08
「最近どうなのよ。」
「どうって?」
「安室さんと。」
「んぅっ…」
たった今飲み込もうとしていたカフェオレを、私は吐き出しそうになり、慌ててそれを飲み込んだ。
少し喉が痛い。
今日はお休みだという安室さんと基本は交代でシフトを組んでいる梓は、ニタニタとしたねばりと張り付くような笑顔を私に向ける。
「ほら?なんかあるんでしょ?最初なんか捕食されかけてるウサギみたいに震えてたくせに、今じゃ仲良く話してるみたいだし?」
「そんなんじゃないよ。」
「じゃあ何?夢ちゃんはどうやって懐柔されたのかなー?」
「懐柔って…」
変わらずねばつくような笑顔のまま聞いてくる彼女に、なにか思い当たる節がないかと探す。
そして、きっかけにもなったようなことを話し出す。
「仕事が、ばれて。」
「は?」
「で、私の書く文章が、好きだって、言ってくれた。」
「…それだけ?」
「…ん。」
「え、チョロ。」
「言わないでよ…」
ちょっと気にしてたことをぬけぬけと言われてしまい、私は顔を背ける。
ただ、私の書く言葉が好きだと、綺麗だと言われた。
たったその一言で、彼女の言葉を借りるなら懐柔されてしまったのだ。
猫もウサギも犬も驚くほどのチョロさである。
むしろ、彼らの方がよっぽどか警戒心が強いだろうなと、心底自分に呆れていた。
「で、そこから、発展は?」
「…梓はよく行く喫茶店の店員さんと深く親しくなろうとなんて考えたことある?」
「ある。」
「聞いてごめん。」
「え、夢はないの?だってイケメンだったら気になるじゃない?」
聞かれて、少し考え込む。
程よい心地で話をしてくれる店員さんというのはそもそもこの喫茶店以外に行かない私にとっては縁のない話だったし、それ故に安室さん以外に何か思いつくことがない。
かと言って、安室さんのことを深く知りたいと思うわけでもない。
確かに美しい顔面の造形には薄くとも心惹かれることはあるが、いくら顔面の造形が麗しくても中身が伴わなければ私は惹かれないし、彼自身にある一線のようなものを感じていた。
「気にはなるかもしれないけど、踏み込もうとは思わないかな…」
「もー…変わらず奥手なんだから夢は。」
「それよりも本を読みたい。」
「本当に好きね。」
「うん。あ、本でたくさん恋してるからかも…」
「リアル経験値をそろそろ稼いでもバチは当たらないと思うわよ。」
「いずれ、機会があればね。」
「だからほら、安室さんがいるじゃない?」
「うーん…」
また、考え込む。
安室さんから引かれているあの一線は、探偵だからとかそう言ったものではない気がする。
そして、初めて会った時に感じた暗い一面も。
人は何枚も何枚も仮面を被って生きていると、とある本で語られている。
その仮面は、使い分けるのがとても上手な人が持つと、良くも悪くも人は騙される。
詐欺師というのは、これを使い分けるのがとても上手なのだろう。
そして、安室さんも、詐欺師なわけではないのだろうが、使い分けている。
こういう時にはこの顔、という風にとても上手に使い分けている。
それは私や梓といる時も変わらない。
その奥の、とてもとても奥に、暗い一面があるのではないだろうか。
だって、いつも話してくれる安室さんは、当たりが良すぎるのだ。
違和感を覚える程度に。
近づきすぎては、いけない人間なのかもしれない。
「私には、レベルが高すぎると思う。」
「んー、それは分からなくもないわね。」
「もっと難易度が簡単そうな人がいいな。」
「それは、色々と問題発言だわ、夢。」
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