09
「というわけで、お願い夢!」
「…お願い…されても…」
手を合わせる彼女の、その手のひらの間に挟まる2枚の細長い紙。
それは明後日初公開される映画の舞台挨拶も含まれるプレミアチケットだ。
とても有名な女優さんや俳優さんが出る上に、原作も人気が高いとの事で、このチケットには相当なプレミアがついているはずだ。
さて、なぜ俗世間の話題に乏しい私がそこまでの情報を入手しているのかというところが、今回私が彼女から手渡されているこのチケットを受け取ることを懸念しているかという所に繋がる。
一言で言えば、もう見ているから。
このありがたいことに人気が高いと言われている、原作の著者は、紛いもなく私のことであり、私は舞台挨拶の前に、撮影や出版の関係者が集まる上映会で、もうこの作品を拝見しているのである。
もっと言えば、今回の舞台挨拶に来ていた女優さんや俳優さんも顔合わせの際に挨拶もさせていただいている。
そんな私が、こんなプレミアチケットを手に、他のお客様の席を陣取ってしまうと考えるだけで身が凍りそうだ。
「お願いー!ね?ね?」
「まず、誘うような友達もいないし…」
「それは大丈夫!安室さんにお願いしてシフトを交代してもらったから!」
「…ねえ、じゃあ安室さんのご友人にお願いしたらいいじゃない。」
「安室さんに聞いてみたら、こんな平日にお休みが取れる友人はあまりいないって。」
「…それで?」
「じゃあ夢と一緒ならどうですかって聞いたら、それは喜んでました。」
「もう勝手に私は行くことになってたのね…。」
「まあまあ。」
薄らとため息をついて、そのチケットを一枚受け取る。
あまりこういうことしたくないんだけど、なんて心苦しい気持ちを押し込めて、そのチケットを眺める。
「もう一枚は、自分で安室さんに渡して。」
「ありがとう夢ー!助かるー!」
そもそも、こんなに手に入りづらいチケットを手放さなければならない事情には同情する。
親戚の法事が重なってしまったらしく、どうにも欠席は難しいとのことだった。
彼女のためにも、いくつか感想を伝えられるように思い返しながら、上映会のことを思い出す。
そして、それを頭の片隅に入れながら、PCを立ち上げる。
カタカタと音を立てて打ち込みながら、どれほど時間が経っていたのだろうか。
いつの間にか、いつものようにPCの横に置かれていたカフェオレを見つけ、私はそれを抱える。
その味に、違和感を感じてカウンターの中を見れば、そこには梓ではなく、安室さんの姿があった。
「あ、れ?梓は?」
「梓さんなら、買出しに行かれました。」
「すいません、気づかなくて。ありがとうございます、カフェオレ。」
「いえ、とても集中されてらっしゃったので。お邪魔にならなくてよかったです。」
彼の作るカフェオレは、梓が作るものよりも香りが強い。
鼻まで突き抜けるように存在を誇示してくるそれに、少しの安らぎを感じるのだ。
なので、最近は安室さんが淹れたものか、梓が淹れたものなのかが一口でわかるようになってきていた。
今日は集中している私への配慮なのか、ミルクが少し少なめで砂糖が少し多めだ。
糖分を取りつつ眠くならないようにミルクが抑えてあるのがありがたい。
こういった些細な気遣いが、よく人を見ているな、なんて探偵らしさを思い出させる。
「そういえば、梓さんから聞きましたが、大丈夫ですか?」
「え?何がですか?」
「映画の試写会です。」
「あ、あぁ…」
先ほど梓に頼み込まれて受け取ったチケットを思い出す。
そういえば安室さんにはもう頼んでいると言っていたので、先ほど私が集中していた時にでもチケットを渡したのだろう。
「ほら、あまり僕のことが得意ではないでしょう、夢さん。」
申し訳なさそうに言う彼に、今まで起こした数々の非礼が一気にフラッシュバックしてくる。
私はただそれがはずかしくて、あわてて口を開いた。
「その節は本当にすいません…ただ、今はもう苦手とかそういうのはないです。ただ…」
「ただ?」
「私なんかと行っても安室さんが楽しめるとは思えなくて…。」
「まさか、僕からしてみたら原作者である花元先生と拝見する機会があるだなんてこれ以上ない光栄なことですよ。」
「そうでしょうか…。」
「僕は楽しみですよ、とても。」
にっこりと笑って言う彼は、私のこの低い自己評価を宥めるのがとても上手だ。
それを見て、私はもう一度彼の気遣いが篭ったカフェオレを喉に流す。
「ありがとうございます。」
静かにお礼だけをこぼして、また私はカフェオレを飲み込んだ。
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