05
昔から、読書が好きだった。
日本語とは、文章とは、なんと美しいのだろう。
美化された言葉に身を委ねて、私はのめりこんだのだ。
父も母も、読書家だった。
その中でも、最も強く影響を受けたのは祖母の言葉だった。
「人生のうち、世界の全てを見ることはできないけれど、限りなく広がる世界を少しだけでも見せてくれることができる。だから私は本を読むことがとても好きなの。」
そんなあどけないことを言ってのける祖母は、端的に可愛らしい人だった。
祖父に嫁ぐ前は、中々の資産家の娘だったらしい。
おっとりとした空気感が特徴的で、いつもにこにこと柔らかい笑みを浮かべた、穏やかな人だった。
そんな祖母の話を真に受けた私は、次第に本の世界にのめり込んで行った。
ある一定の時期を過ぎると、自分でも何か物語を作ってみたくなり、小説を書き始めた。
それがだんだんと楽しくなって、欲望が加速した私は、その稚拙な文章をインターネット上に掲載するようになった。
それが、ある出版社の目に留まり、18の頃に物書きを仕事とすることになったのだ。
そこからあれよあれよと担ぎ上げられ、光栄なことに色んな賞を頂く機会にも恵まれた。
だが、私はというと、静かに穏やかに人生を送りたいと言うのが本音だった。
それとなく過ごしつつ、好きなものを好きと言えれば、それだけで満足してしまう程度のちっぽけな人間なのだ。
テレビやインタビューといった、顔や姿が出てしまう仕事を全てお断りして、私は穏やかに、物語を綴るだけの人間へとなったのだった。
そして、学生時代から唯一それを楽しみだと応援してくれていたのは、梓だけだった。
その縁も気づけば中々の時間が過ぎていた。
「ん?どうしたの?」
「…なんでもない。」
私の視線に気づいたのだろう彼女が、にっこりと私に訪ねてくる。
私もそれに同じような笑顔を返す。
「そういえば、この前安室さんが夢の本読んでたわよ。」
「えっ。」
思わず眉を潜めてしまう。
梓の方を見れば、彼女はいたずらが成功した子供のようにニタリとした笑顔をしていた。
「私じゃないわよ?」
「じゃあなんで…」
「いや、それなりに有名人でしょ、夢。」
「うーん…」
自分に対しての周りの評価というものは、どうも気づきにくい。
それに気づいたのは、つい最近のことだ。
私はただひっそりと本を書いているようなつもりだったのだが、あちこちにある行く書店の多くで、自分の名前と書いた本がデカデカとパネルになって飾られているのを目にする事が多い。
それなりに、売れてるのかもしれないなぁなんて思いながら担当編集者さんに話をすれば、「それなりなんてもんじゃないですよ!」と、なかなかの勢いで言われたのは、記憶に新しい。
誰かが手に取ってくれたというだけで嬉しい気持ちに浸っていたのだが、どうにもその程度では収まらないくらいには色んな方が見てくれているようで、嬉しさからだんだんと気恥かしい気持ちに変わっていった。
「まぁ、今度それとなく感想を聞いてきてあげるわよ。」
彼女は楽しげに呟いた。
以前会った時の、あの鋭い視線が、どうしても忘れられない。
思い出したその胸の痛みに、私は少し顔をしかめた。
彼の敵意の真相が、まだ掴めない。
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