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サンジの焼いた水水肉の美味さに舌鼓を打つ。エニエス・ロビーに向かう前、街中にあった焼肉屋で寂しくも一人焼肉をした時、こんなに美味しくは感じなかったとアオイは心底感心して、その立役者の姿を探した。
いつの間にやら大所帯になった宴会場は、もはや敵味方関係なしに町中全体のお祭り騒ぎと化しており、その賑やかで華やかな光景にアオイは小さく微笑む。こうして、周りをどんどん味方につけていく。全てを魅了していく。
それがこの一味の魅力なんだろう。
(俺は、引っ掛からねぇぞ)
ふいと目を向けた先で、探していた料理人が汗を流しながらずっと肉を焼き続けていた。この人数だ、流石に一人では追いつかないだろう。
アオイは暫く考えると、ガタリと席を立った。近くに置いてあったタオルを手に取り、グラスに氷を入れてから水を注ぐ。すたすたとサンジの元へ向かうと、彼は忙しさを気にした様子もなく、楽しそうに肉に向かっていた。
「どうした。食い足りねェのか」
「この水水肉、美味いな」
「当たり前だ、誰が仕込んでると思ってんだ。つーかお前意外と食うな……ちょっと待ってろよ」
「別に肉に用はねーよ、ほら」
ずいと手にした物を差し出せば、サンジは僅かに目をしばたき、それから嘆きの籠った息を吐いた。
「てめェの気遣いって、何だかなァ……」
「何だよ、いらねーのか」
「いや、いる」
アオイの手から受け取ったグラスをぐいと傾ける。なんとも男らしく豪快だった。
「まだいるか?」
「いや、いい……ってお前、女か!」
「……は?」
急に喚き出したサンジを怪訝な顔で見るも、アオイの心臓は飛び上がっていた。
(バレた!? 俺、何かヘマしたか!?)
「こういう気遣いは、普通レディにやってもらってなんぼだろ! ……何で男なんかに」
「あ、そーゆーこと」
「そーゆーこと」
若干噛み合わない会話を続ける。
「あん時もそうだ」
「あの時?」
アオイがグラスに水を注ぎながら首をかしげると、サンジは言いづらそうにタバコに火を点けた。
「おれが、CP9に」
「女に現抜かしてぺらんぺらんになってた時か」
「うるせェな! 大体テメェが逃げやがるから」
「何だ、加勢してほしかったのか?」
「……相変わらず生意気な野郎だぜ。おら、そのタオルおれにだろ、寄越せってっぶほぁっ! ……ってめェに思いやりはねェのか!」
「寄越せっつったのはてめーだろ」
苦々しく投げ付けられたタオルで汗を拭い、サンジは再びため息をつく。そんなに日に何度も肩を落として楽しいのかこいつは、とアオイは若干哀れみを込めた視線を送った。
「それで、そのCP9の時が何だって?」
「そう、テメェ、投げて寄越したろ、おれに」
包帯と水、そしてタバコを。
「――あぁ、あれか。すっかり忘れてた」
「水と包帯だけならともかく、タバコなんて気が利きすぎてて寒気すらしたぜ」
思い出すのも嫌だという風に体を震わすサンジにムッとする。だが気が利くと言われ、少しだけ気恥ずかしくなったのも事実だった。これでも一応女なのだ。本当の自分が褒められているようで、柄にもなく嬉しくなってしまう自分にアオイは自嘲した。
「……別に。言ったろ、貰い物だって。俺はタバコは吸わねーし、可哀想なタバコの活路を見出だしてやっただけだ」
「はァ? 吸わねェなら何で貰ってんだよ」
「知らねーよ、馬鹿」
「ぁあん!?」
「ほら肉焦げるぞ」
無視して肉をひっくり返せば、サンジはチッとタバコを噛み潰して「貸せ、下手くそ」と横から手を伸ばした。
ジュージューと肉が焼けていく。船大工たちがビールを片手に、焼き上がった串を何本か持っていった。アオイはそんなどんちゃん騒ぎを遠くに見つめた。
「……俺に言わせれば、てめーも十分気が利きすぎてて気色悪ィよ」
「あ? おれが?」
「茶ァ出したり、こうして俺を宴会に誘ったり」
「それは、」
「あの時、助けたり」
ぽつりと、静かに言う。肉をひっくり返していたサンジの手が止まった。
「聞いたぜ、チョッパーに。俺を抱えて、海に投げ出されても助けたってな」
「……一応、助けられたんだ。恩返しってやつだ」
「ぶっ! 海賊が恩返しって、聞いたことねーよ」
「おれは紳士なんだよ」
「男相手に紳士って悲しいぞ、お前」
「……はぁ〜、分かってねェな」
やれやれと頭を振りグラスを手に取ったサンジを「何がだよ」と睨み付けた時、女の声が響いた。
「サンジくーん! あと2本くらい貰えるー?」
「んはーいナミすわぁあん! 任せて! 格別美味く焼くからね!」
周囲をピンク色に染め上げつつも、その手はしっかりと新たに2本を追加する。プールから出てきたナミがお願いねと微笑めば、サンジもデレデレとだが笑い返していた。女なら誰でもいいのか、それとも美人にしか興味がないのか、現状ではアオイには判断が出来なかった。
ここ最近、美人にしか会っていないのだ。
(……別に、悲しくないけど)
自分は男で通すと、固く誓っている。
「それにしてもあんた達、いつの間に仲良くなってるのよ」
「仲良くなんかないって」
「ナミさん……! そんな嫉妬しないで?」
「誰がするか! ていうよりあんた達、遠目夫婦よ、夫婦。アオイが水あげたりして、まるで奥さんね」
「ぶー!」
飲みかけていた水を吹き出すサンジに「汚ぇな」とぼやき、アオイは早くここから去ろうと串焼きに手を伸ばした。
「ナ、ナナナナミさん、やめてくれ! 野郎相手だなんて……惨めすぎるっ!」
本気で泣き出すサンジを見て、ナミは笑い声を上げた。
「あら、いいじゃない。男っていってもアオイ可愛いし」
「おい、男相手に可愛いとか失礼だぞ」
「ふーん? ほんとーに男なのかしらねー?」
ナミは挑発するようにアオイを見上げる。アオイも負けじとニヒルな笑みを浮かべ、向き合った。ここが勝負どころだ。
「下脱いでやろうか、航海士」
「な! てめェナミさんに汚ェもん見せてみやがれ、ぶっ殺すぞ!」
「あーもう、冗談よ、冗談」
ナミはヒラヒラと手を振りながら、飲み物を取りに去っていった。アオイもやってられないと天を仰ぐと、持っていた串を皿に乗せる。
「じゃあな、コック」
やはりこういうやり取りは疲れるなと、気だるげに足を進めた。
*
「ふぅ」
比較的人の少ない所で座り込む。馬鹿みたいな顔芸を披露する麦わらや、変な仮面を被った長っ鼻の歌声を遠く、耳を澄ます。人々の笑い声が、微かに聞こえる波の音に乗せられて、陽が陰ってきたこの夕方の空気と切ない陰影を描いている。
アオイは一つ串焼きを食べ終わると、そのざわめきを背に自分に近付いてくる大柄な男に気が付いた。
「美味そうだな」
そう呟く彼の目線が皿の上の肉にあるのがおかしくて、アオイは笑った。
「貰って来ればいーじゃねーか」
「そうだな……ま、それが出来たら腹は減らん」
「何だそれ。素直に欲しいって言えよ、おっさん」
ほら、と差し出してやる。男は面目ねぇとしゃがみこんだ。
「お前さんは向こうに行かないのか」
「騒がしいのは苦手だ」
「だろうな」
「……?」
自分を知っているような口振りで話す目の前の男。何者だとアオイは僅かに腰を浮かす。
「そんな警戒しなさんな。まァ、会ったことはあるんだけどな。――お前の育ての親にも」
「!」
今度こそ立ち上がり、ホルダーを構えた。ただ者ではないと嫌でも感じる目の前の雰囲気に脅えながらも、アオイは噛みついた。
「お前、何者だ?」
「あらら……やっぱり覚えてねェか。ま、期待してなかったが」
そう呟き、よいしょと立ち上がる。尻についた砂をパンパンと払うと、男は静かな眼差しでアオイを見つめた。
「お前さん、麦わらの一味か?」
「……違う」
「そうか。あ、肉どうもね」
くるりと背を向け自転車に跨がってから、未だ訝るアオイにふっと笑うと、顔だけこちらに向けた。
「まァ、いつかは思い出しなさいね」
チリンチリン
夕焼けの中を去っていく男を呆然と見送る。何か。何かが引っかかる、あの男。――だが、いくら頭を捻っても出てこない。くそ、と自分自身に悪態をつくと、アオイは気を紛らわすためにざわめきの中へと入っていった。
(てめェクソちび! このタオル臭ェぞ! 何に使った!?)
(は? そこに置いてあっただけ……)
(それ、船大工が汗拭いてたやつよ、多分)
(…………)
(死ぬなァー! サンジィィイ)
(20120605)