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物事にはそれを知るタイミングって言うものがちゃんとあるから。
そのタイミングを破ってはいけないよ。
むやみやたらに知ろうとしてしまうと、それに関わる大切な物が壊れてしまうかもしれないから。
大切に、大切に扱うんだ。
知識は宝だよ。
だからこそ、大切に。
大切に。
祖母に教えられたそれは、私の中で大切にしているものだ。
知り過ぎない。だからこそ出しゃばらない。
そのつもりだった。


「こんにちわ。会いたかったわお嬢ちゃん。」


いつぞやに見た迫力美人は、目を覚ますといなかった安室さんの代わりにと言わんばかりに現れた。
ホテルのチェックアウトを済ませて、玄関に出れば、車を止めて声をかけてきたのだ。
さすが大人気女優。
今日も笑顔がまぶしいですね。
その笑顔に悪寒を感じる。


「なにか、私に御用でも?」

「そうね、色々あるけれど…とりあえず場所は変えましょう?」


言われるままに、私は車の助手席に乗り込む。
緊張で足がもつれそうだ。
私が車に乗ったのを確認すると、彼女も車に乗り込み、そのまま発進させた。


「それで?昨日はよく眠れた?」

「…おかげさまで。」

「会いに行こうと思っていたのに。ぐっすり寝てるんだもの、挨拶し損ねたわ。」

「どちらにですか?」

「あの部屋、意外といい部屋ね。私も今度使おうかしら。」


どうしてこうも彼の周りの人は言葉遊びが好きなのだろう。
彼から指定される標的も、彼女も、彼自身も。
ただ、今まであった誰よりも、彼女は気が抜けない。
堂々としているし、話す言葉はすべて私に関わる言葉だ。
昨夜の動向はすべて見ていると、暗に言っているものだった。


「今日は、なにかございましたか?」

「あら、ドライブはお嫌いだったかしら?」

「いいえ。ただ、あなたほどの大女優が私みたいな小さい物書きと一緒にいてくださるなんて、恐縮してしまいます。」

「自己評価が著しく低いのね。以前言った貴方の本に対する感想に嘘は伝えてないわ。好きな本の著者と話したいと思ったから、私は自分の立場も利用しているのよ。」

「それは…これ以上とないお褒めの言葉ですね。」

「甘い言葉にほだされるのはお嫌いみたいね。」

「…そうかもしれません。」


良薬口に苦しとはうまく言ったことで、その逆を考えれば口当たりが甘いものほど体には悪い。
甘い言葉に騙されて泥沼にズブズブと嵌まる趣味はない。


「むしろ、私が甘い言葉にいちいち喜ぶような人間だったら、あなたもこうして会いには来てくださらなかったでしょう?」

「…そうね。こうして会いに来る程度には、貴方のそういうところが気に入ってるわ。」

「それは、光栄です。」

「さて、あなた、バーボンのことはどのくらい知っているのかしら?」

「どのくらい…というか、全く。バーボンさんがどなたなのかすら存じないです。」

「とぼけないで。」

「とぼけていませんよ。私の想像している方があなたの言うバーボンさんなのであれば、私は彼をバーボンさんとしてお会いしたことはないです。なので、知りません。」

「へぇ。探りもしないのね。」

「物事には、知るタイミングがある、というのが祖母の教えで。」

「…利口なお嬢ちゃんね。」

「ありがとうございます。」

「無駄に嗅ぎまわらない分、優秀なのかしら。」

「そう思って頂ければ嬉しいですね。」

「ねぇ、貴女、私に着く気はない?」

「…着く、とは?」

「私とバーボンは、同じ組織の人間。そして、バーボンは…言うなればライバルかしら。そんなライバルに優秀な部下が着いていたら、ヘッドハンティングしたいと思ってもおかしくはないでしょう?」


同じ組織、とは言われるが、きっと彼女は公安警察の人間ではない。
他の人を見たことはないけれど、直感がそう物語っている。
何より日本の警察が、こんな大女優を捜査に携わらせることなど考えるとは思えない。
お堅いのだ。
何事に対してもこの国は。


「私が安室さんではなく、貴方に着くメリットはなんでしょう?」

「同じ女性同士だからわかってあげられることだってあるわ。だって貴方、彼から死ぬことが任務だと言われて死ねるでしょう?」


銃口を突きつけられたような、そんな感覚だった。
私が、なぜメリットも見えないような捜査協力を快諾したのか。
この国のためになんてそんな正義感に溢れたような感覚などひとつも持ち合わせていない。
興味、好奇心、そして、少しの疚しい気持ち。
好きだとは言い切れないけれど、気にはなってる。
そんな彼に近づけるかもしれないと、安直にその手を取ったのだ。
気づかれないように、今度は私が線を引いて。


「答えてもくれないような男を、想いながら使い捨てられるのがお好みなのかしら?」


絶対にと言い切ってもいいだろう。
彼はこの気持ちに気づいたとしても、気づかないふりを続ける。
それは、あくまで、私のために。
まんまとその罠に嵌められていると自覚はしてても、それを選んだのは私だ。
その言葉には、そう確信できるだけの説得力があった。
なぜなら、薄ら私自身がそれを自覚していたからだ。


「その観察眼には恐れ入ります。」

「そう?ありがとう。」

「少し、考えさせてください。」


小さく、その解れた靴紐を結ぶように。
私は声を絞り出した。



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