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今日の潜入捜査もいつも通り滞りなく終わり、報告も済ませた私は残された時間で食事を楽しもうと、あちこちに置かれたテーブルの上にある料理をつまんでいた。
すると、なにやらざわつきが聞こえて、私はそちらを向いた。
迫力美人とはまさに彼女のことなのだろう。
こんなちっぽけな私でも入れるレベルのパーティにいるべきではないその人がいた。
多くの来客に囲まれていたはず彼女は、ゆっくりそれでも確実に私に向かって歩いてくる。
そして目の前に立ち止まったかと思うと、彼女は静かに、でも聞き取りやすい凛とした声で話しかけてきた。
「こんにちわ、お嬢さん。」
「…こんにちわ…あ、えっと…あなたのことは知っています。大女優シャロン…。」
いつか祖母が見せてくれた映画に映っていた素敵な女優さん。
私はその美しさとその佇まいに幼いながら見とれてしまった。
そんな幼少期の憧れが、私に話しかけてくれている。
なんと幸せなことだろう。
思わず、私が口走れば、彼女はとても申し訳なさそうに眉を潜めた。
「…シャロンは私の母なの。私はクリス・ヴィンヤードよ。母は、少し前に不幸で亡くなってしまったの。期待に添えなくてごめんなさい。」
私が思わず口走ってしまったことに対してこんな美人の眉を潜めてしまった。
非常に心が苦しい。
ここに強烈なファンがいたらきっと私は絞め殺されていることだろう。
「…知らなくて、ごめんなさい。今さらになってしまいますが…お悔やみ申し上げます。帰ったら、あなたの作品もぜひ辿らせて下さい。」
「ありがとう。そういえば、あなたの書物を友人に見せていただいたの。」
「え?」
「素敵だったわ。日本語は、こんなにも美しいのね。」
にこりと笑う、その美貌に私は違和感を感じた。
だって、不思議な話だ。
母であるはずのシャロン・ヴィンヤードと、全く同じ笑い方をしたのだから。
そして、さきほどから、いつもつけている潜入捜査アイテムのイヤフォンがけたたましくノイズを吐き出している。
それは、なにか警報のようなものがけたたましく鳴っているようだ。
「あぁ、そういえば…バーボンによろしく。」
彼女は、私に何かを手渡してきた。
それは、一冊の本だった。
とても見覚えのある。
それを受け取ると、彼女は歩いて遠ざかってしまった。
うれしいはずの言葉をもらったのに、なにか胸にわだかまりが残る。
手渡された本を、震えた手で開いた。
その本の中表紙には、私の名前が書いてある。
見間違えもしない、この世でたった一人にしか渡していない本だった。
彼女が遠ざかると同時に、イヤフォンのノイズが遠くなっていく。
そこから、よく知った声が聞こえた。
『聞こえていますか?夢さん。』
「…はい。」
『なにを言われました?なにを手渡されました?』
「…えっと…。」
『…一度こちらに来てください。』
あまり、考えが巡らない頭で、バーカウンターにゆっくりと向かう。
一度にいろんなことが起き過ぎると、人間は思考がゆっくりと低下してしまうのだろうか。
すこしずつバーカウンターに近づいていくと、彼はいつものように目線を下げてグラスを洗っているわけではない。
私のほうをじっと見て、私が到着するのを待っていた。
「…何を言われたんですか。」
「…私の本を、読んだと。」
「…それで?」
「…これを手渡されました。」
彼に視線を向けることもせず、私は手渡されたその本をカウンターに置いた。
彼は、その表紙をゆっくりとめくる。
そこには、いつかに私が書いた私の名前が記されていた。
「バーボンによろしく…と。」
正真正銘、彼にしか手渡していない、サインなんて他に書いたこともない。
その一冊が、ここにある。
別の女性に手渡されて。
「これはやられましたね。」
彼は、頭を抱えたように、苦笑いをこぼす。
それはいつものように作った顔ではなさそうだった。
正真正銘、彼の本音だったのかもしれない。
「そういえば、彼女と話している間に、ノイズのようなものが聞こえませんでしたか?」
「あ…はい。ずっと、イヤフォンからノイズが聞こえてて、安室さんの声は聞こえませんでした。」
「…全て把握されてたということか。」
なにやら難しい顔をしながら、彼は考え込む。
聞かれたことに答えながらも私の頭はある一つの疑問で埋まっていた。
彼女は、本当に娘なのだろうか?
いや、前向きに考えれば、私のために母であるシャロンの笑い方を真似してくれていたのかもしれない。
記憶にある彼女の笑顔をもう一度思い出す。
すると、これ以上考えるなと警報を鳴らすように、悪寒が走った。
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