06
これは、なんて名前をつけるべきなのか、私にはわからない。
「おつおつー」
「ほーい。」
「今日会社でレアドロしたから強化した。」
「は?なにこの数値エグくない?」
「やばい。」
「あ、コーヒーでいい?」
「よろー。」
普通に入ってくる隣人は、そのまま勝手知ったると言わんばかりにクッションの上に座り、画面を見せてくる。
私はそれに対して驚きと羨みの言葉を上げながら、コーヒーを淹れる。
これでもかと言うくらい寛ぎ、だらけたその男は、そのままケータイでソシャゲを再開した。
だいたいひと月と言うところだろうか。
お互い、仕事が終わってから、先に仕事が終わっていた方の家に赴き、だらけきったゲーム生活に身を費やす。
そして、たまに気が向いた時に、夜の関係がおっぱじまる。
男性だし、毎日のようにこうして顔を合わせて泊まり込んだりしていれば、出せるものも出せないのだから、その相手をするのはわりと致し方ないことなのかなと思いながら、最近はその状況に対してモヤっとしたものが込み上げてくる。
これは、なんだ?
不満だとか、そう言った気持ちではない。
ただ、なんとなく、この名前が付けがたい関係に対して、せめて誰か正解を教えてくれないかなと。
多分、セフレなんだろうなとは分かっていても、毎日そういう行為をするわけでもないし、それだけを求められてるわけでもない。
いやでも、世間のセフレってそういうものなのかもしれないな、なんてまたモヤモヤしだす。
あいにくそう言った関係を持ったことがないので、私にはどれが正しい形なのかさっぱりわからない。
沸騰した音を鳴らすヤカンを温めていた火を止めて、インスタントのコーヒーの粒を散らしたマグカップにお湯を注ぐ。
なかなかの暑さのそれを、キッチンから居間に持っていけば、もうだらけ過ぎて体を床に横にしている男の近くのテーブルに置く。
「ありー。」
「一回ぶんくらいはスタミナ回復したかなー…もうすぐでPL上がって全快なんだけど…」
「あ、回復したら共闘行こ。俺別キャラで行くから。」
「寄生宣言だよねそれ。また前みたいにすごい低いレベル帯のキャラ連れてくる気だよね?」
「よろー。」
「開き直ってやがるぜ…」
私のこの心境を知ってか知らずなのか、いつもと変わりない彼に若干の恨めしさを感じる。
「あ、夢。」
「ん?あー!」
「ごめん、遅かったわ。」
画面をよく見れば、たるちと書いてある彼のアイコンが死亡マークに変わっていた。
彼はがんばれーなんてケラケラ笑っている。
寄生プレイヤーの呑気さにさっきまでの考えを打ち消して、クエストをこなす。
クリアの文字が見えた瞬間、スタミナ全快を知らせるレベルアップの文字が流れた。
「マジ、死ぬかと思った。」
「ウケる。」
「ウケるじゃないよ、あんた。」
「周回するんでしょ?レアドロ狙い?」
「この武器の進化が進まん。」
「付き合うわ。」
マイペースなこの男に振り回されながらも、この関係がなんとなく心地いいと感じてしまうあたり、相当毒されているのかもしれない。
画面を見せて、必要な素材を確認した彼は、自分の画面をぽちぽちといじり始める。
「部屋立てたー。」
「ありー。」
たるちと名前の書かれたキャラが部屋に入ったことを確認して、クエスト開始を押す。
ゲームのように、いろんなものが分かりやすければいいのに。
リアルはやっぱりクソゲーだな、なんて思いながら、クエストを進める。
「あ、そういえば俺引っ越すから。」
「は?」
あまりに唐突にそう言われ、私は思わず目が点になる。
その顔を見て、この男は笑った。
なんだよ失礼だなおい。
「なして?」
「いや、ここも会社から近いし部屋も悪くないんだけどさ。ちょっと高いから、引っ越そうかなと。」
「まぁ、確かに。」
「もう少し家賃抑えて、その分課金したい。」
「安定してクソみたいな理由で心底安心したわ。」
「口が悪い。」
「元から。」
「最初は敬語で大人しかったのに。」
「よそよそしくして欲しいなら遠回しに言わなくていいデス。」
「ふはっ、ごめんって。」
笑いながらそう言う男は、珍しく座ってケータイを閉じ、コーヒーを飲む。
ふと、この関係についてのさっきまでの思考が、またグルグルと渦を巻く。
この場合、私はどう返事をするのが正解なんだろう。
喜べばいいのか?寂しいって言えばいいのか?
後者はあり得ないよな、彼女でもないくせに。
そう考えると、少し胸が痛んだ。
「なんて顔してんの。」
「え、どんな顔?」
「百面相。」
「表情筋エクササイズだわ。」
「なにそれ。」
笑いながら答えるこの男に、私はなんて言葉をかけるのが良いのだろうか。
答えが見えない。
そう考えていれば、ガシッと頭に重みを感じた。
彼が私の頭を乱雑にグシャグシャと動かす。
「なに?」
「そんな変な顔しなくても、また来るから。」
なんで、なんて聞けなかった。
勇気のない私は、こうして逃げながら、自分の心地よい場所に居座る。
それに、嫌悪感を覚えつつも、喜びを感じていた。
汚い、なんて自分に対する自分の声に耳を塞いで。
▽
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