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「あれ。」


潜入捜査当日になり、準備を終わらせて少し余った時間を読書しながら潰していると、携帯がバイブで、メッセージが来たことを知らせた。
それを開けば、愛想のない安室さんから【降りてきてください】と一言書いてある。
私は、呼んでいた本を閉じ、小さいバッグを片手に、腰を上げて、少しかかとの高いパンプスを履いて、玄関の扉を開ける。
扉を閉めてエレベータで一階まで降りて、玄関ホールを出ると、そこには見覚えのある白いスポーツカーが止まっていた。
車の主は、車から出て、私の到着を待っていたようだ。


「おはようございます。安室さんが迎えに来てくださるなんて思ってませんでした。」

「言ってませんでしたか?」

「はい。聞いてません。」

「それはすみませんでした。では、乗ってください。」


いつかのように、助手席の扉を開けて車に乗るように促してくれるこの姿だけ見ると、本当に紳士のようだが、生憎その顔は特に笑みを貼り付けたりもしていない。
いつかのようだが、そのいつかの愛想はとうの昔に尽き果てている。
私が座席に座ったことを確認して、彼は扉を閉めて、異動したかと思えば、運転席の扉が開く。


「あぁ、乗っている間にこれをつけて置いてください。」


潜入捜査のときにいつもつけているイヤフォンを手渡される。
それを膝に置き、シートベルトを締めれば、彼はそれを確認して、車を出発させた。
いつもの手順どおり、それを耳に装着する。
変わらずつけ心地はいいとは言えない。
つけ終わり、なんとなしに運転中の彼の姿を眺めれば、いつも見るバーカウンターのウェイタールックはしていなかった。
あまりにも上等そうに見えるそのスーツに、思わず目を顰める。


「今日はウェイターさんではないんですか?」

「そうですね。今日は違います。」

「では、どこで安室さんと接触したらいいのでしょうか?」

「今日は接触場所には困りませんよ。」

「え?」

「僕は貴方のエスコート役ですから。」

「…なるほど、それは困りそうにありませんね。」


しばらく車で走った先に、大きいホテルが見えた。
そこの前で車を止めて、キーをドアマンに渡す。
そして、私の前で腕を持ち上げ、体と腕の間に隙間を作る。
映画で何度か拝見したことのあるその仕草に、私は少し恥ずかしいような気持ちになりながら、その隙間に手をかける。
すると、彼は私の歩幅を気にしながらなのか、ゆっくりと歩き出す。
私はそれについて歩く。


「これが素直にできる日本人は私が知る中で安室さんだけだと思います。」

「そうですか?」

「見目が違うとこうも変わるんでしょうか?」

「関係ないと思いますよ。強いて言えば、堂々とできる度胸は必要かもしれません。」

「なるほど、覚えておきます。」


スタイルのいい長身に、見目麗しいお顔立ち、この見た目でやるからこそ様になるだけで、どれだけ堂々としてても平均的な日本人がやるとなるとその様を自分のものにするのは難しいだろう。
かなり人を選ぶはずだ。
逆に女性は、恥ずかしがっていようが堂々としていようが、可愛く見られるか美しく見られるかのどちらかに絞られるのだから、中々に特をしているなぁ、なんて思ったりもする。
ホテルのホールを歩き、そこからまたさらに先に広い廊下を進んで行くと、パーティー会場が見える。
受付で安室さんがチケットを取り出して、名前を書くように促される。
それとなく書きやすい大きさで文字を書いてペンを置けば、安室さんもそう変わらぬタイミングでぺんを置いた。
そしてまた先程のようにエスコートを受けて、会場内へ入って行く。


「今日は広めですね。」

「まぁ、それなりに大きなものですから。」


素っ気なく、でも顔には愛想を浮かべて、彼は言う。
今日は、大女優の姿は見えないし、彼もバーテンダーではない。
バーボンによろしく、と言うのは、バーテンダーの姿をしていた安室さんへの隠語のような物だったのだろう。
それか、私の知らないなにか別の名前か。
隣で愛想を振りまきながらテーブルに置かれた飲み物を手渡してくる。
私はそれを手に取らずに同じテーブルのもう少し隅に置かれた水を自分で取った。


「シャンパンは苦手ですか?」

「お酒にあまり強くはないのと、炭酸が苦手です。」

「なるほど、じゃあこれはいけない。」


彼は手に持っていたグラスを元あった場所に戻して、私と同じ場所から新しいグラスを手に持った。


「ノンアルコールの飲み物を後で探します。」

「なければバーカウンターで。」


食事を軽く楽しんでいると、しばらくしてから目標の人物に会えた。
彼は、以前会った通りに、普通に挨拶を交わしてくれる。


「あ、ご紹介いたします。こちら、私の友人で安室透さんです。」

「いや、はじめまして安室さん。さすが、花元先生ほどの方になると、見目麗しい男性が付いているわけだ。」

「まさか、福村様ほどの素敵な男性はいらっしゃいませんわ。それに、期待に添えないようで申し訳ないのですが、何もない友人なもので…。」

「いやいや、お上手だ。私も後30年若ければな…安室さんと言ったかな?こんな可愛らしい花元先生のエスコートなんて羨ましい限りだよ。」

「はじめまして。花元先生にはいつもお世話になっていて…とても可愛らしくていつも友人から進めないかと右往左往しておりますよ。」

「それはいい。彼女は中々難しそうですしね…さぁ、お二人とも飲んで!」

「あ…えーと…」

「いただきます。」

「あ、では私も失礼して…」


飲まないという誓いをたったの30分で覆してきた彼に驚きを隠せず、ついチラチラと様子を伺ってしまう。
目の前に出されたのは、濃い赤紫をした液体が入ったグラス。
それは多分、赤ワインなのだろう。
飲んだことのないそれに、喉を鳴らし、チビっとだけ口をつける。


「…あら?」

「いかがですか花元先生。」

「大丈夫ですか?夢さん。」


小さく耳打ちをしてくる安室さんにも味の感想を聞いてくる福村さんにも初めて飲んだそれが、思っていたものよりおぞましくもないというたったそれだけの感想を呟いた。


「おいしい。」

「えっ」

「いいですね!その年でこの味がわかるとは!素晴らしい!さぁ、飲みましょう。今度は私がお勧めするワイン会にでもお呼びさせてください。」


なんだかテンションが上がった福村さんにあれだこれだとワインを飲まされる。
私自身も飲んだことがなく、それぞれ味が変わるワインという飲み物に面白さを感じてしまった節もある。
気づけば任務も終わったのに延々と福村さんと飲み続けていたのだ。
安室さんに止められるまで。



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