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「ふふ、大人しく席に着いたのは、降参のサインかしら」
「そんなわけあるかよ。逃がしてもらうための交渉の席だ」
真意の分からない笑みを浮かべるニコ・ロビンに食って掛かる。そうでなくてもチョッパーの潤んだ瞳に神経がやられそうなのに、この囲まれた状態は心底体に悪いと、アオイはまた胃を押さえた。
「そもそもお前らさ、麦わらがああ言うからって、俺のこと気にかける必要なんてないだろ?」
当のルフィは昔の友達だとかいう海兵と喋っているし、ナミはプールへと出掛けているみたいだった。自分を仲間に勧誘するのは、ノリ以外のなにものでもないと#name1は#脱力した。
気を紛らわせたくて、用意された紅茶を一旦口に含む。やはり、美味しい。カリファが淹れたのも良かったが、こちらの方がスマートな味がした。
(さしずめ、あいつはコックか)
自分は、そんな役に立つ特技なんてない。
「だから、俺なんて気にしないでほうっておけよ」
「あら、そんなことないわ。さっき貴方、“赤髪”と聞いて反応していたし……とっても気になるの、貴方のこと」
「!」
鋭い。流石は様々な組織にくみしていたらしい女なだけある。あまり顔に出さないようにしていたが、それでもバレてしまっていた。
「ロビンちゃんに興味持たれるたァ生意気な野郎だ!」
「……聞くけど。このぐる眉はいっつもこんなんなのか」
「そうだな」
「マリモは黙ってろ!」
一人でゴチャゴチャと煩い奴だとは思う。賑やかだなと、思わなくもない。
だが、自分は今までずっと一人で旅をしていたのだ。修行をつけてくれた“あいつ”も、同じだった。自分の他には誰も連れていなかった。それが普通で、シャンクスが特別だと思っていた。
何も言わないアオイに痺れを切らしたのか、それまでほとんど口を挟まなかったゾロがカップを置いた。
「言わなくても分かってると思うが、海兵になりたがってた奴なんざ俺は信用しちゃいねぇ。……だが、仮にも船長から直々に誘いがあったんだ。断るならそれなりの理由を聞きたいもんだな」
「理由だと? 俺は一般人、お前らは海賊。おれは悪になりたくない。これだけで十分だろ」
「一般人ってツラかよ、今更。あんだけ暴れておいて」
ニヤリとゾロに笑われ、アオイはガタリと立ち上がった。
「あれは不可抗力だ!」
「そもそも、てめェはまだ海軍に入りたいのか」
サンジに問われ、やはり答えが出ない。チョッパーの真っ直ぐな眼差しが、アオイの動揺を射ぬいた。
「何で海軍に入りたいんだ?」
「え?」
「それ、気になるわね」
一斉に目を向けられる。ここで本当のことを言うわけにはいかなかった。知られてマズイとまでは言わなくとも知られたくない事実というものがある。アオイは必死に言い訳を考えた。
ふいに扉の向こうで、ルフィの叫び声がする。どうやらあの海兵が帰るらしく、名残が惜しいのか駄々を捏ねていた。
「……見送りくらいはするか」
ゾロが席を立って、サンジも頷いた。チョッパーはこちらを気にしながらも椅子から飛び降り、サンジの後を追う。それを黙って見つめ、アオイはホッとしたような、少し残念のような、ごった返しの気持ちを織り交ぜたため息をついた。
*
「よし、コビー達も行ったし! 宴会すんぞサンジィ!」
「了解、船長」
扉の向こうで交わされていた会話が、どこか夢の世界みたいだった。新世界や、海軍の大将になるという夢。たとえ敵味方に別れても、友情は確かにそこにあって。
「すごいな、麦わらは」
「えぇ、本当に」
「そう言えば、あんたは何で海軍に捕らえられてたんだ、ニコ・ロビン」
優雅にコーヒーを口にするロビンに、アオイは尋ねる。彼女はただ花のように微笑むと、意味ありげに目を閉じた。
「仲間になったら、教えてあげるわ」
「ちぇ、そうかよ」
物凄く気になる。あの世界政府が血眼になって探した少女。そして、その人生。
(ずっと一人、だったのかな)
――やはりこんな思考に囚われるのはよくない。紅茶を飲み干し、アオイは立ち上がった。自分らしくないのだ。そもそも仲間だなんていうのは、今の自分の現状を踏まえれば考えられない。
(男装がバレたら面倒だ)
やはり、ここは断ろう。そして荷物は返してもらおう。
部屋の扉を開ける。海兵と別れたルフィに声をかけようとしたところで、彼はこちらに気付き楽しそうに駆け寄ってきた。
「お前も来るよな? 宴会!」
「宴会?」
「おぅ! サンジが飯作ってくれるんだ! うっめェぞ〜!」
「いや、俺は遠慮……」
ぐるるるる
響き渡る腹の虫の鳴き声に、体の温度が急上昇する。
「……なっははは! やっぱ腹減ってンじゃねェか、お前ェ!」
「だ、黙れ!」
(なんて空気の読めない腹なんだ!)
キャスケットを深く被り、腹をぶん殴りたくなるのをなんとか堪え、恥をかなぐり捨てるかのようにぐるっと踵を返した。だがそれを見ていたサンジが、ふーっと息を吐き出す。
「……食ってけよ」
「え?」
思いがけない言葉に思わず振り向いて瞠目する。ぽかんとした顔で固まるアオイを横目に、サンジはちっと顔を逸らした。
「腹減らした奴を放っておくのは、コックの名が廃る」
「そうだ! 飯くらい一緒に食おう!」
サンジの横で目を輝かせるチョッパーが可愛すぎる。あんな可愛い生き物を否定することができず、アオイはだいぶ気圧されていた。
確かに、ここ最近はまともに食べていない。手持ちの金も、使い果たしている。……腹を満たすという目的なら、悪くないか。
「……そこまで言うなら」
「そうか! これで仲間だな!」
「まだ仲間じゃねぇ!」
「ふふ、ところで貴方、名前は何ていうのかしら」
窓越しにゾロと二人でこちらを覗いていたロビンに訊ねられた。そういえば、まだ名乗っていなかった。必要ないと思っていたから。アオイは戸惑いながらも、これも何かの縁だと自分に言い聞かせ、ゆっくりと口を開く。
「……アオイ」
「アオイか! じゃあ早速やろう、サンジ!」
「分かったよ」
一期一会。その出会いは大事にしよう。先のことを考えるのは、とりあえず腹を満たしてからだ。
(20120605)