07


「いらっしゃいませ。」


朝日に照らされながら、色素の薄い髪がキラキラと光る。
その美しさに、ほぅ、と思わず息を漏らしてしまう。


「夢さん?」

「え、あ、おはようございます。」

「おはようございます。」


以前あった失礼極まりない身バレ事件以来、安室さんへの警戒心も解け、自然と話しやすくなった。
彼は、私が途中で声をあげても聞き逃さないような速度で、ゆっくりと話しかけてくれる。
そんな彼の気遣いもあり、少しずつ話をすることができるようになった。


「おや、今日は顔色が優れないですね。」

「え、そうですか?」

「昨日はあまり眠れませんでしたか?」

「つい、捗ってしまって。」

「それは、次回作も期待してしまいますね。」

「あ、ありがとうございます。」


今までは、こうして面と向かって私の仕事について話してくれるのが梓だけだったので、特段何も思わなかったのだが、こうして自分の本についてを身内以外の人間から直接聞くことができるのは、恥ずかしいような嬉しいような、入り混じった不思議な気持ちだ。


「では、今日のカフェオレはミルク多めにしておきましょうか。あと、砂糖もたっぷりで。」

「お願いします。」


彼は、その日の私の体調に合わせて、いつも頼むカフェオレの配分を微妙に変えてくれる。
それがいつも外れなく美味しいので、私の中では彼は探偵というよりも一流バリスタという感覚の方が強い。
いつも座るカウンターの端席に今日も荷物を置いて座り込む。
そして、PCをカバンから取り出して、それを開き、電源ボタンを押す。


「あ、夢さん。」

「はい。」


名前を呼ばれて、そちらを向くと、読んだ本人はそそくさと店の奥に入ってしまった。
そして、彼は何か薄く大きいものを私に手渡してきた。
中身を見れば、PCのブルーライトを抑えつつ、横から画面が見えないようにしてくれる、画面に貼るフィルムだ。


「え、あの。」

「良ければ使ってください。多分サイズはあってると思うんですけど…。あ、もしかしてこういうフィルムが嫌いですか?」

「あ、いえ、そうでなくて、あの、なぜ?」

「ブルーライトは目を悪くしてしまいますし、よくここでPCを広げてお仕事されてらっしゃるのに、そういった対策が一切ないのがどうしても気になってしまって。」


私の仕事場は、家か、この喫茶店。
それ以外の場所に赴くこともなければ、出かけることもあまり多くはない。
私のご飯もここで済ませているのだ。
なので、そういった対策というものは考えたことがなかった。
でも、裏を返せばここで存在がバレて仕舞えばここに来ることもできなくなってしまうかもしれない。
そういうことも考えなければならなかったのだな、なんて他人事のように彼の意見に心の中で頷く。


「ありがとうございます。」

「あと、これはとても勝手な話なんですが…」

「はい。」

「僕の好きな花元先生のことを知っている人間が少ないままでいてほしいという、勝手な願望も含まれています。」


にっこりと、言ってのける彼に、私は少しだけ顔が熱くなる。
いい人だ、すごく。
ただ、こういう人は決まって女性の扱いにも慣れており、きっと今のも無意識で吐くことができる程度の言葉なのだろう。
独占欲にも似たそれに、小さい声で「そうですか」なんて答えるのがやっとだった。


「ところで夢さんは手先は器用な方ですか?」

「…いえ、むしろ不器用です。」

「では、それは僕が貼らせていただいても?」

「…お願いします。」


少し考え込んで、返事を返す。
そこまで器用でないこの手で、いやむしろ器用という要素から遠くかけ離れた不器用なこの手で、この薄いフィルムを貼ろうとすると、気泡も入るわ埃も入るわ傾くわの酷い有様になってしまうだろう。
そのおかげでスマートフォンのフィルムさえ私は梓に貼り付けて貰っているのだ。
器用な友人がいてありがたい限りだと心の底から感謝している。
そして、目の前の彼は、とても素早くそのフィルムを私のPCに貼り付けてくれている。
素早いのに仕事は丁寧で、気泡が1つも見えない。
埃が入っているそぶりもない。
これで、私の目が少しだけ安全に保たれ、私に対する世間からの目も少しだけ安全に保たれた。


「よし、できましたよ。」

「ありがとうございます、安室さん。」


言えば、彼はひどく驚いたような顔をしながら私を見た。
それに私は、驚く。
何か申し訳ないことをしでかしてしまったのだろうか、失礼をしてしまったのだろうかと思考が駆け巡る。


「あ、あの…」

「あぁ、いや、失礼しました。ただ、夢さんに名前を呼んでいただけたのが初めてだったもので。」

「そうでしたっけ?」

「はい。なのでつい、嬉しくて。」


にこりと笑う彼は、今日も美しい。
これからは少しずつ歩み寄ることができるので、たくさん名前を呼ぼうと心に決めた。
眩しいような日差しに、微睡みながら、フィルムがつけられたPCの画面を眺める。
そして、それを見ながら、安室さんが入れてくれた、ミルクが多めのカフェオレを喉に流し込む。
とても落ち着く時間だ。




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