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「…なるほど、これはとても…独創的な味ですね。」

「…すいません。」


見るも無残な肉じゃがになりたかったもの達を口に含んで、彼はそう言った。
いつぞやに映画を一緒に見に行った時に話した料理を教えてくれるという話を、本日は実現すべく、彼は私の部屋に来てくれたのだ。
迎え入れた時に持ってきてくれた手土産の隣に、小さめの器と、水が用意されている。
前日には近くの薬局に行って、胃腸のお薬も準備した。
「とりあえずどのくらい作れるのか見せてください」と言われて、黙って眺める彼の前で慌てながら作ったそれは、どう考えても肉じゃがにはなれなかった。
ごめんね、食材達…。


「これは教え甲斐がありそうだ。」

「ええ、本当に。」


恥ずかしさに身が千切れそうだ。
長い間キッチンに立っていなかった故なのか、私が思っていたよりも遥かにその腕は鈍っていた。
むしろなべの場所すら覚えていなかった。
多少なりとも埃を被っていたそこも、前日に掃除をしておいてよかったと思った。
埃を被っていた調理器具を洗って干すだけでもなかなかに時間を要したからだ。
準備って大切なんだなと実感した。


「そうですね、まずは、味見の回数を増やしましょう。」

「回数ですか?」

「基本の調味料を入れたら、そこで味見を一度するじゃないですか。」

「あ、はい。」

「そこから、足りないと思った調味料を足すたびに、味見をして、どのくらい入れたらどのくらい味が変わるのかっていう感覚を覚えていきましょう。」

「わかりました。」

「あと、包丁の使い方は僕が教えます。」

「使い方ですか?」

「今の夢さんの使い方だと、若干危なっかしいというか…怪我をしないようにしましょう。」


いわれて、左手の中指に貼り付けられた絆創膏を眺める。
真新しいそれは、言わずもがなつい先ほど包丁で怪我をして貼られたものだ。


「なにからなにまでご迷惑をおかけします。」

「僕からしてみれば、花元先生が健康的でいてくれれば、その分新作が期待できるので、おいしい思いをしているほうだと思いますよ。」

「それにしたって…」

「それと、そうですね…多少なりとも疚しい気持ちはあるかもしれません。」


にんまりと、新しくみる顔をしながら彼は言う。
それに、なぜだか一瞬背筋が凍るような思いがした。


「疚しい…?」

「例えば、徐々に距離を詰めて貴方の懐を狙っていたりとか。」

「…まさか、安室さんが私なんかにそんなことを考えるとは思えないです。」


コップに入れられた水を、眺めて、言う。
言い切った後、それを喉に流し込んだ。


「なぜですか?」

「…そうですね…線が見えるからでしょうか?」

「線?」


今まで見たことのない顔をした彼は、静かに声を出した。
怪しい、でも疑いを向けるような、見定めるような。
はじめてあったあの時以上に冷たい空気を纏った、そんな顔。


「私に深入りは決してしない。でも協力的に見せておきながら、私に踏み越えないかどうかを試させる。…今…私、初めてその線を踏みました。」

「…なるほど。」


ずいぶんと長い時間をかけて、彼は私の何かを探っていた。
そして、今日はそれを宛がう日だったのだろう。
最初に見せた目も、好意的な面影も、稀に少しだけ見せてきた隙も、全ては彼の手の内だったと言うわけだ。
言って、その後、彼は小さく笑った。
また、寒気がする。


「探りを入れても、決して距離を取り過ぎず、踏み入る事もしない貴方が、魅力的だった、ということではだめですか?」

「それでは、なんのために探りを入れていたのか…趣味だとしたらこれ以上とない拗れたもののように思えるのですが。」

「これは、強敵かもしれませんね。」

「お褒めに預かり、これ以上とない光栄です。」


互いに引かず、寄らず、緊張で喉が乾くような感覚を覚える。
実際には、先ほど潤したばかりなのだから、そんなことはないはずなのに。
長い沈黙の後、彼は私にこう告げた。


「その力を、我々に貸して頂きたい。」



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