▼ ▲ ▼

 ためらいの橋が壊され、軍艦がこちらに向かってきている。アオイはピリピリと走る緊張感に促され、思わずホルダーを構えた。そこで自分がしようとしていることに気づき、唖然とした。

(海軍を相手に、闘うのか……?)

 目撃者が最早いない、あの広場での失態だけであれば、まだ間に合う。しかし、ここで麦わらの一味に加担するのがどういう結果になるのか、アオイ自身よく分かっているつもりだった。
 こちらを選ぶのは、使命に反する。だからこそ、ルフィたちを相手にしたくなかったからこそ、この島を抜け出そうとしたのに。

(お人好し、か)

 そうではない。結局は、何も犠牲に出来ない欲深い人間なんだろう。
 自嘲していると、海軍の放送が聞こえた。最後まで聞いて、アオイはまた乾いた笑いが止まらなかった。

「海賊10人って」
「……あんた、良かったの? さっきの話だと、海軍入りしたかったって」
「……まぁ、今更だろ」

 微妙な顔をしたナミに気にするなと笑えば、「気にするわよ!」と逆ギレをされ、アオイは今度こそ腹の底から笑った。

「お前といい、麦わらといい、ぐる眉といい、疑いつつも放置してる海賊狩りといい――あんたら全員、お人好しだよな」

 振り仰ぐ。遠く、ルフィが見える。橋の上にいる男たちが懸命に鼓舞すると、彼はひとつ頷いたようだった。
 ここに来てまで――絶望の淵に立たされても尚、折れない心。
 海軍に入るのを、諦めたくはない。だが、それ以上に見捨てられなかった。眩しかった。

(羨ましい、のかな)

 けれど、自分は。

(……今だけ、だからな)



「少佐以下出陣不要、大佐及び中佐のみ。精鋭200名により、速やかに始末せよ」

 未だかつて体験したことのない規模の闘いだったが、アオイは何故か負ける気がしなかった。吹っ切った以上、思う存分暴れられるからかもしれない。リミッターを外すのは、今まであまりなかった。

「船から離れなきゃ! 傷つけられたら脱出できない!」
「それもそうだな」

 ナミの言葉に同意すると、チョッパーを撫でてやってから階段を駆け上がる。横でニコ・ロビンが次は捕まらないと歯を食い縛っているのを見て、そういえばなぜ彼女が世界政府に狙われているのか、アオイは自分がまるで知らないことに気が付いた。この時点でこのメンバーの中にいることに対し違和感を覚えるが、考えていてもここを切り抜けられるわけでもない。アオイは思考を諦め、小さく息を吐いた。

「いくか」

 ギュンっと軍艦のマストにワイヤーを引っ掻けると、空高く舞う。行く手を阻むように下で待機している海軍は、なるほど広場にいたようなボンクラではないらしい。焦らず隙を窺っており、確かに粒揃いではあった。

(ま、相手が悪い)

「シルク・ロード!」

 一気に振り抜く。5人一辺に心臓近くを貫通させる。引き抜く。戻す。左に振り抜きながらマストから飛び降り、ワイヤーの方向を巧みに変えさせた。

「プリズマック・ロード!」
「ぎゃあああ!」

 血飛沫が舞い上がる。隙を突いて後ろから襲い掛かかってきた兵の後ろに飛び上がり、戻ってきたワイヤーの勢いそのままに首元を引き裂いた。

「ぐぁ!」
「くそ、素早いぞこいつ!」
「そりゃあーこんな飛び道具だからなぁ。素早さ命だ」

 それに、一本勝負になりがちなタイマンとは違い、ワイヤーは集団戦ならではの効果を発揮する。

「言ってしまえばこの現状、俺の独壇場ってやつなんだぜ」

 勝てると思うな、海軍ども――

 ギリギリと拳に入る力が強まり、その勢いのままアオイは腕を引き抜いた。



「ナミとかいう奴、やるな。でもそれよりも、ニコ・ロビン。流石は賞金首か」

 あの悪魔の実の能力の前では、スピードは無力だ。彼女自身がアクションを取るまでの間にケリをつけられなければ、恐らくそれは負けを意味するだろうとアオイは舌を巻いた。出だしのスピードで劣るとは思わないが、彼女もずっと闘いに身を置いてきている筈。戦闘スキルが高いと見れば、自分との相性は最悪と言わざるをえない。
 マストの上で高みの見物をしながら海軍の様子を窺う。ふと目にした目の前の軍艦で、大砲に砲弾を入れ点火をし始めたのを見つけ、血の気が引いた。

(護衛船には、まだ人が……!)

 急いで立ち上がり、ワイヤーを飛ばす。発火するまであと、10、9――

「トナカイ!」

 着地し、泣きそうになっているチョッパーを抱え、子どもとペットをおぶさる。だがひ弱な自分――女である自分には、これ以上は無理だ。

「くそっ!」

 6、5

(どうしたら)

 絶望の見える距離――
 しかし、気配に気付き身構えたアオイの目に映ったのは、希望の光だった。

(金色)

「――テメェはそのまま先に行け!」
「!」

 子どもを引き剥がされハッとする。見上げれば、そこにはサンジがいた。

「逃げるぞ!」

 2、1――――

 爆風に背中を押され、アオイは懸命にチョッパーを抱えながらサンジの前を走った。

(20120602)
Si*Si*Ciao