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あれから3日――
アオイは出来上がった3つの作品を光に当てると、満足げに頷いた。相変わらず自分はいい仕事をする。
レンズを外し、ぐいっと腕を天井へ伸ばす。それと同時に響き渡る腹の高鳴りに苦笑いすると、アオイはドアをゆっくりと開けた。
予想通りそこに置いてある皿、水、そして紅茶を見て、また苦笑う。
「飽きねーな、あいつも」
有り難く、頂くのだが。
紅茶のカップを手に持つと、じんわりと温かさが手に広がった。はっとして時計を見れば、時刻は昼過ぎ――きっと今さっき、彼はこれを置いていったに違いない。とすれば下では今、クルー達が昼食を摂っている真っ最中だろう。
(ちょうどいいか)
アオイは出来上がった物をケースに入れ、ポシェットに詰め込んだ。その時、作業机に置いてあった物が視界の端に映り、ピタリと手が止まる。じっと見つめて、本日何度目かの苦笑いが零れた。
勢いで作ってしまったが――
「……まぁ、気持ちだしな」
ひん掴み、とりあえずそれもポシェットへ無造作に放り込んでやる。それから廊下に置かれたプレートを持ち上げ、ゆっくりと階段を降りた。
「あ、アオイが出てきた!」
「……生きてやがったか」
「うるせーぞ、海賊狩り」
ニヤリと笑うゾロの横で、チョッパーが嬉しそうに席を指す。見れば全員既に食べ終わっているようで、穏やかな空気に包まれていた。ログが溜まったからいつでも出港出来るんだと教えてくれたチョッパーに微笑むと、アオイは示された通り、ロビンの正面に座った。
「久々だなーアオイ!」
「お前は相変わらず元気そうだな、麦わら」
「あれからあんたと一回も顔合わせられなかったから、ずっとそわそわしてたのよ、ルフィの奴」
「そうか……よく我慢したな、お前」
「俺はいつ邪魔が入るんじゃないかとヒヤヒヤしてたぜ」と独りごちれば、ルフィはカラカラと笑って言った。
「あぁ! サンジがアオイの邪魔すんなって怒ったからな!」
「え?」
「ばっ……! このクソゴム!」
蹴り飛ばす勢いでルフィに近づくサンジを思わず凝視する。サンジはそのアオイの視線が気まずいのか、ふいと目を逸らした。
「……気付いてたのか」
「……おれも料理人なんでな。一種の職人と同じで、集中したい時に邪魔されるのが嫌なのは分かるんだよ」
紛らわすようにタバコに火を点けるサンジがおかしくて、アオイは笑い声を上げた。
「ふふ、お前、ほんと、面白いな」
「っ黙って食え!」
「はいはい、いただきますよコックさん」
ふわりとした卵に包まれたケチャップライス。至ってシンプルな味付けなのに、こうも舌触りがいいのは流石といったところか。
「そういえばあんた、そのご飯何で上から持って来てんのよ」
素朴な疑問を浮かべるナミに、目の前のロビンがコーヒーを飲みながら含みのある笑いを浮かべる。
「あら、決まってるじゃない。彼が運んでいたんでしょう? ……今までも」
視線を向けられたサンジは苦虫を潰したような顔をすると、「ロビンちゃんには敵わねェなァ」と呟いた。
「は!? じゃあサンジだけアオイと会ってたのかよ! ずりィぞサンジ!」
また喚き始めるルフィとそれに続くチョッパーを宥め、アオイは狼狽しているサンジに向かってくすりと微笑んだ。
「世話かけたな、コック。全部美味かったよ」
「……そりゃ良かった」
コック冥利に尽きると笑う彼は、どこかほっとした様に煙を吐き出した。そういえば今までお礼を言っていない自分に気が付いて、幾ら集中していて顔を合わせてなかったとは言え、置き手紙くらい残せたかと少し反省する。
様子を見守っていたロビンがカップを置くと、知的なその瞳をイタズラに光らせてこちらを覗きこんだ。
「それで、集中期間は終わったのかしら」
「あぁ、理想通りのが出来たんだ」
見てくれ、とポシェットを机に置くと、ファスナーを開けて中を探る。
「結局引きこもって何してたんだ、お前は」
少しだけ興味が沸いたのか、ゾロが立ち上がり不思議そうに覗き込むと、アオイは自信を持ってそれを出し、ナミとロビンに投げて渡した。
「開けてみろよ」
「え?私たちに?」
「何かしら」
パコっと蓋を開ける。現れたそれに、二人は息を呑んだ。
「これ……!」
「――素敵ね」
「何だよ、おれにも見せろ!」
「アクセサリーだよ」
はにかみながらそう言うアオイに、一同はすぐに女性陣の手元に釘付けになる。
ナミの手にあるのはオレンジ色の宝石が埋められたリングで、土台と同じ素材のホワイトゴールドの細いアームが、花のような曲線を描いて宝石を囲み、華やかさと温もりが合わさった仕上がりとなっている。ロビンの物はシンプルな造りをしたペンダントで、小降りな紫色の宝石はスクエア型にカットされて綺麗な反射を見せ、それを支える薄目のプラチナの台が、より一層高貴な香りを醸し出していた。
「これ、まさかお前が……?」
サンジの心底驚いた声に、アオイは首を縦に振った。
「あぁ。二人をイメージしてカットから全部造ったんだ。色々世話になったお礼だ、受け取ってくれ。……あと、チョッパー」
未だ呆然と、しかし瞳をキラキラとさせてナミのリングを覗き込んでいるチョッパーを手招きして呼ぶと、アオイは箱からそれを取り出し彼の帽子に差し込んだ。
「……これは?」
「ウコンの力のお礼、かな」
ピンクの帽子とのコントラストが美しい、空色の小さな丸玉がついたブローチだった。
「すげェ! お前こんなの作れんのか!」
「宝石職人だからな」
その瞳を宝石に負けないくらい輝かせるルフィに、アオイはにやりと笑みを浮かべる。
「わぁ、サイズもピッタリ! 本当に素敵! 嬉しい!」
「ふふ、どうかしら」
「あぁ、似合うぜ、二人とも。俺の想像以上だ」
「おいアオイ! 何でこの3人だけなんだよ、えこひいきだ、えこひいき!」
お前それ絶対漢字変換出来てねーなと内心呆れながらため息を吐くと、アオイは「いいか」と指を立ててルフィに向き直った。
「俺のアイドルのチョッパーは別として、何で野郎なんかに宝石をやらなきゃならねーんだ、気色悪ぃ」
「え! おれってアオイのアイドルなのか!?」
「あぁ、初めて見た時から」
「……! エッエッエ! 別に嬉しくねーぞコノヤロー!」
「……テメェも十分気色悪ィぞ」
冷ややかな眼差しを向けてくるゾロを気にすることもなく、「大体な、」とアオイは言葉を続ける。
「てめーらがこういうのに関心があるとは思えねー。この石、何だか分かるのか?」
「全然分からねェ!」
「ほらみろ。だったらやる価値なしだ、なし」
切り捨てて言えば、不満に口を尖らせながらも、ルフィは底抜けに明るい声を出した。
「いいな、宝石職人か! 海賊といえばお宝だろ、やっぱお前仲間になれよ!」
「あのなぁ、何度言えば……」
「それより、アオイは何でこんな質のいい宝石を持ってるの?」
核心を突くナミに、本当にここのクルーは鋭くて参ると肩を竦めた。
「俺の故郷は鉱山が豊富でね、質の良い原石が至るところから採掘されるんだ」
「じゃあ、あのじゃらじゃらいってた袋は……」
「そう、全部宝石」
価値は品きりあるけどな、と呟きながらオムライスの続きに手を着ける。答えを聞いたナミは直ぐ様ルフィの肩を掴みにかかると、有無を言わせぬ瞳を向けた。
「ルフィあんた、絶対! 何があっても!アオイを仲間にしなさい!」
「ナ、ナミお前、目がベリーだぞ」
ぐらぐらと揺すられる可哀想なルフィを横目に、そういえば一人急に声がしなくなったなと咀嚼しながら振り返る。そこではポットを震わせ唇を噛み締めるサンジが立っており、アオイは何だいたのかと水を口に含んだ。
――が、絞り出したようなうめき声に、咀嚼がぴたりと止まる。
「ナミさんとロビンちゃん……! 輝く宝石を身に付けいつも以上に煌めく二人は、そう、この世のどんなダイヤモンドよりも美しい……」
(……絶好調じゃねーか)
耳に慣れてきたポエムをシカトすると、「だがしかし!」と血の滲んだような声に驚き、思わず顔を上げた。
そこには、ポットをテーブルに叩きつけたサンジがわなわなと震えていた。
「その二人を飾ったのがおれじゃなくこんなクソちびだとは……! 褒めるに褒められん! 喜びあまって憎さ百倍だ……!」
「意味が分からねー」
どうしたらと床に膝を着くサンジを心底ウザったく見やるアオイの正面で、ロビンが笑いながら「でも、」と切り出した。
「宝石職人の貴方が、なぜ海軍に入ろうとしたのかしら」
きた。
そこを突かれることはある程度予測していた。
アオイは昨晩考えた最もな言い訳を脳内で捲りながら、慎重に言葉を並べた。
「俺は、とある石を探している」
嘘は、ついていないから。
(20120610)