▼ ▲ ▼
「とある鉱石……?」
きょとんと首をかしげるナミに軽く頷く。アオイは目を閉じて一息つくと、ゆっくりと口を開いた。
「――オリハルコンとミスリルといって、この世に存在するかどうか……それすらも疑わしい、伝説上の鉱石があるんだ。金属と言われているが、その実態は伝説が独り歩きしほとんど不明なまま。けどその価値は黄金を超えると言われている」
「き、金を超える金属って、そんなの存在するの!?」
「分からない。だから俺は海軍に入って、それを探したいと思ってた」
「ちょっと待て」
黙って話を聞いていたゾロが、探るようにアオイを見やった。
「伝説の石を探すのに、何で海軍に入らなきゃならねェんだ」
「……そのオリハルコンとミスリルの材質が問題なんだ」
神妙に答えると、アオイはぐるりと周囲を見渡す。
(嘘じゃない)
だから、誰も気付かないでほしい。
「オリハルコンとミスリル。この2つは金属としてかなり優秀で、また使用範囲が広いだろうことが予測されている。軍の科学者たちは今、その材質を武器に流用しようとこぞって探索に力を注いでるんだ」
アオイは続ける。
「それに、もし万が一海賊がそれを先に見つけていたら――海軍は必ず押収しにかかる筈だからな。俺は宝石職人として、その2つをどうしても手に入れたい。そのチャンスが一番回ってくる確率が高いのは、海軍以外ないのさ」
これで分かったかとルフィをじっと見る。彼は長々と説明したアオイをぼんやりと見るだけで、挙げ句の果てには欠伸をしてみせた。
(まさか、こいつ)
「麦わら、てめー理解してんのか?」
「……大体は。けど、アオイ」
予想外の低い声に呼ばれ、ビクリとする。馬鹿にしたのを怒るような奴ではないと思うが、何が彼をこう落ち着かせているのか、アオイには分からなかった。
ルフィは真摯な瞳を真っ直ぐに向けると、落ち着き払った口調で言った。
「お前が海軍に入りたい理由は分かった。けど、俺の誘いを断る理由にはなってねェ」
(やめろ)
「石を探すのなんて、海賊だって出来るぞ!」
「――っだから、お前は分かっちゃいないんだ! 石の発掘には膨大な時間と根気が必要で――!」
(断るのが、つらくなる)
アオイがルフィに噛みついたその時だった。建物の外から子どもの声が聞こえ、話が中断された。アオイが助かったとほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、ルフィが彼女たちに用を聞けば、彼女たちは弾んだ息そのままに興奮した声を上げた。
「フランキーのアニキが……! 皆を呼んでこいって……!」
「“夢の船”が完成したんだわいな!」
「すっごいの出来てるよーっ!」
(夢の船、か)
自分たちを救ってくれた、あの船を思い出す。メリー号といったか、あんなに優しい船に出会ったのは初めてだった。そして、こんなに夢のようなことが似合う人たちに出会ったのも。
海を乗り越え、正義に牙を向き。喜びに湧く一味を見て、アオイの胸がちくりと泣く。――これでお別れなのだ。そう、別れるために、必死に言葉を用意したはずだ。
自分は海賊にはなれない。海賊になったところで、誓いを果たすことは出来ない。そうでなければ、彼の元を去った意味がなくなってしまう。海軍になれない今、気に食わないが接触すべきは革命軍だろう。
それなのに。
(もうきっと、こんな奴らには会えない)
こんなに必死に、見ず知らずの自分なんかを誘ってくれる人たちには。
そんな悲しみに俯くアオイを嘲笑うかのように、いや、捉え方によっては、背中を押すように――フランキー一家が必死の形相でルフィを呼びながら駆け付けてきた。
「あんた達、どうしたんだわいな? 息切らして……!」
アオイは例の大砲男が手に持つ紙切れに目がいった。
(――あれは、)
心臓がバクンとポンプを押す。
込み上げるこれは、嫌な予感か、それとも。
「実は……無理聞いて貰おうと……手配書……! 見ましたか!?」
「手配書?」
聞き返すルフィに、見るのが早いと男はばさばさっと手配書を拡げた。アオイは思わず身を乗りだし凝視する。麦わらのルフィ、3億――1枚ずつ驚嘆しながら見ていくと、最後の1枚に硬直した。
『“虹のアオイ” 懸賞金5300万ベリー』
「あんたら8人全員の首に賞金が!」
時が止まる。
分かっていたのだ。ルフィ達のため、そして自分の命のために世界政府と対峙したその時から。いや、それよりも前――ルフィ達が、たった一人のためだけに命を懸けているのをこの目で見た、その時から、きっと。
もう後戻りなんて出来ないことも、その信念に、焦がれていたことも。
必死に考えた言い訳も、最早通用するとは想えなかった。――麦わらの一味にも、そして自分自身にも。
なのに、まだ踏ん切りがつかない自分がいて。何かもっと、自分自身を納得させられるような、何かがなければ。
(誓いは、棄てられないから)
「なァ、アオイ」
「……なんだよ」
やたら静かに言うルフィに、胸が苦しくなる。彼がこれから言わんとすることが手に取るように分かって、泣きたくなった。
「これ見ても、断るのか。おれ達と一括りにされちまってるのに」
何も言わないアオイに、ルフィは顔を振り上げた。
「おれは! 海賊王になる男だ!」
「な、にを」
「ゾロの夢は世界一の剣豪になることだし、ナミはこの世の全ての海の海図を書くのが夢だ! サンジはオールブルーを見つけること、チョッパーは何でも治せる医者! ロビンは過去の歴史を知るために、おれ達と一緒にいる!」
(馬鹿じゃ、ないのか)
笑いなのか呆れなのか分からない感情が沸き上がり、アオイの口が震えた。聞いて呆れるとはこのことだ。
純粋すぎるのか? 海賊王だって? 世界一の剣豪? 海図? ――笑わせる。
けれど、ずっと思っていたことではなかったか。彼らは、そんな夢さえ――
(きっと、乗り越えるだろうって)
エニエス・ロビーから逃げおおせた、あの時の煌めくような希望に包まれて。
「今更お前の夢を背負うくらい、訳はねェんだ!」
「む、ぎわら」
「それに今! “夢の船”が完成した! みんなの夢が詰まった船だ! どんだけ時間がかかろうが、一緒にその石だって探してやる! お前が似合う船は軍艦なんかじゃねェ、独り旅のちっちェ船でもねェ、おれ達の船だろうが!」
――なんて、
なんて強い光なんだ。
全てを凌駕する命が鋭く放った、透き通った光。
(だから、焦がれる)
だが、瞬間頭の底に過った言葉が、アオイの真っ白い光に影をさした。
――麦わらは、革命軍ドラゴンの息子――
「アオイ! おれの船に乗れよ!」
焦がれた光に手を伸ばすことすら、自分自身に対する言い訳がなくては動けない。零れた笑みは、何の欠片か。
「――そこまで言うんなら、仕方ねーな……船長」
差し出された手を、アオイは力なく掴んだ。握り返されたその力は、ただただ強い。
(受け入れてくれた。それでも俺は――)
あんたらを、利用することになるけれど。
この光の中にいる理由は、仮初めの夢ではなく、本当の目的を果たすためになるけれど。
「行くぞ、アオイ!」
そういう理屈抜きに、この一味に憧れていたことだけは真実であると。いつかそう、打ち明けられる時が来ればいい。
アオイはそっと、握る力に気持ちを込めた。
(あんたらが知る由もない、“私の”夢)
(勝手に乗せて、ごめん)
夢なんて言葉じゃ綺麗すぎるその歪んだ重みに、船が沈まないように。
時が来たら、ちゃんと消えるから。
(20120610)