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 造船島の一番ドックに着くと、何やら市民と海兵が揉み合っているらしかった。話を聞く限りでは、その向こう側で麦わらの一味が身体を休めているらしい。自分にはエニエス・ロビーの一件がある。アオイは慎重に動こうと辺りを窺ったが、そんな嫌な予感を確定させるかのようにそこに立つ海兵の姿を認識して、眩暈を覚えた。
 ――これは、見つかる前に早くすまさなければ。
 素早くワイヤーを飛ばし、敷地内へと滑り込む。ガレーラ・カンパニーと書かれた看板を下げる建物を見ると、アオイは荒々しくノックをした。

「あれ、まだ荷物預けてたっけ」

 女の声と同時に、扉が開く。ガチャリと鳴った向こうにいた全員が、アオイの姿を見て目を見開いた。

「お前……!」
「用事があって来た。すぐに済むから手短に頼む」
「何言ってるんだ! おれお前にまだお礼してねェんだぞ!」

ちょこちょこと駆け寄ってきたチョッパーのあまりの可愛さに思わず声が出そうになるのをぐっと堪え、アオイは部屋の端に積み上げられた大量の荷物を指差した。

「俺の荷物がお前らん中に混ざったらしい。それだけ返してほしい」

 ツカツカと荷物に直進すれば、ナミが慌てて袖を掴んできた。

「ちょっと待ってよ、何でそんなに慌ててんのよ。チョッパーの声聞こえなかったの? 聞けばあんた、ルフィに味方したあのワイヤー使いらしいじゃない! ルフィも気に入ってたし、話くらい――」
「――お気楽だな、あんたらは」

 はぁと肩を落とすと、アオイはくるりと振り返り、一味全員を見渡した。

「今ここに、誰が向かってんのか分かってんのか」
「え……?」
「海軍の英雄――」

 言いかけた時だった。壁が急に破壊されると、その土埃の中から現れた人物にアオイは天を仰いだ。

「お前らか……“麦わらの一味”とは」

(最悪だ)

 逃げられない現状に、アオイは諦めるようにその場に座り込んだ。



 ガープ中将。世に言う“海軍の英雄”は、なんと麦わらのルフィの祖父だったらしい。しかもあの火拳と兄弟とは、なんとも話題に欠かない奴だ。詳しく聞けば聞くほど有り得ない修行時代を幼少期に送っており、サンジの言う通りルフィの化け物染みた生命力の何たるかを見た気がした。このテーブルに並べられた料理にしろ、病み上がりで食べる量ではない。見ているだけのアオイだったが、胃もたれしそうだった。
 荷物にもたれ、何となく胃を押さえながら祖父と孫の愛あるケンカを静観するアオイの横に、いつの間にかすっとお茶が置かれる。
 アオイはふっと顔をあげ、自分にかかる影を見つめた。

「ぐる眉」
「その呼び方はやめろ。……客人だからな、茶くらい出してやる」

 そう言ってタバコを吹かしながら戻っていくサンジのギザったらしさに、笑いが込み上げた。本当にいけ好かない奴だ。

「……どうも」

 その声が届いたかどうかは、分からない。アオイは黙ったままお茶を手にとると、一口喉に通した。

(美味しい)

 それは、正直な感想。

「そもそも“赤髪”って男がどれ程の海賊なのか解っとるのか!? お前は!」

 ふいに耳に入った単語に、アオイははっと耳を澄ました。

「シャンクス!? シャンクス達は元気なのか!? どこにいるんだ!?」

(――まさかこいつ、赤髪と知り合いなのか!?)

 会話に耳を傾ければ、どうやらあの麦わら帽子は赤髪のシャンクスに譲り受けたのだと言う。暫く耳にしていなかった名前に、アオイはどこか落ち着かなかった。

(シャンクス、か)

 今頃、どうしてるだろうか。
 昔を思い出して、アオイは立てた膝にゆっくりと顔を埋めた。
 あの頃にはもう、戻れない。それぞれ立場が変わってしまったのだ。けれどその中でも一番不安定なのは、自分だった。

(海兵はもう無理だ。でもそうすると、あとに残される道は――)

「そう言えばルフィお前、親父に会ったそうじゃな」

 いつの間にか壁を直し始めているガープが口にした言葉に、麦わらの一味同様アオイも興味を持った。

「お前の父の名は“モンキー・D・ドラゴン”。革命家じゃ」

(まさか)

(俺の唯一の、他の道)

 驚きの叫び声をあげる一味の中で、アオイは場違いにただただ黙りこくるしかなかった。



 孫だから捕らえるのはやめたと堂々と宣うガープにアオイが呆れていると、目の前にナミが仁王立ちをする。何の用だと睨めば、睨み返される。航海術もそうだったが、何とも強気な女だ。

「で? ルフィのお祖父さんも帰っちゃうみたいだけど、あんたが急ぐ理由は?」
「…………」
「ないわよね」

 ないけれど。しかも、ルフィが革命軍のトップの息子だというのなら、尚更急ぐことはない。海軍に入れなくなった今、これはアオイの使命のためにはまたとないチャンスだと思えた。

(だけど)

 居心地が、良すぎる。眩しすぎる。

 一人旅に慣れた自分にとって、こういう空気はどこか違う世界の話だと思っていた。
 黙って俯いていると、ふと大きな影が出来る。思わず見上げれば、そこに立っていた人物にアオイは驚いた。

「中将……帰ったんじゃ」
「小僧。わしはどっかで貴様を見たような気がするんじゃが」

 頭を捻るガープに空笑いすると、アオイは立ち上がった。

「気のせいだ、爺さん。俺は名もない賞金稼ぎだよ」
「そうか。ま、解らんことは解らんな!」

 がはははと豪快に笑うガープの後ろで、ルフィがこちらを見る。彼は初めてここにアオイがいることに気付いたらしい。あんぐりと口を開け、キラキラと目を輝かせた。

「お前! あの面白紐使いか!」
「紐じゃねーよ、ワイヤーだ」
「どっちでもいい! お前、仲間になれよ!」
「はぁ!?」

 門でのやりとりの流れから、予想は、していたが。

(無理、だ)

 誰かと旅だなんて。

「とりあえずおれはじいちゃん見送ってくる! おいサンジ、そいつ逃がすなよ!」
「なんでおれが」

 バタンと閉められた扉。直された壁。そして、このメンツ。逃げるという方が無理がある。
 アオイはゆっくりと足を進めると、空になったカップをサンジに渡した。

「もう一杯貰えるか?」

 頼めば、気に食わなさそうな舌打ちが聞こえた。

「早く席に着け、クソちび野郎」

(20120603)
Si*Si*Ciao