッキリしたくて大声を上げてみる。
ダメだ、こんなんじゃ全然スッキリしない。
ガチャを引いて気を紛らわそうと体を起き上がらせるとピンポーンとインターフォンが音を立てた。
あー、大声をあげたから苦情来たかも。
それか、聞かれた?
ヒヤヒヤしながらインターフォンの画面をのぞくと、見覚えのある金髪が。
んっ?
大人しく、玄関の扉の方へ向かう。
お隣さんだもんな、きっと苦情だな。
素早く深呼吸をして、扉を開ける。


「あ、えっとー…」

「おつおつー。ちょっと付き合ってほしい所があるんだけど。」

「へ?」

「これ。」

「…えーと、これ、あの、」

「カップル限定だとか言う店なんだけどさ、とあるゲームの限定装備貰えるんだよね。」

「あ、なーる…ゲーマーの敵ですね。」

「それな。というわけで、一緒に行ける日ない?」

「あ、えーと、そうですね…いつでもいいなら、明日の仕事終わりとかでも平気ですか?」

「りょーかい。じゃあ明日18時に、最寄駅でいい?」

「あ、大丈夫です。」

「じゃ、よろー。」

「え?あっ、おやすみなさい…」

「おやすみー。」


言うだけ言って、彼は自分の部屋に帰っていく。
薄っすらと酔っ払った頭の中で、なんとなく記憶にある。
彼もゲーマーだったようだ。
なんとなく親近感を沸かせながら、もう一度ベッドに横たわる。
PCゲームは沼だからやめようって、PCを実家に置いて来たはずなのに、結局ケータイでゲーム始めて、のめり込んで。
意志の弱さをひしひしと感じながらも、10連を引く。


「あ、出た。」


神ガチャかな?
これは、彼が私のガチャ神なのかもしれない。
そう考えると、明日の仕事終わりが楽しみになって来た。
憂鬱なわけではないけど、正直まだ気まずさが勝つし、なんなら彼があんなに普通に話しかけてくれたことが不思議すぎて、そつのない大人っていいなぁなんてボヤきたいほどだった。
いや、多分そんなに歳変わらないんだけどさ。


「よし、ラスキルもーらい。」


そんなこんなで仕事終わり。
マスクをして、駅前でゲームを進めて、隣人さんを待つ。
待ち時間でもダンジョン入れるとか、やっぱソシャゲはいいわぁ。
PCは直帰じゃないとできないし、帰宅時間中とかめっちゃ苦痛だったし。


「おつー。」


そんなことを考えていると、聞き覚えのある声が聞こえる。
そちらに顔を向けると、思った通りの金髪の彼がいた。
いや、思った通りは嘘だ。
とても愛嬌のいい、パリッとスーツを着こなしたイケメン男性がそこにいた。
私が想像していたのは、スカジャン羽織って前髪をちょんまげ結びしている、眉をひそめた金髪ヤンキーだったはずなんだが。


「あれぇ?」

「どうかした?」

「どうって、いや、えーと、うん、なるほど。大丈夫です。」

「そ?ならいいけど。」


スイッチという言葉を最近使う人を見かける。
プライベートと私生活の裏表が激しく、それを上手いこと分けられている人のことをスイッチガールとか呼ぶんだとか。
端的に私からしてみれば、リアルとプラベをオンオフで切り替えようなってことで、多分彼もそうなんだと思う。


「そんじゃ、行こう。」

「あ、はい。」

「こっちね。」


こうして見てみる彼はとてもイケメンだし、紳士だし、くたびれ干物ゲーマーだとは思いもしないなぁなんて顔を見てると、目が合う。


「どうしたの?」

「うわ。」

「え?なに?」

「いや、あの、あ、はい、なんでもないです。なんでもないです。」


笑顔で問いかけられて、思わず声が出てしまった。
リアルとプラベ分けると、ここはこういう顔をするのが一般受けすると認識した上でそれを癖付けてやってしまう。
そして、いつのまにか意識的でなくそういう所作ができるようになるんだけど。
イケメンが整えてそれをやると訳が変わる。
でもオフを知っているからこそわかることもある。
まぁ、なにが言いたいかというと実に、胡散臭い。
ふと思い返すと、自分もそうなのではないかと気づき、唐突に悪寒がする。
これからはもう少し気をつけよう。
密かに胸に誓った。



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